ながれはて(2/3)
一度、背負ってしまったものをどうすべきか。
考えた。そして、決めた。卒業しよう。
卒業、そういう、こそくな言い方で、この件から手をひこう。
だいいち、まだ廃屋付近に現れるという小さな竜を追い払う依頼を完了させていない。ゆえに、この状況から離脱する言い訳は生産可能である。
とはいえ、気を失ったユイジンを森の中に置いてゆくのもしのびない。そこで、夜の森を抜けて、町まで戻ることにした。町へ戻ってみると、あちらこちらに、光源を手に、捜索めいた動きをしている者たちがいた。みな、あの稽古着を着ている。
町の中とはいえ、ユイジンをそこいらに置くのはまずそうだった。そこで置き去りに最適な場所を探す。彼が意識を取り戻すまで、誰かにみつかりにくく、意識を取り戻してすぐ、本人がそこがどこかわかる場所がいい。
彼の家の近くがいいのではないか。けっきょく、そう、思い至る。たしか、彼の家はこの町でもお金持ちそうだった。家の場所はわからないけど、とりあえず、町でもお金のありそうな雰囲気の方へ進んでみる。
彼の家のめぼしはかんたんについた。とある屋敷の庭園が、昼間のように明るくなっている。塀の上をのぞき込むと、その庭で、完全に結婚式の準備をしていた。働いている使用人たちは複雑そうな表情をしていた。花嫁が誘拐されたというのに、それでも、一応、明日の式の準備はしている。しかも、その準備に追われる人々の合間に、稽古着を着て剣を携帯した男が警戒するようにうろついている。
まあ、ここが、きっと、ユイジン、彼の実家だろう。おれは塀の向こう側へ降りた。
とりあえず、敷地内の茂みへでも、埋め込むように彼を入れておけば。
「っぱ………」
瞬間、背中の彼が動き出した。意識を取り戻しそうだった。
まだ放置前だ、眠っていてほしい。けれど、かりに、もう一度、意識を奪ったとして、連続気絶攻撃の影響、永遠に意識を奪いかねない。そこで、ぴくぴくしかけた彼を、急いで茂みの裏へ押し込んだ。
そして、おれは現場を即時離脱する。小さな竜を払いに行かねばならない。
塀の上へあがる。
あとは彼の健闘を祈るのみである。
直後。
「姉さん!」
彼が声をあげて、目を覚ました。
「おお! 誰かいるぞ!」
そして、即時、屋敷の庭にいた、物々しい男たちに、気づかれる。
「え、わっ!」
とたん、彼は強い混乱状態に陥り、立ち上がると、走り出した。「待て!」と、屋敷から出て来た二人の男が追い駆ける。追っている二人も、追っているのは相手が誰かはわかっていないらし。逃げるから、追う、という感じだった。ユイジンの方も、誰かいるぞ、と大声で言われたから、反射的に逃げたみたいだった。
そうか。
そうか。
あとは彼の健闘を祈るのみである。
いやまて。
もしかすると、おれが彼の家を間違えて、敷地内に連れ入れた可能性も否めない。
ここが彼の実家であるとおれが思った根拠は、庭の結婚式の準備風景くらいで、確固たる証拠、証言はない。
もし、間違えていたら、まずい。
おれは塀から降りて、ユイジンと追うふたりの男たちを追跡する。すると、ユイジンがこけた。追手にとっては、確保の好機でしかない。おれは地面にあった手ごろな石を拾い、追手のうちひとりの背中へ投げた。それは命中し、男は倒れる。さらに、おれはもうひとつ手ごろな石を拾い。
いや、石がなかった。そうそう手ごろな石が落ちていない庭だった。手入れが行き届いていて、庭としては素晴らしい。その素晴らしさが、おれを苦しめる。
しかたがない。
突如、仲間が倒れ、唖然として立っている片方の男の背後に回り込む。闇へ身を沈み、接近し、闇から出て、後ろから全力で足払いをした。それで、男は大きく倒れた。
で、おれは闇へ戻る。
ここでも闇を使いこなしているおれがいた。まるで暗殺者の動きである。
闇と、ともだちになりつつある。
そこで、おれは小声で「おれは竜払い、おれは竜払い、おれは竜払い」と、唱えて自己暗示によって、心の安定を図った後で、ユイジンを見る。彼は立ち上がって、それから物置の方へ向かっていた。
