たちばなしなし

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 竜を払うために、とくべつな剣をつかっている。

 おれは可能な限り、ツクイという職人に、その剣の手入れ、あるいは新規作成を依頼した。

 ツクイの技術は確かだった、群を抜いている。竜と遣り合うことは、生命をかけることだった。そして、そのとき握る剣は、つねに、いい状態にしておく必要がある。命を預けるものは、微塵のゆだんすべきではない。

 そのツクイというのは、いまおれがいる場所から大海をひとつ越えた大陸に工房を構えていた。けれど、つい最近、おれはどうしてもツクイに剣の加工を依頼したくて、あいつをこの大陸へ呼んだ。ツクイはしぶしぶと長旅をこなし、この大陸までやって来てくれた。

 こちらに到着すると、ツクイは「で、剣はどこだ」と、いってすぐに剣の加工へとりかかった。それが終わると、すぐに「で、金だどこだ」と、いった。

 それが三週間ほども前である。

 そして、いまツクイは、この大陸にある、とある町の麺麭屋の軒先で、麺麭を指で、小さくちぎりつつ、口へ運んで食っている、無表情だった。

 まだ、この大陸にいるんだな、あいつ。

 無表情だし、味の無い麺麭でも食べているのか。あいかわらず、二十代にも四十代にも見える、年齢不詳な中世的な顔だった。

 ツクイとは三年くらいの付き合いになる。

 おれは、ツクイの性別をいまだに知らない。

 足を止め、麺麭をかじっている、やつの前へ向かった。

 至近距離で視線をまっすぐにぶつける。

「ツクイ」

「ヨル」

 名を呼ぶと、呼び返してくる。

 そんなやり取りを経て、おれは訊ねた。

「まだいたのか」

「きみが、ここへ呼んだんだ」といって、ツクイは麺麭を指で、ちぎり、口元まで近づけて「この大陸の麺麭がうまい」そういって、麺麭を口の中へ入れる。

「麺麭がうまくて、向こうに帰ってないのか」おれはそう問いかけ、けれど、質問は形式だったので、すぐに「そうか」と、続けた。

 いや、そういえば、以前も別件で剣の手入れを依頼するため、ツクイを遠い場所に呼び寄せた時、その土地からすぐには帰らなかった。長期滞在し、ぞんぶんに、観光して帰っていた。

 しかも、帰る際、現地で捕獲した猫を連れて帰ったぞ。

 おれは「こちらから呼び寄せておいて言うも若干狂っている気もするが、向こうを長く留守にして、あのねこは大丈夫なのか」と、訊いた。「あのとき、連れて帰ったねこは」

「あのねこは、向こうについて一瞬で、うちの近所に住む女の子にべったりと懐いた。懐けるだけ懐いて、いまでは完全にそっちの家族だ」

 淡々と話す。

「そうか」

「悲劇だ」

「ちがう気がする」おれは真っ向から否定した。「それは」

 他意はない。

 ツクイは「それに、加工したその、きみの剣がひどく気になる」視線を外してそう告げてくる。「奇妙な剣だ」

 奇妙な剣。

 と、呼ばれたその剣はいま、おれが背中へ背負っている。いろいろ事件があって、最終的に拾った剣だった。

「そう、見逃せない、奇妙な剣だ」

「ツクイ」

「ヨル」

「どういう意味だ」

「へんたいの剣ともいえる」

「わかった」

 おれは、なにもわかっていなかった。けれど、わかったと伝えた。

「きみ、いまわかってなのに、わかったことにして、会話を切り上げようとしたな」ツクイはそこを見抜いてくる。「雰囲気で切り抜けようとしたな」

「ツクイ」

「ヨル」

「世間話だ、これは。深追いするな。この世間話に高い考察能力を投じてはいけない。この会話は、そこの浅い会話だ、全力で潜ってもすぐ、海底の会話だ。そこには小さな蟹すらもいない、そんな浅瀬だ」

 そう告げると「わかった」と、ツクイはうなずき、そしていった、「で、麺麭が、うまいぞ、ヨル」

「世間話に戻してくれたか」おれは大きく深呼吸した。「世間話への戻し方が、ひどく下手だが」

「それでさいきん、世間はどうなんだ、ヨル」

「ツクイ」

「ヨル」

「世間は、竜払い不足だ」

「その話は聞いた」

「ヨル」

「ツクイ」

「こうして立ち話もなんだ」

 と、ツクイがいった。

「ああ」

 おれはうなずいた。

 そして、ツクイは「だから今日は、解散で」そう言い放つ。

「そうだな」

 ふたりで同時にうなずいた。そして、ツクイはその場にとどまり、麺麭を食べ、おれは立ち去った。

 ツクイとは気が合う。

 ただ、かくべつ会話は弾まない。

 

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