ながれはて(3/3)

 まず、運任せを慣行する。

 意識のないユイジンを酒樽の後ろへ残し、ひとり屋敷の外へ脱出した。

みつかりませんように、と、願い。ここはもう、運に任せるしかない。

 地下の貯蔵庫から、上へあがる階段をみつけ、気配を消してあがる。うまくことは 運び、誰にもみつかることなく、一階に出た。

 廊下へ出ると窓辺に近づく。外の様子をうかがうと、かがり火の向こうに、明日の行われるはずの結婚式会場が見えた。使用人たちが忙しそうに働き、警戒した稽古着の者たちが、うろついている姿が見えた。

 まあ、警備といっても、みんな稽古着だし、きっと、ホバの剣術の弟子か、生徒かなにかだろうから、けっきょく、見張りとしても、警護として機能しているかが、あやしい。

 なんとか、隙をみて、屋敷を出る。ホバの弟子たちは、おれに気づくこともなかった、修行不足である。

おれは闇夜を頼りに、敷地内から脱出した。

 馳せて町はずれの森へ戻る。こうしている間に、ユイジンの意識が戻らなければいいと願う、とにかく、運依存である。

 廃屋まで戻ると、誰もいなかった。

 そして、廃屋の二階へあがる。

 当初の予定を復活させた。

 竜を刺激する、竜笛を吹く。この笛の音は、竜にとって、不快な音が出ている。吹けば、だいたい、嫌がった竜がこちらへ向かって来させることができる。

 で、竜がやってきた。あひるほどの大きさの竜である。

 竜笛の音の影響で、猛っていた。

 竜は、少しでも傷を負えば、空へ飛んでいってしまう性質がある。

 けれど、攻撃する際、竜の骨でつくられた剣以外で攻撃してしまうと、まずいことになる。

 で、それはそれとして、いままさに、あひるほどの大きさの竜が、翼を広げ、廃屋の二階へ立つおれへ向かってくる。

 おれは構えて、待ち受けた。

 竜が口を開けて迫る。

 人は竜への恐怖を、絶対に克服することはできない。小さな竜でも、恐かった。

 けれど、ここはやるしかない。

 竜がこちらの間合いに入った。

 おれは両手で、竜の身体を掴んだ。丁度、あひるくらいの大きさだったので、あひるを掴むように。

 竜払いになって、はじめてやったことだった。

 いや、もっと小さな竜を手掴みしたことはあった。けれど、あひるくらいの大きさは掴んだことがない。

 噛まれないように首も抑える。

 で。

竜を掴んだまま、廃屋の一階へ飛び降りる。

そして、走った。屋敷へ向かう。

 その間、竜は暴れた。すごい力だった。おれは歯を食いしばって、抑え込む。森を駆け抜け、町を駆け抜け、あの屋敷まで来た。

「せい!」

 それから、竜をわきに抱えたまま、屋敷の塀を上り、乗り越える。敷地内へ着地して、屋敷へ向かっていった。

 竜を前方へ投げ飛ばし、叫んだ。

「竜がそっちへ逃げました!」

 いっせいに、庭で結婚式の準備をしていた使用人たちも、稽古着を着ていた見張たちも、こちらを向く。

 そこに、あるひほどの竜がいた。屋敷へ向かって、飛んでくる。

 おれは追加で叫んだ。

「竜払いです! どいてください、竜が竜がそちらにぃ行きました!」

爆ぜるように悲鳴があがった、激しい混乱状態になった。あるひほどの大きさとはいえ、突然に竜の出現に、人々は逃げ、狂い、戸惑う。

 その混乱の中を、竜は飛んで行く。

 おれもその竜へ続く。

 竜は屋敷に接近したとき、おれは会場にあった皿を手にとり、屋敷の窓へ向かって投げた。窓硝子が割れる。竜はおれの追跡から逃れようと、割れた窓から中へ入った。

 おれも窓へ飛び込む。より窓を破壊して、屋敷の中へ転がり込む。

 ミンはこの屋敷のどこかに隠れている。と、思われる。

 けれど、この屋敷は隠し部屋、隠し階段等々が満載らしい。ゆえに、この屋敷から隠れた者を見つけ出すのは、至難だという。

 なら、しかたがない。

「竜払いです! 竜が屋敷に入り込みました、なので竜を払います!」

 そう、しかたがない。

 危険な竜が屋敷の中へ逃げ込んだ、そして、その竜を払う。

ひどく激しく払う―――そのせいで、屋敷の中のものが壊れる。屋敷そのものを、破壊する勢いで払う。

 屋敷自体をすべて破壊してしまえば、ミンの隠れ場所は消滅する。

 おれは竜を払うため、躊躇なく屋敷中の扉を、壁を破壊した。人々は、おれの蛮行を目にしたものの、たしかに竜はいるし、竜を払っているように見えるし、竜は恐いので、止めようとはしなかった。むしろ、屋敷の中から次々に脱出してゆく。

 おれはあらゆる扉を蹴り破り、あやしげが大鏡を叩き割り、ふしぜんな肖像画もやぶった。破壊しか何個かのひとつに、隠し通路みたいなのを発見したけど、ミンはいない。途中から、竜の方も興奮して、炎を吐き始めた。それが、屋敷に引火して、火事になった。それでさらに人々は、屋敷の外へ逃れていった。

 ほどなくして、二階から窓の外を見ると、煙にせき込みな、ミンが屋敷の外へ逃れる姿が見えた。燻し出し成功した。彼女はすぐに、両親とおぼしき二人と、使用人たちに囲まれた。