物置の中へ入る。少なくとも追っ手はユイジンがそこへ逃げ込むのを見ていない。にしても、あそこは安全なのか。一応、彼が安全を確保できるまで見届けよう。
ユイジンが入った物置まで接近する。中で光源をつけているらしく、窓から中の様子が見えた。ユイジンは必死な様子で倉庫の床を剥がしていた。そこに隠し階段があった。彼は光源を手に、そこを降りてゆく。
なんだ、あの階段は。
しかも、彼は隠し階段を隠していた床を、そのままにして行ってしまった。もう隠せていない。
あの階段はなんだろうか。もしかして、屋敷の外へつながっている脱出用通路にでも続く階段か。あるいはどこにも接続さていない、ただの隠し部屋か。
そもそも、ここ彼の実家だし、屋敷へ正面口から帰ればいいものを。
ここに来て新規の気がかりの発生である。いったい、どこまで、この件を見届ければいいのかが見えてこない。
おれは窓から物置へ入ると、床の隠し階段の前へ向かった。のぞき込みむと、階段の先は真っ暗だった。黒い水が溜まっているようにも見える。
おれはため息を吐き、小さく願った。
「地下迷宮とかじゃありませんように」
隠し階段の下は迷宮でもなかった。階段を降りてすぐ、一本道が続いているだけである。
中は暗く、最弱にした光源の明かりを手に進む。
空間の広がりの大小はあるものの、やはり、分岐はない、なによりだった。
やはり、ここは純粋な脱出路めいている。
しばらく進むと、曲がり角の先で、気配がした。
「姉さん!」
ユウジンの声が聞こえた。
「………ユイジン?」
女性の声が聞こえた。
おれは光源の明かりを消した。曲がり角まで接近し、壁へ身を寄せる。明かりが見えた。そこに、ユウジンと、若い女性がいる。
彼がいま、姉さん、と呼んでいたし、まかさ、彼女が姉なのか。
名前はたしか、ミンだったような。年齢的にも、兄弟で無理はなさそうである。
というか、だとすると、つまり、どういうことになる。誘拐されたミンだったとし て、それはそれで、状況に複雑さが増量されることになる。
いや、まあ、彼に姉が一人だけという保障はない。
「ミン姉さん!」
ああ、ミンだった。
そうですか。
「………ユイジンなの?」
彼女が姉さんらしい。壁から身を乗り出し、視認する。
二十歳ほどで、可憐な女性といえた。資産かのお嬢さんらしく、可憐な装いをしている。
けれど、彼女は誘拐されているはず。なのに、ここにいる。
混迷を極めてきたぞ、おれの人生。
「姉さん………」ユイジンは驚きを飛び越えて、放心状態になっていた。「どうしてここに………?」
そう、どうしてここに。
視認を切り上げ、ふたたび、身を隠す。以降、音声のみの聞き取りに注力である。
「見逃して、ユイジン………」
「どういう、こと?」
「あの人は、わたしと一緒になってくださるの」
「あの人」
「先生」
「先生………ホバ先生が?」
「そう、約束したの。わたし、お父さんが決めた人とは結婚しないの。ホバ先生と一緒になるの、わたしね、ホバ先生と旅に出るの」
「いや………え………あー……え? どういう」
彼女、結婚前夜に、あのホバって人物と、駆け落ちするつもりなのか。
ひー。
「もうすぐ先生が、ここへわたしを迎えに来る。だって、ほら、あなたも、ううん、みんなも本当は知っていたでしょ、わたしと先生が………お互い、想い合っていたことを、心が通じていたことは………」
「いや、でも………でもさ、姉さんは、誘拐されたって」
「お願い! ユウジン、見逃して!」
ミンは彼の問いかけに声を被せるようにいった。いまの彼女には、相手の話を聞けるほどの落ち着きはなさそうだった。
「………無理だよ、姉さん」
と、ユイジンがいった。
「それが、いくら姉さんの大事な気持でも、というか! 父さんたちのちゃんと話した方がいいよ!」
「それこそ無理!」
「父さんだって話を聞いてくれるよ、そうだ! はじめは、か、母さんに話して、それからなら―――」
