ながれはて(1/3)

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 夜、町はずれの森の中にある廃屋の二階部分にのぼり、竜の気配をさぐっていると、気配がした。

 足音がきこえ、それから小さな光が見えた。やがて、すぐ下から声が聞こえて来た。

「ホバ先生はここで待てと。そして、時を待てともおっしゃった」

 十代後半ほどの三人の青年たちが、廃屋の一階部分に入り込んできた。

 上にいる、おれには気づいていない。

 彼らは小さな光源を中心にて腰を下ろす。みな、剣を所持していた、着ているのは剣術道場か何かの、稽古着のようである。ただ、普段着として着ても、おかしくない洒落た稽古着で、それも新品みたいだった。

 三人は剣を傍らに置く。

 おれはというと、依頼を受け、町はずれにある森に最近現れるという小さな竜を追い払いに来ていた。現場に到着すると、竜かすか感じた。けれど、竜の姿をみつけらない。それで、そこに廃屋の二階にあがり、竜笛を吹いて、竜を呼び出そうとしていた。

 本来なら、こんな夜には竜払いはしない。けれど、町長からどうしてもと頼まれた。なんでも、明日、町で祭りみたいなものがあるらしく、明け方、あるいは夜のうちに、何台もの馬車がこの場所を通り可能性がある。たしかに、竜と遭遇して驚いた馬が、暴れ馬になっては、いけない。

 ゆえに、夜でも今回は竜を払うことに。

 そんなときである。

 廃屋の一階へ、剣を所持した三人の青年がやってきた。

「ユイジン」真ん中に座った青年へ、右の青年が声をかける。「わかった、先生がそうおっしゃったなら、まちがいはない、待とう」

「ああ、それはわたしも充分、わかっている。わかっているよ、生を信じなければ、なにもはじまらない」

 次に左にした青年が声をかける。「そうだぞ、ユイジン、お姉さんのことは、死ぬほど心配だろうが、ここは先生を信じるんだ、先生がいれば、きっとミンさんも助かる」

「ああ、ふたりとも、ありがとう。励ましの言葉は、いまの私にはありがたい。持つべきものは友だ。染み入るよ」

「友か。まあ、俺と、こいつの方が兄弟子だがな」と、右の青年が苦笑していった。「いいさ」

 左の青年も苦笑する。

 それからユイジンと呼ばれた青年が言い切る。「落ち着きが必要だ。絶対的な落ち着きが。姉さんは心配だが、こちらには先生がいる。先生を信じるんだ、先生の剣と、先生から教えていだいた、我々の剣があれば、かならず助け出せる。いいや、助けるんだ」

 光源の小さな明かりに照らされたその顔は凛々しいものだった。

「賊め」左の青年が険しい表情でいった。「結婚式の前日に花嫁をさらうなど、非道な。そいつは人ではない、人の心がないのだ。そんな奴ら、どうせ、たいした者たちではないさ、剣技もそう高い域にもなかろう」

 右の青年が言う。「花嫁を誘拐し、身代金などと。どんな顔をした輩だ。ゆるせん、なにがあってもゆるせんぞ」

「おいおい、まてまて」ユイジンと青年が血を沸き立たせる二人を制する。「さっきも言ったろ、いまが心を沈めて、ホバ先生を待つんだ。先生が動き、賊の居場所をみつてくださる」

 今度は左の青年が言う。「しかし、いくら先生でも、そうやすやすと賊の居場所をみつけられるだろうか」

 すると、ユイジンが答えた。

「なーに、ホバ先生は、魔法でも使えるかようなお方だよ。賊の場所を割り出してくださる。ほら、いまにも、先生がここに来て、我々を導く。そして、姉の救出へ向かんだ」

 ユイジンが言う、そのホバ先生、という人物への信頼は、ひどくあついようだった。

 他の二人も、ユイジンの先生への信頼濃密な言葉で、苛烈に熱しかけた感情が、丁寧に静まったらしく、大きくうなずいていた。

 ようするに、ユイジンというこの青年の姉が、明日、結婚式を控えているというのに、誘拐された。しかも、身代金を要求されているらしい。そして、その姉をさらった賊のところへ、この三人と、そのホバ先生という人物で、花嫁を奪還しに行こうとしている。

