451〜

ここにいるのは

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 その大陸は、八年前、竜にほとんどを焼かれた。

 そういう言い方をされた。

 その大陸は、おれがこれまで足を踏み入れたどの大陸よりも、大きいらしい。

 そう教えられた。

 地図で見る限り、かなり大きく広い。浅い森と、草原ばかりだという。

 人も住んでいる。けれど、八年前、大陸のほとんどは竜にやられた。竜の口から吐く炎に包まれた。

 竜に対し、人を攻撃するような武器で攻撃すると、竜はひどく怒る。たとえば、鉄製の剣や、火器で攻撃すると、激高する。

 それに過度の科学物質にも、竜は過敏に反応する。工場などから、行き過ぎた廃棄物を外界に放ち、察知した場合も、竜はひどく怒る。

 そして、ひどく怒った竜は、他の竜を呼び、竜の群れを完成させる。その後が群れれが、空を覆い、無差別に町を焼く。人がつくったものを焼き尽くす。人が歴史の中で、これまで幾度、竜を怒らせたのかはわからない。ただ、確実に、人が竜に世界を滅ぼされてきた。そして、そのときに、古い記録も焼かれてしまっているので、人間は、あまりむかしのことを知らない。かすかに記録が残っていても、せいぜい、それが三百年前くらいのものだった。

 とはいえ、ここ百年は、大規模に竜を怒らせることは激減した。人間は、少しずつ竜を学び、その対処方法を確立している。わかったことがいくつかあった。竜は、竜の骨で造られた武器で攻撃すれば、怒りはするけど、他の竜を呼ばない、群れにならない。無差別に、世界を焼かない。

 竜骨で造った武器で、竜を仕留めることも可能だった。けれど、竜を強い、仕留めにゆけば、命懸けになる。

 いっぽうで、竜は少しでも傷を与えると、空へ飛んで行ってしまう性質がある。それを、人は知った。

 竜を仕留めるのは難しいし、高い技術もいる。人手も数多くいる場合あるし、かんたんに犠牲者がでやすい。けれど、追い払うのは、まだ、難易度がさげる。むろん、命懸けにはなる。

 この百年で、人は竜との距離感を掴みつつある。人間の全体が、そう認識しはじめた矢先らしい、八年前、その大陸の人間は、竜をひどく怒らせた。竜は猛り、群れとなって、大陸中を口から吐く炎で焼いた。

 そしていま、その大陸へおれは渡っていた。竜払い用に剣を背中へ背負い、こうして大型の輸送船に乗っている。

 東の海は、いま穏やかな波の中にある。風は強過ぎず、弱過ぎずない。もっと、機帆船なので、風による船の進行具合の影響はわずかだった。

 大陸付近では、科学廃棄物を放つ蒸気船は竜が怒るので使用できない。けれど、竜はごくごくわずかな例外をのぞき、水を泳げない。空を飛んで海を越えることはないため、大陸から離れた場所でなら、蒸気の仕組みを使うことができる、

 ただ、そう、竜の中には例外の竜がいる。

 人は長い時間をかけて、竜を少しずつ知って来た。それで、竜払い、という存在も造り出した。けれど、まだ、竜について、わかっていないことがどれだけあるかをわかっていない。

 こうして、旅をし、各地の竜に接触することで、おれも少しずつ新しく竜を知っていった。誰も教えてくれないことを、知り続けている。

 と、甲板に立ち、海を眺めながら思っている時だった。

「ヨロ」

 声をかけられた。この船の船長だった。

 五十代くらいで、天井の平たい、丸い麦わら帽子を被っていた。顔中に生やした白い髭に、かすかに、黒い髭が残っている。

「船長」

 こちらも呼んで返す。

「どうかな、気分は」

 漠然としたことを問われ、おれは「あてのないことを考えるには、 適切な気分です」と、返した。

「そうですか、ヨロさん」

 そういって、船長はおれと同じ海を眺め、うなずく。

 ちなみに、おれの名は、ヨロ、ではなくヨルである。

「ヨロさんは、なぜ、あの大陸へ渡るのですか。あの大陸は―――手ごわい場所ですよ。竜の数が他所に比べて各段に多いのです。なぜか多い。危険ですよ」

 これから向かう大陸は竜の数が異様に多い。

 そのことは、事前に聞いていた。

「わたしたちも、仕事でなければあの大陸には近づきたくはない、恐いです。貿易だって、最近になって、わずかに成立するるようになりましたけど。しかし、少なくとも、わたしたは内陸部へまで手が入りません。竜が多過ぎる」

 淡々とそう語る。彼は落ち着いていた。

 おれは海を見ながら、考えないで答えていた。

「おれは、ここから、ひどく遠く離れた場所にいました。その場所から旅をはじめたんです。気づけば遠くまで来ていた。せっかくここまで来たので、この世界を、もうひと齧りしてやろうと、あの大陸も行ってみとうと思ったのんです」

 そう。

 そうだ、いま思えば、おれはこの世界の広さを確認するためにも、こうして旅をしているのかもしれない。

「なるほど、せっかく、ここまで来たからか」

 船長はそういって、うんうん、と、うなずいた。

「つまり、けち、なんだな」

 え、なに。

 君の評価だと、けちになるのかい、船長よ。

 なあ、船長よ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る