「父さんには、話したの、お願いしたの、でも、だめだった。先生と一緒になるのは、だめだって」
「あ、そうだったの………」
「父さんは、みんながあの人を先生って呼んで尊敬はしいるけど、けっきょくは、雇いに警護者に過ぎないんって。あの人から、みんな剣を教わって、尊敬はしてる、でも、その尊敬は………なんか、違うって………」
なんだ、あの、ホバってのはこの屋敷で雇っていた警護者なのか。
で、みんなに剣を教えてもいた。なら、高度な剣技の持ち主なんだろうな。一目見て、只者ではないことはわかった。あの男は隠していたけど、所作があきらかに他の人間とは違う。いつだって、相手を斬ってしまえば終わらせることができる、そんな物騒な思想を含んだ殺気を隠しているような感じだった。正直、ひどく嫌いな種類の殺気である。
いや、嫌いじゃない種類の殺気が何かといわれれば、まあ、回答に困るけど。
状況はなんとなく見えた。けれど、繰り返しになる、だからといってここから、どうする。
行く末は気にはなるけど、このあたりで引き返しどころか。
心に決めて、おれは地下通を戻った。ふたりの話声も、遠ざかり、だんだん小さくなってゆく。
階段まで戻って、物置まであがった。
瞬間、あの、ひどく嫌いな殺気を感じた。
物置の外にいるのか。まずいな、あの男とは遭遇はしたくない。
すると「お前何者だ!」と、戸の外から男から声がかけられた。みつかったかと、身構える。
次に「そこを動くな!」と、別の男の声がした。
直後、がたん、ばたん、と、二度、物音が聞こえた。
戸の向こうが静寂となる。やがて「うううっ」と、うめき声が聞こえ「ああ、先生!」と、声がした。
先生、ホバがいるのか、戸の向こうに。
さらに別の男の声が。
「ホバ先生、すいません、入り込んだかもしてない侵入者かと思ってしまい、まちがえて……」
謝罪する。
それから、やさしい口調で。
「だいじょうぶかい、君たち」
という声がした。ホバの声だった。やさしい口調なのに、やはり、血が通っている感じがない。
「先生、あの」
「わたしを、賊とまちがえたのでしょう。いいのです、わたしが、君たちにひとこえ声をかけておけば、よかった。反省しよう」
「そんな、先生」
どうも、戸の向こうにホバがいて、それを屋敷の見張りか、見回りをしていた弟子が、侵入者だと思って、迫った。
そして、ホバは、一瞬で、ふたりを倒した。
「先生、この物置きに、なにか………」
「うん、ちょっとね」
一枚向こうの戸で、会話がはじまる。
まずい、奴にいま物置に入ってこられてしまえば見つかる。
いや、もうあのホバといかいう男には、こちらの気配でばれているかもしれない。
だとすると、窓からこっそり出ても、追いつかれる気はする。
そう考え、おれはふたたび隠し階段をくだった。
地下通路へ戻ると、光源の明かりはなく、ユイジンもミンの姿も消えていた。
手持ちの光源を、最小限の明かりに調整し、暗い通路を進む。おそらく、一本道なので、迷う可能性はない。
と、楽観しながら進んでいるときだった。
闇の向こうに気配を感じた
その根源へ照らす。
見ると、ユイジンだった。しかも、手足を縛られ、目隠しをされ、猿ぐつわをされた状態で、柱にしばりつけられている。
どうやら、気も失っているらしい。
なぜ、こんな状態にされているかはさておき、一日に三度も、気絶して、だいじょうぶなのだろうか。うちに、二回はおれがやった。なんだか、申し訳ない。
いっぽうで、ミンの姿はなかった。地下通路は一本道だったし、こちらに来ていたなら、遭遇しているはずだった。むろん、別の隠し通路があって、そちらへ向かった可能性はある。
ユイジンをこんな状態になった理由はわからない。もしかして、姉のミンがやったのか。さっき、もめていたし。
とにかく、ここにミンの姿はない。となると、地下通路の先に行ったのか。
考えた結果、ユイジンは無力化を維持である。もし、なにかあったら、あとで救出するとして。
