ししょうなくもあり
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
大陸の東へ続くこの道も、まもなく果てを迎える。
果てから先は大きな海で、その海の向こうは別の大陸がある。地図では知っているけど、まだ、行ったことのない大陸だった。
ずいぶん、遠くへやってきた。ここで引き返せば、もう二度とここまで来ることはないだろう、と、そう思えるほどの遠くだった。
では、ここまで来たついでに、向こうの大陸へ行っておくべきか。などと、かるく考えていた頃に、その町へたどり着いた。
大きな町だった。二階建て以上の背の高い建物が立ち並び、大きな通りも多く、道幅も広い。その通りの左右には、いくつもの商店が展開され、また場所では、露店が集まっている場所もあった。土地が肥沃らしく、町のまわりには上質そうな麦畑がどこまでも広がっていた。気候も安定しているのかもしれない。
町の中を歩く。この通りにも、様々な人々が行き交っていた。町の人、旅の人。ただ他の町とは違い、剣を所持している者が多い。それも、若者にその傾向がみられる。
しばらく町を歩き、やがて、よさそうな宿をみつけた。
中に入り、今夜の寝床を確保した。その際、宿屋の主人へ訊ねた。
「この町でも、剣術は流行ってるんですか」
「あ、ええ」彼はうなずき続けた。「流行りに流行ってますよ。さながら、疫病の如く」
言語表現から察するに、あまり、この流行りをかんばしくは思っていないらしい。
「おかげで、このあたりも、空き店舗が出来ると、一瞬で剣術道場が入り込んでくる始末ですよ、どんどん増える」と、宿屋の主人はいった。「さながら、疫病の如く」
「剣術道場が」
「うゃーねぇ、実態は、観光客向けの剣術道場ばかりですがね」
観光客向けの剣術道場とは、いかに。
「ここは試練の旅の道の終わりの方にある町ですからね。それが、いつの頃からか、若者たちが旅を終わりの記念に、この町の剣術道場で、なんともうしますか、最新の剣術のひとつも覚えて、地元へ帰ろうとするようになったわけです。ほら、ちょうど、旅の装備で剣とか持ってたりするんで」
「道場に弟子入りするんですか」
「うにゃあうにゃあ」彼は怪訝な表情で顔を左右に振った。「なーがくて三日、三日ですよ。その間に、その道場特有の剣術を、かたちだけ、教わるんですよ。まあ、それでも、地元に帰れば、最新の剣術を学んだってことで、胸を張れるそうです。とりわけ流行りですよ、どうして流行ってるかなんざは、知りませんがね、そう、流行りです、流行りだ流行りだ」
割り切っているような口調えある。
で、つまり、旅の最後のこの町で最新の剣術を学んで、地元へ持ち帰るか。
なるほど。
その話を聞き、それ以上、思うことはなかった。
今夜の宿も確保できたので、おれは夕食をとりにふたたび町へ出た。
そして、町を歩いていると、見つけた。剣術道場である。入り口に大きなわかりやすく看板も掲げてあった。
かなり大きい建物だった。一階建で、箱みたいなかたちの建物だった。ちょっとした町の広場ぐらいの敷地面積である。
ただ、その道場の周りに、人だかりが出来ていた。真っ赤な稽古着を着た道場の生徒らしき者たちが二十人ほど道場の外から周囲を囲っている。さらに野次馬らしき者たちが二十人ほどいた。
人々が道場の建物を囲っている。いや、正確には、その道場の周りには若干の空間があり、かなり距離をとるように、人だかりが出来ている。
しかも、竜を感じた。
竜が近くにいる。
というか、あの道場から竜を感じる、いるぞ。しかも、そこそこ大きい。あの道場の中に、竜がいるとなると、人々が距離をとっている理由もうなずけた、人々は、竜が恐い。
人は竜への恐怖を克服することはできない。
で、おれは人々の前へ現れた竜を払う、竜払いである。
おれは警戒する人だかりへ近づき、道場の生徒らしき一人へ訊ねた。
「竜ですか。いえ、おれは竜払いなのですが」
と、素性を明かして訊ねた。
「ヨルと申します」
さらに名乗った。
「あ、え?」と、十五、六歳ほどの彼は、そう声をかけると戸惑った。「あ、はい………竜が道場に………」
