りんごまつり

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 無事、りんごがたくさん収穫できたのを祝う祭りである。

 りんご祭りである、なかなかの人の多さだった、にぎわっている。

 今日は、りんご農園に現れた竜を払ったお礼に依頼主である町長から、いままさに町で開催されている、りんごの収穫を祝うりんご祭へ招待された。

 彼の案内で町へ行くと、すでにあちこちで、りんごを模した飾りされていた。主会場となる広場では、収穫したりんごを料理したものをるまっている。そして味には問題がないが、見栄えがよろしくない、りんごについては安価で販売していた。

 会場には収穫したりんごをおさめる木箱によってつくられた舞台がつくられていた。音楽隊が演奏している。

 町長は「町長として毎年、この祭りをかくじつに盛り上げなくてはいけませんので、まあ、たいへんで、たいへんで」といった。「おっと、では、わたしは別件がありますにで、これにて」

 と、告げ、去って行った。

 祭りには、りんごを擬人化したきぐるみもいた。りんごの形に手足が生え、笑顔で固定がこされたつくりである。しかも、その中身は町長だった。さっき、物陰で町長が自らきぐるみへ入るのを目撃してしまった。きぐるみが現れると、子どもたちは一斉に襲撃にかかった。頭頂部についていた、りんごの葉っぱをした飾りは、そくざにむしりとられた。

 なるほど、町長も楽ではない。

 いっぽうで、りんごで出来た酒も飲んでいる者がいる。顔が、りんごのように赤いひとがいるし、顔が、青りんごのような色になっているひともいる。

 それが、りんご祭りである。

 おれも、りんご焼き菓子を食べた。焼きたてで、あつく、すっぱい。

 で、もぐもぐと、食べながら祭りを体験していると、やがて舞台で何かが始まった。

 舞台のそでから弓矢を持った青年と、赤いりんごを手にした青年が現れた。ふたりは顔が似ている、兄弟だろうか。

 にしても、弓矢とりんごか。

 もしかして、頭に乗せたりんごを弓で射抜く、そういう芸を披露するつもりなのか。

 予想通りだった、やがて、りんごを持った青年が舞台の端に立って頭の上へりんごを乗せた。笑顔である。つぎに、弓矢を持った青年が反対側の舞台の端まで行き、弓矢を構えた。舞台の端と、端までは、馬三頭分はある。

 ふたりの登場には、歓声こそ薄かったが、状況がそろうと人々は静まり、固唾をのんだ。

 ぎりぎりと、弓矢がしなってゆく。

「ねえ、とうさん」すると、客席からそれを見ていた五歳くらいの男の子が隣にいた父親らしき男性へいった。「あの、りんごを、やで、やつけるの?」

「ん、おおう、そうだよ」父親が答えた。「そうだよ、あの矢で、りんごを射抜くんだよ、すごいね」

 父親は我が子の気分を高めようとそう返す。

「わー」

 と、男の子は声をあげた。

「ねえ、でも、とうさん」

「なんだい」

「りんごをつくるひとは、すごくないの?」

「…………っえ」

 父親は動きをとめ、我が子を見る。

 周囲に人々も反応して、発言した男の子の方を見る。

「だってさ、あのりんごはさ、とうさんがね、あめとかのときも、がんばってね、はたらいて、つくったりんごでしょ? りんごをつくるのことだって、すごいよ」

 きらきらとした眼差しで言う。

 会場の注目は舞台にではなく、ますます親子へ集まってゆく。

 むろん、その間も、ひかれた弓がぎりぎりと音を鳴らしている。りんごを頭に乗せた青年も、そのままである。笑顔である。

 そして、男の子はいった。

「とうさんが、いのちがけでつくったりんごを、あんな、やでうつのは、かわいそうだよぁ、とうさんも、りんごも」

 やがて、無表情だった弓使いの頬が、ひく、とふるえた。

 瞬間、手から矢は離れた。矢は的となる青年の頭上のりんごをから、大きく外れた。舞台の外へ向い、そして、りんごのきぐるみの笑顔の眉間部分へ突き刺ささる。

 ああ、深い。

 きぐるみが、ばたん、と前へ倒れた。

 りんごのきぐるみの中には、たしか町長が入っていたはずだった。

 周囲の人々が爆ぜるように騒いだ。「ちょ、ちょうちょうぉぉ!」と慌てて、きぐるみへ駆け寄り、身を起こして、中をあけた。

 けれど、中は空だった。何も入っていない、闇のように暗い。

 そこへ、ばばーん、と、音楽が鳴る。

 みんなが一斉に顔を向けると、舞台上に、無表情の町長が両手を広げ立っていた。

 そして、おれは思う。

 なんだ、この祭り。

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