このざいりょうで

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 依頼を受けて、現場へ向かうため、真昼の森の中の道を行く。地面には真新しい轍の跡もあり、人の行き来のある道らしいが、偶然なのか誰も合わないまま森のなかの道を進んでいた。

 山鳩の鳴き声がきこえる。豊かに生える木々の葉はささやかにかさなり合い、天井のように、頭上をふさいでいるが、葉と葉のあいまから、ほどよく差し込む太陽の光が、森を歩く者の身体を過度に冷やすこともない。

 過ごしやすい森だった。

 そう思った矢先だった。

 道の真ん中に、何かが落ちていることに気づく。

 立ち止まり、見下ろす。毛糸で編まれた、赤と黄が交互に混じった帽子だった。

 周囲をうかがうと、人の気配はない。手にして、土を払う、あまり汚れていない。帽子は落としたばかりなのだろう。帽子の最短には、丸い、毛糸の玉がついていた。

 世に浮かれた人がかぶる感じの帽子である。

 今一度、周囲の様子をうかがう。やはり、誰もいない。

 ここを通った人が落としたのだろう。けれど、ここに来るまで、誰ともすれ違わなかったし、あまり汚れていない。もしかすると、落とし主は少し先ぐらいを歩いているのかもしれない。

 その可能性を考慮して、帽子を拾っておいた。もしかすると、落とし主に追いつける可能性があるかもしれない。

 帽子を手にしながら、徒歩を再開させる。

 ところが、もうしばらく進むと、また、地面になにかが落ちている。

 靴だった。

 靴がかたっぽいだけ落ちている。

 そばに立って、しゃがんでみる。靴は汚れていなかった。落ちてまだ間もないらしい。

 これも落としたのか、しかも、片一方だけ。

 地面の様子を目視すると、轍があるだけだった。馬車に乗っていて、靴を片一方だけ落としたか。靴の大きさからして、大人の靴のようだった。

 しかたがなく、これも拾っておく。帽子と靴を手にして森を進む。

 すると、さらなる落下物と遭遇した。硝子瓶だった。

 落ちた衝撃で割れたのか、中身の液体が地面に流れている。蟻がたかっていた。水を焦がしたような色と、香りから、はつみつとわかった。

 これはさすがに拾うわけにはいかない。けれど、瓶のあたりをよくよく見ると、何か、獣の体毛のようなものが落ちているのに気づいた。堅そうな、茶色の毛だった。

 数々の不自然な落下物、はちみち、謎の茶色い毛。

 この材料から、考える。

「つまり、熊的な」

 思わず自身で口走ってしまう。

 けれど、痕跡をからして、ここを進んでいた者が襲われた感じはない。

 逃げ切ったか。

 にしても、とふたたび考える。これまで竜とは何度もやりあった。けれど、熊とやりあった実績はない。

 一度、息を吸って吐き「いや」と、その説を打ち消す。「ちがうちがう」

 なにしろ、森をひとりで歩いている。現実から目をそらして正気を保つしかない場合もある。

 そして、さらに口走っていた。

「なんだか、走りたい気分だ」

 誰がいるわけでないのに、そう宣言していた。それから、軽く駆け出す。

 やがて、その速度をあげた。竜払いとしての身体能力を、ぞんぶんに竜払い以外につかう。

 全力疾走の完成である。

 すると、前方に、さらなる落下物を目にした。

 大玉だった。森のまんなかに、大人がひとかかえしなければ持てないような、赤と白の線が交互に入った、大玉が落ちていた。

 さながら、芸を仕込まれた熊が、玉乗りするには、最適そうな大玉だった。

 それは道の真ん中にあり、当然目にする。

 けれど、走って遠すぎた。

「いまのは、大きめ毒きのこにちがいない」

 そのまま全力で通り過ぎる。そして、果たしていま目にしたのは、本当にそうだったか、きのこだったのか。そこは決して振り返って確認などしない。現実を直視しないで、正気の瓦解をふせぐ方法をえらぶ。

 やがて、森の終わりの光が見えてきた。そのまま光へ飛び込むように、突っ切る。

 森を出た先には、牧歌的な農園が広がっていた。

 すると、森の出口に木造屋根付きの馬車があった。赤と白を塗られた毒々しい外装で、移動、販売をしている馬車らしい。

 移動はちみつ専門店らしい、店名は『玉乗り熊印のはちみつ屋』と書かれている。

 馬車の天井には、熊の偶像が設置してあり、そして、何かが壊れた感じがある。

 まるで、森の木に天井がぶつかって、飾りの大玉が落ちてしまったかのような、破壊後にみえなくもない。

 店員らしき、男性は背中を見せ、作業をしていた。髪は、何かをかぶった後のように、ぺったりしており、靴は片方、別の種類の靴を履いている。馬車のそばには、茶色い小型犬がいた。小さな舌をたらし、じつにかわいらしい。

 これまでの落下物。

 あの材料で、この未来を当てるのは困難である。

 こんかもの、あたるか。

 乱れた呼吸を整えながら、その場に立ち尽くしていると、店員の男性がふりかえった。その拍子に、持っていた瓶を落とし、割る。

 おっちょこちょい、らしい。

 彼はしっぱいを、気にせず、笑顔でこちらへいった。

「あ、いらっしゃーい」

「おのれ、ひきょうな森め」

 それを聞かされた彼が、ふしぎそうな表情するのは、もっともだった。

 そして、振り返った店員の男性は、熊みたいな顔をしていた。

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