「大きい竜ですよね」
「あ、はい…………あの、いきなり天井を突き破って………降りて来て………けっこう…………大きい竜が………」
その生徒がおれへ説明していると、別の生徒が「竜払いの人ですか!」と、激しく素性確認をしてきた。
「ええ、まあ」
「師匠が! 空から道場に竜が現れたんですけど、師匠がまだ中にいます!」
「師匠」
すると、野次馬のひとりがおれへ「こって、町一番の剣術道場なんですよ」と、情報を与えてきた。
「どうも」と、礼を述べておいた。
「師匠はっ!」そして、今度は別の生徒が仲間たちを押しのけておれの前へ来た。「竜が現れたくらいで、右往左往することなどない、はっはっはっ、と笑って、勇敢にも、竜が現れた道場に、まだ一人残っておられます!」
そう説明され、おれは道場の建物を見て、それから「そうなのか」といった。「なあ、君たちの師匠は、竜払いもできるのか」
「できないと思います!」生徒のひとりが教えてくれる。「聞いてはないですけど、あの感だと、師匠は竜を払うことはできないと思います!」
不確定情報を力強く回答してくる。おれは少し考えてから「そうか」とだけ、返した。
「竜払いさんなんですよね! お金はぼくたちが出します、道場から竜を払ってください!」
そうって、生徒たちは、一斉に、純真そうな眼差しを向けてくる。
いや、この中には、この道場で、安直に三日くらい修行して最新の剣術を学んだことにして地元へ帰ろうと目論む者もいるのだろうから、すべてが純真な眼差しであるはずがない。
おれはそう、確信する。
そして、そんな確信をするおれには、もう純真さはないのかもしれない。
と、心の中の葛藤はさておき、おれは「承知した、払おう」と、告げた。「みなさん、できるだけ離れててください」そう伝え、道場へ向かう。
道場の看板が掲げられた門を抜け、建物へ入る。
道場の中は帆広かった。天井の一部が壊れて、夕焼け空が見えている。
竜は道場の一番奥にいた。幌馬車をひとまわり大きくしたくらいの大きさで、赤褐色の竜だった。いまは、羽根は畳み、こちらに対して、斜めに座り、長い首をかすかに持ち上げて、こちらを見ている。
竜の前に誰か立っている、背中が見えた、女性である。
二十歳ほどの女性で、鮮やかな柑橘類みたいな色の髪に、上は真っ赤、下は黒い稽古着を着ている。おれより頭はんぶんほど背が高かった。
彼女は腕組みをし、竜を前に立っている。その距離は、踏み込み二足ほどで、竜の鼻先に届く距離だった。そこで、微動だにしない。
彼女は竜が恐くないのか。
おれは恐い。
いっぽうで、邪魔だった。そこに立たれていは、じつに、竜を払いにくい。
あの、と、声をかけると竜を刺激する可能性もある、そこで、そっと、彼女へ近づいた。
彼女の表情は凛々しく保たれ、かつ、右の頬には涙を流した形跡がある。
完全に気絶している、立ったままの気絶である。
立ったまま気絶、すごい技術だ。
けれど、邪魔だ。すごい技術が、すごい竜払いの邪魔になっている。
しかたなく、おれは彼女をそのままにして、背中から剣を抜いた。
竜を払いにかかる。
やがて、払い終えた。
開いた天井の穴から、竜を空へ還す。
ほどなくして、夜空へ飛び立つ竜を目にした生徒たちが「師匠!」と声を放ちつつ、道場へ流れ込んで来た。
その呼び声で「ふがっ」と、彼女は意識を取り戻した。
この人からすれば、忽然と目の前から竜が消えている感じにちがいない。
けれど、近くにいたおれを見て、そくざに察したらしい。生徒たちが近づくと、涙の後をぬぐって、振り返りいった。
「ふふ、みな、竜如きに動揺し逃げ出すとは、なんと未熟な剣士たち、しかし、そこが愛おしくもある。だが、情けなくもある。まったく、まだまだ修業が足りんだの、諸君らは、まだまだ――――」
と、言い放つ。
いったい、そういうの、どこで学ぶんだろうか。
ああ、そうか。
この道場で、この人から学ぶのか。
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