あらしになる

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 港にある、係留柱のそばへ、じつに雰囲気のある老人が立っている。

 いかなる雰囲気かというと、顔に潤沢かつ、放埓な白髭をはやし、顔中の縦横に深いしわがあり、口には煙管を咥えて、古びた厚みのある外套に身を包みつつ、そして、頭部に船長的な帽子を被っている。

 彼は多くの船が停泊する船着き場の一角に、孤島のように、そこへ立っていた。

 真昼の海を眺めている。海上の空には数羽のかめもが、風をとらえ、飛んでいた。

 おれは、たまたまそこを通りかかった。昼食をとるため、港の近くにある屋台街まで行く途中だった。屋台街は、主に、港で働く人々向けに商いをしている屋台が立ち並んでいる場所である。そこなら、焼き魚が安価で食べられる。

 で、おれが背後を通り過ぎる際、老人はいった。

「嵐が来る」

 と。

 外貌の雰囲気に比例して、重低音のかすれ気味の声で言った。

 おれは立ち止まりこそしなかったものの、彼を見て、そして海を見た。

 冬が来て、凍るような冷たさの海である。けれど、波はおだやかだった。天気も崩れる気配はない。

 とても嵐が来るようには思えない。いっぽう、老人の口調には、一種、奇妙な存在感があった。

 個人的な勝手な印象だけど、老人には、かつて、海に濃く生きた者の様相を感じる。もしかすると、彼には空を見ただけで、常人では察知できない、嵐の到来、その気配を知ることが可能なのではと思えた。

 おれは、老人の存在、発言に気にはなりつつも、屋台街へ向かった。屋台で焼き魚を食べるために。

 やがて、夜を迎え。

 翌日の朝を迎える。

 外は快晴だった。嵐は来ていない。

 で、今日も昼食をとるため、屋台街へ向かった。あの老人は同じ場所に同じ雰囲気で立っていた。

 おれが背後を通り過ぎると、彼は言い放った。

「嵐が来る」

 と。

「嵐が来る、今日は来る」

 そう言い放つ。

 夜になる。朝になる。

 けっか、嵐は来なかった。一日中。

 さらに翌日も、おれは老人のそばを通り過ぎた。どことなく、彼がおれを意識している気配があった。

「あの、今日こそ来るから、嵐、来るから………」

 と、いった。

 やや、必死さが追加されていた。

 で、今日もこなかった、嵐は。むしろ、この三日目で、最高の快晴だった。

 三日連続で外れたぞ、どうしよう。

 いや、おれがどうしょうと思う必要はまったくもない。

 おれは、悪くない。

 おれは、悪くない。

 二回、心の中で唱えて、四日目の今日も昼食をとるために、屋台街へ向かった。だって、あそこで食べる焼き魚が、うまいから仕方がない。

 そして、今日も途中に老人はいた。もはや、海を見ていない、完全におれを見て、それから、海へ顔を向けていった。

「嵐よぉおおお、来いいいいいいい!」

 予測じゃなくって、呪い的な願望を発症した。

 しまった、なんか、おれの焼き魚への欲求のせいで、彼の心が嵐のように。

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