おしいつらららら
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
この首に賞金がかかっせているので、いろんな者たちから狙われている日々を過ごしている。
ゆえに、宿屋も毎日変えるようにしていた。ずっと同じ場所に留まるのは危険である。幸い、大きな港のあるこの町には、人の出入りも多いためか、宿屋も無数にある。毎日、宿を変えることは難しくなかった。
そして、今日も宿を変えた。宿屋の受付であてがわれたのは三階の部屋だった。
部屋番号を確認して、階段をのぼり、部屋へ向かう。
部屋へ到着する。
小さな暖炉のある部屋だった。寝台もあった。おれは暖炉の火をつけ、背負っていた剣を外しつつ、窓の外へ視線を向けた。
すると、軒先に氷柱が並んでいるのが見えた。
で、そのうち一本だけ、妙な形の氷柱があった。他の氷柱は先端の鋭い円錐型なのに、その一本だけ妙に、にょろっ、と、うねっている。
その形が、じつに、蛇、っぽい。
まるで蛇が尻尾の端で軒先へぶら下がっている感じだった。半透明の氷柱蛇の向こう側には、空と太陽の光が見えた。
この氷柱は自然と形成されたものだろうか、気づいて、やや得した気分になった。大げさいえば、世界の秘密を見つけたような気分である。
よしよし、と思いつつ、おれは部屋で一息つくことにした。これからの身の振る方を思案したり、手持ちの本で読書をしてみたりして過ごした。
その合間、合間に、窓の向こうを見た。氷柱の蛇を眺める。
やはり不思議なかたちの氷柱だ、目にする度にしみじみ思う。そうしているうちに、暖炉の熱で部屋が暖かくなってきた。
ふいに、窓の向こうで気配がした。見ると、氷柱の蛇からしずくが一滴、表面をすべって、下へ落ちてゆくのが見えた。
しまった、この部屋が暖かくなったせいで窓のそばにある、あの氷柱の蛇がとけはじめている。
蛇。
蛇の形をした、氷柱。
彼を失うのは、なんだか惜しい。めずらしいしい、保護した方がいいのではないか。
いや、保護ってなんだろう。
とりあえず、おれはすぐに暖炉の火を消した。
たちまち部屋は暗くなり、すぐに寒くなった。とうぜん、おれも暗く寒い思いをすることになる。けれど、暖炉に火を入れることで、彼を失うことを、おそれ、けっきょく、そのまま暗く寒い部屋で過ごすことにした。
そして、夜になった。暖炉はつかわず、毛布をかぶって眠る。
すると、真夜中に不穏な気配を感じた。窓の向こうからである。がさごそ、音も聞こえた。
もしかして、おれの首を狙っている賞金稼ぎだろうか。物音から推測するに、壁へ梯子でもかけて、この三階の部屋までのぼってきているのだろう。おれは寝台からおき、襲撃に備えた。
やがて、月明りを背景に外側から窓に人の手がかかるのが見えた。その手が強引に窓をあけようとした時、がたん、と窓が大きく揺れた。
その衝撃で氷柱の蛇―――彼は、ぶらさがっていた軒先から剥がれて落下した。襲撃者はその真下にいたらしい。「………え、なに?」と、戸惑いの声がしたかと思うと、今度は「え、な、なにか、あたまに刺さ………あぁあ、いててて! ってああああぁぁぁ………!」と聞こえ、悲鳴は下界へと遠ざかる。
きっと、落下した氷柱の蛇が、襲撃者の急所でも直撃したのだろう。襲撃者はその後、激痛に驚き、梯子から手を放した。
そうか、あの氷柱の蛇のおかげで、おれは襲われずに済んだのか。
けれど、彼は、もうそこにはいない。広い意味で、彼はおれのために犠牲になった。
彼。
いいや、蛇は両生類だから、彼なのか、彼女なのかはわからないけど。とにかく、あの窓の向こうには、いない。
その喪失感に包まれつつ、おれは暖炉に火を入れた。以後、暖かくして眠った。
そして、夜が明けた。
軒先には、また、蛇みたいな形の氷柱が出来ていた。
新規の彼を眺めながら、おれはつぶやく。
「じゃあ、いいか」
で、おれは、にょろっと部屋を出た。
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