 町はずれのこの廃屋は、その待ち合わせの場所だったらしい。

 ふと、左の青年がこぼすようにいった。

「しかし、あのミンさんが結婚とは。」

左の青年が続ける。「相手は、資産家の長兄だとか」

「ああ、そうだ。父が決めた相手だ」

「そうか。でも、俺は、てっきり、ミンさんはホバ先生と―――ああ、いや」言いかけてやめる。この場の話題としては不適切と判断したらしい、彼は言葉を濁した。「すまん」

右の青年が言う。「わるいが俺も思っていた。いいや、みんなそう思ってたさ」

「うちは、父の決定がすべてだ」ユイジンが言う。「我が家の家督も、姉の相手が引き継ぐ」

 どこか自身へ言い聞かせるように言う。

 そして、沈黙が訪れた。

 まいったな、話を聞く気はなかったけど、真下で話されらので聞いてしまった。

しかたない、とりあえず、こちらはこのまま彼らに気づかれなうちに、一度、ここから離れよう。

 おれは気配を悟られないよう廃屋の二階から、地面へ降り立つ。青年たちは、おれを察知していなかった。あとは、闇に紛れて、廃屋から離れる。

 気の毒に、厄介なことが起こっているらしい。けれど、竜払いである、おれがかかわれる種類の事件ではない。

 気にはなりつつ、町へ向かって夜道を進む。月も出てないし、真っ暗だった。

 森沿いの道を進む。

 すると、気配があった。わかりやすい殺気もある。

 道の向こうから、たいまつを持った男たちが、おそらく三十人ほど、群れとなってやってくる。本能的に、おれは、森の方へ身を隠した。

 男たちは、みな腰へ剣をさげている。

 みな、あの稽古着を着ている。

 集団を率いる先頭の男が言う。

「腐ってやがるな、腹が立つ」

「おい、そう猛るなよ。いつもホバ先生がおしゃってるだろ、剣を抜く前は、常に気を静めろと」

「しかし! 弟だぞ、実の弟が、実の姉を結婚式前夜に誘拐し、しかも、身代金を―――なんと、腐った人間め。俺は許せんのだ。おい、いいか、ホバ先生の言いつけだ、奴らもはや賊だ! だが、生かしてとらえるんだ! 花嫁の居場所を吐かせる!」

 おおう、と、全員が声をあげる。

 いや、正直、これから賊を捕えに向かうなら、そんな声などあげては悟られるだろうに。

 しかも、そんな集団で、明りを持って、身を隠すこともなく向かってゆく。いろいろ配慮のかけた集団だった。

 そして、森の隠れたおれの気配には気づいていない。それで、なんとなく、集団の力量は把握できた。

 ただ、それはそれとして、男たちは、いまなかなか物騒なことを言っていた。殺気を纏って、あの廃屋の方へ向かってゆく。生かしてとらえる、といっているけど、そんな制御ができるのかがあやしい。

 にしても。

 賊を生かして。

 花嫁の居場所を吐かる。

 まて、たしか、さっきの三人は、あの場所へ、ホバ先生、とか呼んでいる者に集められ、これから、花嫁を救出しに向かうとか。そんなようなことを話していた。

 けれど、いまの集団からこぼれた言動から予感するに、あの三人がこれから、なにかが不味そうなことになりそうなのはわかる。

わかるものの。

「…………これは」

おれが考えて、やがて、つぶやいていた。

「誰の運が一番悪いんだ」



 森の中へ身を沈め、走って引き返す。

 なんとか、あの猛った集団たちより先に、廃屋へ戻った。

 木の陰に身を隠しつつ、ユイジンを中心と二人の青年を見る。彼らは腰をおろし、廃屋に残ったわずかな壁へ背をあずけていた。さっきは小さな光源しかなったのに、いまは、小さな焚火を起こしている。意気はあるけど、緊張感がまるでない。で、彼らが賊に見えるかといわれれば、見えはしなかった。