一方で、物置の方にはホバがいるので戻れない。もしかすると、もう物置に入って、この隠し階段を降りているかもしれない。彼と遭遇しない方法は、通路の先を進むことだけだった。
まて、かりに、もし、ホバがこの階段を降りて、この通路を進み、やがて、この状態のユイジンとも遭遇する。で、ホバが、ユイジンと接触したとき、奴がどういう振る舞いをするか、わからない。
ユイジンを始末するとか。
ええい、またか。
おれはユイジンを担ぎ、地下通路を進んだ。通路は進んですぐに、終わった。上りの階段がそこにあった。
階段をあがる。足音を立てないように、身長にあがる。ユイジンが重く、投げだしたい気持ちを抑える。
階段の先は天井になっていて、隙間から光の線が漏れていた。担いだユイジンの後頭部で天井をゆっくり押す。すると、天井がゆっくりと開いていった。顔半分を出して覗き見る。そこは建物の中だった。光源があるらしく、かすかに明るい。無数の酒樽が見えた。
人の気配はしない。天井をすべて持ち上げて、階段を上り切った。
酒を保管する貯蔵庫か。だとすると、地下室か。どうも、置いてあるのは、いい酒ばかりらしく、いい酒場、みたいな香りがする。
ここは、いったい。
とりあえず、ふたたび頭の中で情報を並べみる。
今夜、このユイジンの姉、ミンが誘拐された。
誘拐犯は身代金を要求している。
ミンは明日、親の決めた相手と結婚することになっている。
で、ユイジンには剣の師匠がいる、ホバという男だった。
ユイジンはそのホバからこっそり、姉の誘拐犯が分かったので、一緒に捕えることを持ち掛けられた。
ユイジンはホバとの待ち合わせ場所にいたものの、どうやら、ユイジンが誘拐犯として疑われているらしい。
「―――で、あと、なんだっけ」
おれは手で頭をかいて、刺激して、思い出す。今夜は、身体の頭も忙しい。
誘拐されたはずのミンは、さっきの地下通路にいた。
ミンは自らの意志で、地下通路の隠れていた感じがある。
ミンは、ホバを慕っていた。というより、駆け落ちしようとした。
そして、ユイジンは地下通路で無力化された状態でおれに発見された。
それが、いまである。
「――――それで、どうなればいいんだ」
おれは独り言をつぶやく。
まあ、明らかにホバという男があやしい。それはわかる。ただ、根本的に、おれはこの状況に無関係者である。誰にも、ほぼおれだと認識されないまま、この状況に巻き込まれていた。
そう思っていると、人の気配がした。声がきこえてきた、女性の声だった。
それもふたり、話ながらやってくる。
おれは、ひとまず、ユイジンを背負ったまま酒樽の摘まれた棚の後ろへ隠れた。
ユイジンは地面に置く。おれは気配を消す。
やって来たのは女性ふたりだった。どちらも五十代くらいだった。わかりやすく使用人の恰好をしていた。
「まー、お嬢様もさねえ、こうばしい、お年ごろだしねぇー」
どこか、あざけるような口調だった。
もう片方の女性も似たようなしゃべり方だった。
「そうそう、わー、ってなるのよ、あの年頃は」おなじく、あざけりがあった。「恋に恋して、恋気分ってね、わーけわかんなくなって、わーけわかんないことに、全精力をそそぎがちなのよねえ。こんないい縁談を、こんなにしてー」
ふたりはここへ酒でも取りに来たらしい。
かなり、大きな声で話すので、すべてが明瞭に聞こえた。
「だってさ、お嬢様って、ホバ先生と、付き合ってたでしょ」
「ええー、そんなの、みんなわかってるにねえ。旦那様も、わかててべつの相手をお嬢様に用意して、まあ。あ、でも、わたしは旦那様に賛成、大賛成。ホバ先生はさぁ、いい男だけど、ちょっと、恐いしね」
「うん、わたしも同感。というか、わたし、ちょっとホバ先生がお嬢様に近づいている時点で、ちょっと疑ったし、ああ、これはお金目当てだなって」
「ああー、わかる気がするー。でも、恋する乙女は、ねえ、あとさき考えなくなるし、勢いとかあるね、大人の説得通じなくなりがち、そのあたりも計算してホバ先生はやってるんでしょうけど」
