きずきずき
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
ひどく、寒い日である。
町の中を流れる川にかかる、とある橋を渡っていた。
そして、橋の下の川も全面的凍るようなこの寒にもかかわらず、橋の向かい側から、ひどく薄着の女性が歩きて来た。
三十代くらいの女性である。背が高く、手足が長く見えた。後ろ髪を、馬のしっぽにまとめていた。
きつね目の女性だった。歩きの動き方で、すぐに只者ではないことがわかった。いや、それ以前に、町の人々が防寒着を纏って歩くこの時期に、手足の素肌が露出した服装をしているので、別の意味でもただ者ではないと分かった。女性がおれの横を通す過ぎる瞬間、きつめ目の奥があやしく光った、気がした。
直後、彼女は右足の蹴りを放つ、こちらの頭部を狙った。
おれは頭をさげて回避し、後退して間合いを取る。
奇襲だった。けれど、彼女がはじめから只者ではないだろう非防寒姿だったので、こちらもある種の警戒をしていたため、回避することができた。
もしも、彼女がまっとうな冬の装いだったら、避けられず、橋の下の凍った川へ落とされていたかもしれない。
おれが蹴りを避けると、彼女は、っ、と舌打ちをした。彼女は、きっと、おれの首を狙っている、賞金稼ぎだろう。
じつに鋭い蹴りだった。たしかに、防寒着姿だと、あの鋭くかつ、打点の高い蹴り難しい。彼女の服装の理由は、きっと戦闘力を重視したからだろう。
にしても、賞金稼ぎか。さあ、どうしよう。
彼女の蹴りの鋭さから察するに、かなり格闘術のたけているのは間違えない。
「ヨル」
と、彼女が言う。
おれの名前を知っていた。
「わたしはミズオン。わたしの父は、しくじった、お前をたおせなかった。だが、わたしはしくじらない」
父、誰だ。と、考えていると彼女はいった。
「父は、おまえに階段から、落とされた―――」
階段。なんか記憶があるよう、ないような。
と、こちらが記憶を探っていると、彼女がきつね目でおれを鋭く見据えた。
攻撃再開か。
その直後。
「うっ!」
とたん、彼女は、うめき、その場にしゃがみ込む。右膝を両手で押さえると、苦悶の表情を浮かべた。
「しまった、いま無理な蹴りで、古傷がっ!」
痛みの影響だろか、表情がゆがんだ。どうやらいまの動きで、古傷があるらしい右膝をやってしまったらしい。
で、おれは、なんとなく「古傷」と、つぶやいた。
「二年前の………古傷が………古傷が………」
彼女は悔しそうに言う。
「二年前………二年間のあとのき………三年前に悪化した古傷が………」
そういって、彼女自身の右膝をみつめる。
二年前に、三年前に悪化した古傷。
まてよ、ということは、その古傷の古さは。
えーっと。
「二年前………二年前のあとき、三年前に悪化した古傷がっ………その一年前の悪化した古傷が………そのとき別れた彼氏との思い出が………別れる二年前に稽古でやってしまった傷………こ、こんなときに! こんなときにいいいぃ!」
つまり、何年前の古傷だ。
あと、種類の違う傷が入ってなかったか、発言の中に。
そして、一方的にその情報を聞かされたおれは、どの立場で、どう振る前ばいいんだろうか。
彼女の方は右膝を両手で抱え、橋の上でしゃがみ込んでいる。
はたして、おれはいま人として何を試されているのかが見えてこない。特殊案件の最高峰だった。
いや、まあ、病院へ運ぶべきか。
「あの、病院に連れていきましょうか」
と、おれは訊ねた。
すると、彼女は、はっ、となり、顔をあげた。きつね目の向こうから、憂いある眸で見上げ、そしていった。
「あ、ちがったちがった、古傷は左足だった。右足の傷は、新傷だった」
と、いった。
おれは、そこでこう思った。
古い傷は、古傷。
新しい傷って、新傷って、言うんだ。
へー。
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