 とりあえず、おれは頭の中で、簡易に情報を整理する。

 あのユイジンなる青年の話では、実の姉が結婚式前夜に賊に誘拐され、身代金を要求されているらしい。彼らは、彼等の先生、ホバとかいう人物の指示で、姉の奪還作戦を慣行すべく、ここで待つように言われた。

 一方で、さっきの集団。

集団からこぼれた聞こえた会話では、そのホバ先生が賊の居場所を突き止めた。賊は、いまこの廃屋にいると。

 で、ホバの指示でここの廃屋にいまいるのは、ユイジンたちである。

 話を聞く限り、どちらの側も、ホバという人物の情報をもとに動いている。

 そして、この件に関しては、おれはというと、まったくもって、見事なまでの無関係人物である。

 そう、みごとな無関係者である。

 あるものの。

 ああ、どうするか。

 いや、しかたがない。

 おれは真実を使うことにした。

 背中に背負った剣へ手をかけて、静かに抜く。

 竜払いが使う剣は、鉄などでつくられておらず、竜の骨でつくられているため、剣身が白い。そして、この剣には剣身に刃を入れていないので、何も斬れない。

 その剣身の白さは、光源の明かりでもよくわかった。

 抜き身の剣を右手に持ち、おれは三人の前へ姿を現した。



「わたしは竜払いです!」

 まず、まっすぐにこちらの素性を発表する。

 その場に座っていたユイジンたちは虚をつかれたようにかたまった。そして、三秒後に、ようやく慌てて各々が所持していて剣へ手をかける。けれど、慌てているせいうまく、剣を手にできない。

 それなりの使い手からの奇襲だったら、三人はもう仕留められていた。

 竜払いだと、素性は明かしたものの、実際、おれの身体はほとんど夜の闇の中に沈めているので、顔には翳がかかっていて、はっきりと向こうからは見えまい。

 おれはさらに続けた。

「このあたりに竜がいます! いま竜払いの依頼を受けて払っている最中で、ここは危険です! 申し訳ないのですが、移動していただけますか!」

 真実を、そのまま言った。

「竜………が?」

 と、右の青年がいった。

「早く! 竜が猛っている可能性があります!」おれは、質問には答えず、言った。「ここにいたら、死ぬかもしれません!」

 死。と、単位の大きな言葉で脅す。

「いや、しかし………」

 もう左の青年が戸惑って、ユイジンともう一人の顔を見る。

「その剣」すると、ユイジンが言った。「白い………竜払いの剣だ………」

「なに、本物なのか、この男は?」剣の柄に手をかけながら右の青年が言う。手が震えていた。

「でも」ユイジンは困惑し、そして、焦っていた。「ここで先生を待たねば」

 だめだ、もうすぐあの集団が到着する。時間がない。

 ゆえに、しかたがない。

 おれは「やや!」と、わざとらしく、あさっての方向を見た。「竜を感じる!」そう、いって、廃屋から離れ、森の中へ入った。

 一度、三人の前から姿を完全に消す。

 森の入ると、剣の鞘を持ち、派手に木を叩いたり、葉や茂みを激しくゆるしつつ「うぉ、いたぞお、りゅうがー、りゅうがー」と、声を放った。「大きなりゅう、りゅうどわぁー」と、いかにも、森の奥で大立ち回りをしている感じを出す。