「あのさ、わたし、思うのよねー、今夜のお嬢様の誘拐も、じつはホバ先生と駆け落ちとかじゃないかって」
「ああ、やっぱりぃ? ありそうようねえ、嘘っぽいのよ。だってさ、旦那様、今夜は警戒して、お屋敷のまわりにも見張り、いっぱいつけたじゃない? お嬢様が逃げ出すとか思ってたんじゃないの、駆け落ちとかさるんじゃないかって」
「けどさ、あんた。駆け落ちじゃ、この屋敷のお金は手に入らないじゃないのさ」
「それはさー………そうね、いったん駆け落ちしてー、その先で結婚しちゃってねえ、あとはねえ、旦那様と奥様がねえ、亡くなるのを待てばさー」
「というか、消しちゃう?」
「その考えはいけないわよ。正解かもしてないけど」
「でも、ユイジン様がいらっしゃるわよ。あ、ユイジン様も、消しちゃう?」
「ね、ホバ先生、強いものね。ホバ先生がこの家に出入りするようになったのも、ならず者にお嬢様が襲われてるのをホバ先生がお助けになってからでし? そのときに、ユイジンぼっちゃんもいたんだっけ?」
「それね、よくできた話に聞こえちゃうわよね」
「お嬢様と結婚して、正式に家督を継いで。この屋敷の財産の相続権さえ手に入れば、あとは、ホバ先生、剣で、すぱぱぱー、ってね」
「まるで安っぽい小説みたい」
「なんてね」
そう話ながら、ひとりは酒瓶のひとつを手にすると、一口飲み「うまい」といった。もうひとりも飲んだ。盗み飲をしたらしい。ふたりはそして、酒瓶が詰まった入った箱を抱え、来た道を行ってしまう。
そして、静寂となる。
ふたりは、このお屋敷、といっていたな。ここは、屋敷の中なのか。
で。
さっきの話。ホバがこの家の財産を狙っている。そのためのミンとの繋がり、邪魔になるユイジンの排除、そして、いずれはユイジンとミンの両親も排除を目論む。
すごく、安っぽい話だった。しかも、仕事中、酒を飲んでしまうような使用人たちの、雑談でしかない。
けれど、どうなんだ。
これ、どうなんだ。
「というかさー」
と、思っていると、さっきのふたりがまた戻って来た。
おれは酒樽の後ろで気配を消す。
「屋敷にこんな見張りがいるし、お嬢様を誘拐なんて無理よねえ」
「あんたもそう思う?」
ふたりはさっきの酒の入った箱を戻す。
「ああ、こっちだった、こっち」
別の酒の入った箱を持ち上げる。話に夢中になり過ぎて、品をまちがえたらしい。
「つか、お嬢様、って、まだ、この屋敷のどこかに隠れてるんじゃないの?」
「そうそう、だって、この屋敷って、先代さまの偏屈な趣味でつくった、隠し部屋とか? 隠し通路? とかがたくさんあるって噂だしね」
「そう噂ね、わたしらには、まったくわからないけど、噂だけはずっと、あるわよね、あるって」
と、いって、ふたりはふたたび行ってしまった。
隠し部屋とか、隠し通路とかがあるのか、この屋敷。
いや、たしかに、隠し通路はあった。
つまり、ミンの誘拐は、ホバと駆け落ちするための捏造。
じゃあ、ミンは地下通路に隠れていたのか。あるいは、脱出の途中だった。
で、ユイジンは姉の誘拐が偽りだと知った。
なら、この彼が目を覚まし、それを両親に伝えれば。
いや、やはり、ミンがみつかなければ、両親へと確実な真相の証明には至らない気がする。それに、ユイジンが安直に姿を現せば、口封じの側面から、ホバに始末されるかもしれない。
ならば、ミン本人を両親のところへ連れて行くのがいいか。ミンはこの屋敷のどこかに隠れている、という、使用人たちの予測があるし。
ミンは地下通路からこの屋敷に戻ったとしたら、やはり、彼女はこの屋敷にどこかにいる可能性はたかい。
とはいえ、隠し部屋、隠し通路がたくさんあるというこの屋敷の中を探して、すぐにみつけられる気がしない。
それでも、なにか、みつける方法はないか。
なにか。
なにか。
「………あ」
思いついた。
そして、声に出してしまう。
「いや、けれど、やってはいけない方法だ」
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