ゆめにさめる

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 裏庭に出現した竜を払って欲しいという依頼を受けた。しかし、向かってみると、それは罠だった。

 なにも知らず、依頼人の家へ向かう。家は、町は外れの平地にあった。そして、出迎えたは、二十歳前後と、二十代後半と兄弟たちだった。

 兄の方は全身鎧を身に着けて待っていた。顔まで金属で覆っている。

 弟の方はこのあたりの地方の日常的な装いだった。

「お待ちしておりました竜払い殿」と、顔を覆う鉄の隙間から兄の方がいった。さらに「もう、お待ちしておりましたのなんの」と、続ける。

 少し、間をあけてから「そうですか」とだけ答えておいた。

 弟の方は鎧を着ていない。けれど、妙にきらきらした目をしていた。その目を兄の方へ向けている。

 なにかある。

 けれど、事情を聞くのはあえてさけ、問いかけた。「それで、竜は」

「家のすぐ後ろです」と、兄の方が言った。

 こちらは「では、さっそく」と、応じる。

「お待ちください」

「いえ、けっこうです」

 抑止を拒否し、家の後ろへ回る。すると、鎧の兄も、がしゃがしゃと音を立てながらつい来る。弟の方も来た。

 そこで、主語をうえで「あの、けっこうですから」とだけ告げた。

 だが、ふたりは聞かない。兄の方は、そのまま、がしゃがしゃ音を立てながらついて来る。どこかで見たことあるような鎧だったが、いずれにしても、粗悪品ようだった。

 ついてこられると、ちょっと。という視線を向けたが、兄弟たちには通じなかった。しかたなく、そのまま家の裏へ回る。

 家は森を背にするように建てられていた。畑のある裏庭に一本の森のはぐれもののような木が一本だけ生え、その葉の傘の影に、兄弟たちの家より、一回り小さい灰色の竜がそこに、白鳥のように、首を胴へ添えて寝そべっていた。

 目をつぶっているが、本当に眠って夢のなかにいるかは、かぎりなくあやしい。

「あの竜か」

 目で見て確認し終える。そして、払にかかる。

 その時だった。がしゃん、と、兄の方がひときわ鎧を鳴らした。

「お待ちください、竜払い殿」

「いえ、だいじょうぶです」

 待てと言われて、だいじょうぶ、と返すのは、返しとしては狂っているが、ここはかまわずそう返した。

 けれど、鎧の兄は怯まない。がしゃん、と音を立てて、一歩前へ出た。

「なぜ、わたしが鎧を着ているのか、ついにお話する時が来たようです」

「いえ、うち、そういうのやっていないので」

「わたしには夢があります!」鎧の兄が高らかにいった。すると、竜が少し、ぴくっとなった。彼の声は癪にさわるらしい。

 不用意な刺激をしないでほしくてたまらない。

「竜払い殿、あなたを呼んだのは、わたしの夢を、いいや、わたしたち兄弟の夢をかなえるために、竜を払ってもらうためなのです! そう! いま、今日、ここで!」

「あなたの放つ話の文法がおかしいせいか、頭に何もはいってこないのですが」

 正直に伝えたが、彼には通じない。がしゃがしゃと音を立てながら、手ぶりをして言い放つ。「わたしたちには夢があるのです!」

「きっと、あなたたちの夢は、おれにとっての悪夢なんでしょうね」

 決めつけて返す。それでも、鎧の兄はくじけない。弟の方は、きらきたした目で兄を見続けている。

「わたしの夢は空を飛ぶことなんです!」

「それより、先に現代を生きる上で重要である、まともな精神が先どこかへ飛んでいるという疑いを、自身にかけたことはないのですか」

「竜払い殿! ここからです! 竜払い殿!」

 鎧が近づいてくる。そこで「いま、一瞬、叩き切りかけました」と伝えておいた。

 けれど、なお怯むことがない。狂気が完成している感じがある。

「人は飛べない、だって、人には翼がありあません!」鎧の兄が叫んだ。「ところが、竜には巨大な翼があり、彼らはこの大空を飛べるのです!」

「にいちゃん!」と、ようやく弟がしゃべった。「いけてる、ぜ」だが、言ったのはそれだった。

 狂気のほう助である。

「竜払い殿、これからわたしはあの竜の背中へ飛び乗ります。そしたら、すかさず、竜を払っていただけませんでしょうか。そうすれば、あの竜は逃げるため、空へ飛び、そして、そして、わたしも一緒へ空へ舞えるのです!」

「こまったな」

 その一言しか出せない。

 すると、鎧の兄はこちらの反応は微塵も待たず動き出す。弟はというと、どこから梯子を持ち出してきたかと思うと、竜のそばに立つ木へ立てかけた。それから「にいちゃん!」と、呼ぶ。完全に自滅の手伝いである。そこへ鎧の兄は、がしゃん、がしゃん、と足早へ梯子向かい、梯子を掴んでのぼりだす。

 そして、梯子の一番上まで来ると、すぐに竜の背中へ飛び乗った。

 が、竜の背中へうまく着地できず、ぼぼん、と背中で跳ねて、そのまま竜の眼前の地面へ落ちた。

 背中に衝撃を受けた竜は、とたん、瞼をあけ、それから、固そうなしっぽを振って、鎧の兄を吹き飛ばした。打ち優れていたのか、鎧の兄はきれいに飛んだ。

 彼は竜に乗って空は呼べなかった。

 けれど、竜によって、低空を飛んだ。地面すれすれで。

 けちな飛行である。

 そこでおれは感想を述べた。

「きほん、不愉快だな」

 いっぽう、竜は嫌気がさしたのか、飛んでいってしまう。

 なにもせず、依頼完了だった。けれど報酬はもらう。

 いわば夢の不労所得である。

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