しおりのきふ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
よく晴れていた。
太陽はあつく、まぶしい。けれど、木陰に入れば、かなり涼しく過ごせた。
本を読んでいた、装丁の幅がやや、大きな本である。
一区切りまで読んで、本から視線を外す。
道沿いにある林の入り口付近の木陰へ腰をおろし、休んでいた。ほかに誰もいない、孤独のある場所だった。
ここに座り、所持していた麺麭を食べ、剣の素振りをし、そして、手に入れたばかりの本を読んでいた。
静かだった。ひさびさに、自身の心臓の音がきいた。
ここのところ、竜払いの依頼が多発していた。けれど、今日は、まだ竜を払う依頼を受けていない。竜払いとしては、無風の日である。
おれは、この土地の竜払いではない。いまは西へ向かう旅の途中だった。けれど、この土地では竜払いが不足しており、そのため、おれのような得体の知れない竜払いに対して、ひどく依頼が立て込んで来る。旅先の町へ立ち寄り、ひとたび竜払いとわかると、すぐに誰かが依頼される。
うちの庭や、家の屋根の上、あるいは学校に現れた竜を払って欲しい、など。竜はどこにでも現れた。
ひとは竜が近くにいると、それだけで不安で日常がたもてなくなる。ゆえに、竜は追い払うことになる。払うだけなら、倒すよりは、まだ、安く済む。
とはいえ、竜を払うのは命懸けだった。どんな報酬であれ、生命をもってゆかれては、けっきょく、高くつく。
なのに、おれは竜払いをやっている。
木に立てかけた鞘入りの剣を眺めながら想う、我ながら、奇妙な生き方だった。
ふいに風が吹いた。大きく息を吸い、一緒に吹いていた風も肺へ流し込む。
出発するか。
そう決めて本を閉じる。本の続きは、まただ。
で、気づく。
本に栞紐がついていない。
栞紐があってふさわしい、本の箇所に、ない。
そうか。
まあ、こういう本もある。動揺するほどのことでもない。とりあえず、なにか栞がわりに挟めるものはないか探す。
ひとまず、地面に落ちていた枯葉でも拾い、挟んでおこう。
そのとき、小さな気配がした。頭上だった。
殺気はない。
つぎの瞬間、木の上から毛だらけのものが落ちて来た。
猫だった。そして、猫は開いていた本の上に器用にも、四肢をついて着地した。黒白茶が、無尽蔵に混ざった柄である。
こちらへ後頭部を向けている。
そして、振り返りおれを見る。目が合った。
で、ふたたび猫は前を見て、そのまま本の上にとどまり、まず座り、やがてねそべる。限られた面積に、器用にまるまった。
猫を積載した本はぞんがいに重い。しかも、猫は本格睡眠へ以降するつもりか、ふうふうという寝息が聞こえはじめた。
これは、どう対処するのが正解なんだ。
まてよ、そういえば、本に挟む栞がなかったところである。
「…………」
おれは、そっと猫が乗ったままの本を、ゆっくり、ふわっと閉じてみた。けれど、ふにゃ、とした感覚があるだけで、本を閉じれるはずもない。栞がわりにするには、猫はあまりも、もっさりし過ぎていた。きっと、日頃から栄養のあるものを食べているにちがいない。
猫はというと、そのふわっとした刺激を受け、にゃすん、と少し鳴き、本の上から飛んで、地面に着地すると、あとは平然と歩いてどこかへ去って行った。
で、見ると、開いていた本の上は、猫の毛だらけである。
これは。
猫からの毛の寄付か。
そして、この猫の毛が栞がわりに。
しかも、無料。
とか。
考えるくらいしかない、これは。
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