 我ながら、ひどい演技力だった。

 すると、廃屋の方から「ほんとだ、にげろぉ!」と、悲鳴が聞こえた。その後、駆けてゆく足音がきこえた。

 ああ、演技が報われた。

 よし、これくらいか。そう判断し、おれは廃屋へ戻る。青年たちは光源を置いたまま逃げ去った後だった。

 あと、ひとり、残っていた。ユイジンだった。

 倒れている。

 気絶している。

 近くに竜が現れたので、恐怖でそうなったらしい。

 ふたりは、彼を見捨てて逃げたのか。

おれは少し間をあけてから「そうか」と、だけつぶやいた。

 とたん、気配がした。

 あの集団が、もうそこまで迫っていた。



 たいまつを持った男が「誰もいない」とつぶやいた。

 廃屋に、ユイジンを含めた三人の姿はない。

 ユイジンはいま、おれの背中にいた。気絶したままだった、意識がないので、ひどく重い。

 森の奥から集団が廃屋とその周辺を捜索する様子をうかがう。むろん、以前として、この状況の真実は不明である。けれど、とりあえず、ユイジンたちが、あの集団と遭遇することは避けた。なにかの問題を先延ばしにできた。

 とはいえ、これからどうする。と、悩ましさに包まれたとき、ユイジンが「うう」と、意識を取り戻しかけた。

 いまはまだ、あの集団が近くにいる。

 最悪の場面での意識回復だった。迷惑である。

 そこで、おれは背中に背負ったユイジンの後頭部を、近くの木へぶつけた。うまくいって、ふたたび、彼は意識を失った。心臓の音がきこえるし、息はある。

 よし、殺してはない。

 殺してなければ、よし。

「…………」

 よし。

 で、いまいちど、状況を考える。もはや、いきなり迷宮へ放りこなれた気分だった。けれど、考えよう、考えるんだ。嫌になっている時間を惜しむんだ。

 明日は姉のミンの結婚式といっていた。で、この近くには、町はひとつしかない。なら、そこに住む者たちだろう。話では、資産もありそうな家だし、きっと、町でも大きな家だろう。となれば、町の中でも目立つ家か。なら、町へ行けば、わかる可能性は充分にある。結婚式の準備もしているそうだし、ならば、ユイジンの家の特定は難しくないかもしれない。

 あと、彼の先生である。ホバとかいう人物について。

 全員、武術稽古着みたいなのを着ているし、剣も持っているし、剣の先生か。

 いや、ただの学校の先生か。どちらにしても、生徒たちによく慕われている様子がある。ユイジンの姉、ミンとは恋仲、あるいは、そこに愛らしき何かがある距離感の人物か。

 考えながら、廃屋の方を見る。まだ、三十人ほどの青年たちが、周辺を捜索している。

 どうも、彼らからよく慕われているといういか、彼らはよく躾けられているという感じも否めない。

 にしても、捜索方法が雑だった。洗練されていない、分担作業にもなっていないし、おおざっぱな捜索だった。きっと、本格的な狩りをした経験はなさそうである。

 さあ、おれはどう立ち振る舞う。

 そのとき、気配を感じた。

じつに、嫌な気配だった。

「先生!」

 と、集団が声を放つ、続々と「先生!」「先生!」「先生!」と。

 様子をうかがう、闇の奥から、男が現れ、集団の前へ立つ。

 二十代後半あたりの背広に白い襟付きを来た男だった。背はそう高くない。腰に剣をさげている。

 切れ長の目で、灰色の髪は長く、左右に分けてある。

「ホバ先生!」

 誰から、ひときわ大きな声で、その名を呼んだ。

 彼は足をとめると、一瞬だけ、切れ長の目を大きく開けた。瞼をひらくと、大きな目だった。次の瞬間には、また、瞼を閉じて、切れ長の目になる。

 かかわってはならない生命体。

 そう感じた。相手を人の単位ではなく、生命体という単位で感じた。

 そして、彼。ホバなる人物が一瞬開いた目は、こちらを視認した。

 ように感じた。

 で、ホバがいった。

「落ち着き給え、君たち」

 やさしい口調だった。けれど、おれには血の通った声には、きこえなかった。

 一方的な感想を生産していると、ホバが続けた。

「落ち着かなければ、いくら剣を振っても、骨までは斬れんよ」

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