まよなかのけんのけん

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 おれは竜を追い払うことを生き方にしている、竜払いである。

 たとえば、竜が家の近くに現れ、恐い、と思った依頼者から依頼を受け、現場へ行き、竜を追い払う。そして、報酬を得る。

 竜を払う際、おれは竜払い用の特別な剣を使う。この剣は、対人戦闘用の剣ではないので、人への攻撃には使わない。それに、刃も無しにしてあるので、何も斬れない仕様である。

 人と戦うためではないけど、おれは常に剣を背負っているという状態だった。竜払い用の剣は希少なので、滅多に手元から離さないし、人に預けることもしない。

 で、ここのところ、おれはある考え事ばかりしていた。

 なにか、いい方法はないかと、考えに考えていた。ところが、まったく名案は思い浮かばない。朝、昼と考え、夜も考えていた。

 あげく、夜中まで考えている。

 そこで、ふと、宿泊している宿屋の部屋出て、夜を散歩しながら考えることにしてみた。夜風にあたって気分を変え、心の位置を調整しようと画策した。

 むろん、剣は背負って出る。

 真夜中の町へ乗り出した。

 静まった無人の町を歩く。歩き続けているうちに、港までやってきた。夜の海には何艘もの船が停泊している。

 港もまた静かだった。けれど、寄せては返す波音があり、町とは異なる静寂である。冷えた風に潮の香も濃く混じっている。

 誰もいない。

 そこで、ふと、剣の素振りでもすることにして、剣を鞘から抜いた。

 準備運動は排除した。現実で竜と遣り合う際、準備時間などない。

 構えて、振る。

 初回目から、良い振りだった。

 考えごとにひっぱられていない振りである。

 そのとき、ふと、港にある倉庫群の一角に、気配を感じた。

 竜ではない。

 なんだろう、と思い、おれは倉庫群の方へ向かった。すると、そこには黒い外套を羽織り、さらに顔に仮面をつけた数人の者たちが、大した明りも使わず、船から陸へ木箱を詰み下ろしているところだった。

 で、黒い外套の者たちは、おれの姿を見て、一斉に作業をとめた。

 あれ。

 これはもしかして、夜の港で、闇取引をしている感じの。

 やましい、品の取引の感じのやつか。

 いや、たしかに、夜の港では、あやしげな取引はありがちに思える。

 なるほど、そうか。

 そうきたか。そうきましたか。

 状況は察した。で、察したこの状況は、どう処理するのが正解だろうか。

「おい、奴は剣を持ってやがるぞ!」

 とたん、闇取引側のひとりが叫んだ。

「おい、敵襲だ!」

 次に、べつのひとりが叫ぶ。その叫びをかわりきに、その場にいた闇取引側の者たちが一斉に武器を手にする。

 おれの背負ったこの剣は竜払い用の剣である。けれど、はたから見れば、通常の剣にしかみえない。

 そして、こんな真夜中に、こんな場所に剣を背負ってやって来てしまった。誤解されてもしかたがない。ただ、この誤解は大きい。しかも、説明できる雰囲気は、ほぼ無である。

「なっ! おい! お前たち、そこでなにしてるんだ!」

 すると、今度は別の方向から叫びが起こる。見ると、港が雇った見回りの人間たちらしい。

「くっ、まずいぞ! ひきあげろっ!」

 と、闇取引側のひとりが指示する。その際、仮面の向こうから、憎々しげにおれを見る視線を感じた。

 そこでおれは「ふっ」と、意味深な笑みを浮かべた。意味はなかった。向こうが、なにか戸惑えばいいと思っただけである。それから、おれはすっと、闇の中へ吸い込まれるように後退した。

 あとは全速力で走る。竜払いとしての脚力をすべて投じて走り、現場から離脱した。

 翌日、町では、港での闇取引が、阻止されたことが報じられた。

 そうか。

 なにも剣で斬ってないけど、社会の闇を斬ったのか、おれは。

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