 これで、誘拐されていたミンの行方が明らかにされた。

 あとは先方で情報整理がなされ、この誘拐の件の真実は明かされ、決着を迎えるだろう。その後の細かい家族間の感情のうんうぬかんぬんついては、おれの関与すべきことではない。

 いずれにしろ、これで、よし。

 と、思った矢先、記憶がよみがえる。ああ、しまった、そういえば、ユイジンが地下に置いたままだった。猿ぐつわもしているし、視界も腕も拘束された状態だった。

 折しも、屋敷は竜が口から放った炎で、火事になっている。まずい。そう思い、すぐに地下まで向かって、地下に置き去りにしたユイジンのもとへゆく。彼はまだ、気を失ったままだった。担いで、一階へ行くと、廊下は火の海だった。

 火があついのは我慢である。と、言いきかせ、おれは窓を蹴り破り、彼を外へ放り投げた。その先は、丁度、池で、落ちて、すぐに彼も意識を取り戻し、その物音で、使用人たちも気づき、近づいて来る。

 これで、すべて、あとは、なんとかなる、だろう。

 おれはせきこみつつ、顔をあげた。

「さて」

 声を出す。

 あとは、竜を追い払うだけだった。

 おれは竜を感じつつ、少し手すりが燃えている階段をあがった。



 屋敷は焼け落ちず、火事は、ぼやで済んだ。

 竜は追い払った。

 朝陽はのぼった。

 おれは身体の各所が少し焦げた。

 で、早朝、おれは竜払いを依頼した町長のもとへゆき、伝えた。

「あの、竜を払うとき、町の一部に、やや被害を出してしまいまして」

町長は言った。「ああ、相手は竜だし、そういうのは、しょうがないです。それが竜というのですよ」

 うんうんうん、と、うなずきながら、しょうがないです、しょうがないです、を連呼した。

 その後、おれは念のため、半日ほど町にいて、様子をうかがった。どうやら、ミンの誘拐事件は、身内のごたごた扱いになり、結婚式は開催されなかったものの、事件は区切られたようだった。

 おれもユイジンの家から怒られることはなかった。

 相手が竜だし、しょうがない、で片付けられたのだろう。

 じつに運がよかった。

 いや、ばれていないだけかもしれない。けれど、町長には正直に話したし、半日は町にいた。それなりの誠実は実行した。

 少し昼寝をした後、おれは明るいうちに町を出た。

 表面上、おれがあの町でやったことは、竜を追い払っただけである。ユイジンもミンも、おれの顔をしっかりとは見ていない。おれは町にやってきた、ただの竜払いでしかなかった。ただ、技術不足で屋敷に損害を与えた、無能な竜払いでしかない。

 東へ向かう道を歩き続ける。

 一面は麦畑だった。もうまもなく、実りの頃を迎えるだろう。

 風が吹いていた。麦畑には誰もいない。

 ただ、道の真ん中に、男が立っていた。

 知っている男だった。

 ホバだった。

 腰には剣を吊るしている。

 おれは立ち止まった。

 踏み込んだら、手が届く。そんな距離で、対峙する。

 おれをそこで待ち構えていた。

 ホバはおれへ問いかけた。

「何者だ、貴様は」

 遠く離れた場所にいても、わかるほど殺気立っていた。

「どこの、誰だ」

 差し向けたのは、激しい怒りと、きっと、真からの問いかけだった。

 奴はおれが何をしたのかを把握しつつ、けれど、おれが、どこの誰かはわかっていない。なぜ、自身の計画をつぶしたのか。わかっていない。

 おそらく、あの町でのホバの立場は、崩壊でもしたのだろう。いろいろ、ばれたはずだ。そして、いま自身を破滅させた者を始末するため、現れた。

 ホバは。

「抜け」

といった。

おれに剣を抜けという。

「その首を斬る、拾って掴んで、朽ちるまで歩き続けてやろう」

 すごいことを言う。

これがこの男の正体か。ひどいものだった。

 おれが背負っているこの剣は、竜を払うための剣だ。竜の骨でつくられた剣で、人と戦うための剣ではない。

 人を攻撃するための剣ではないし、刃も入れていないので、なにかを斬ることはでいない。

 ホバの剣は違う、人を斬る剣だった。

 やつは素早く腰に吊るした剣を鞘から抜いた。

 おれの喉を狙い、間合いを詰め、斬りに来る。

 おれが背負っているのは竜を払うための剣。

 人を攻撃するための剣ではない。

 けれど、正義だから、そう決めたわけではない。

 おれがただ、決めていただけだ。

 果てはある。

 ホバの放った刃がおれの喉へ迫る、首を斬り落としに来る。左から右へ、刃が振られる。

 はやい、けれど、竜より遅い。

 おれは背中から剣を抜いた。

 竜の骨でつくられた剣は剣身が白い。その白さで、生命へ迫るホバの剣を叩いて、折った。ホバの剣先が空へ飛んだ。おれはそのまま剣を振り抜ける。ホバの本体を目指す、側頭部へあてた。

 手応えが、あった。折れたホバの剣先が麦畑へ落ちた。

 ホバはよろめき、倒れた。手から剣は剥がれている、意識を失っていた。

 おれは自分の背中から鞘を外す。それから、身体の前で剣を鞘へおさめる。

 風が吹いた、他に誰もいない、麦畑を揺らす。波のような音に聞こえた

 旅して来たこの道もまもなく終わる。その先は海があるはずだった。

 ほどなくして、おれは背中へ剣を背負い直し、歩き出した。

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