まいる

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 共同墓所に竜が出現したという。このままでは、お墓へ参りづらい。

 依頼を受けて、現場へ向かった。緑地帯にある、かなり広い共同墓所で、無数にある墓石には、まだ、あたらしい花が飾れているものもある。晴天もと、墓所内の道にそって進んでゆくと、竜の姿が見えて来た。おとながふたりほど、縦に並べたくらいの大きさだった。

 竜はまるで墓石を抱えるようなかたちで鎮座している。さっそく竜を払うべく、竜へ接近する。あたりにある墓石たちも、さほど高さがないので、竜からも、こちらの姿がまるわかりだった。

 これは竜と正面衝突での払いになる。墓石も壊さないようにしなければいけないし、やっかいな案件だった。

 けれど、そのとき、誰かが駆け寄って来た。見ると、二十歳ぐらいの女性だった。なんだろう、麦で出来たような、麦色の服を着ている。それは、どこで買うのだろうか。

「あの、もし」

 ささやくような声だった。見返しながら「はい」と、反応した。

「あの竜を払うのですよね、あなかは、竜を払い、なんですよね」

「竜を払い、ではなく、竜払いですが」

「いま、あの竜が抱えるようにしているお墓は、私の祖父のお墓なんです」訂正を聞いている様子もなく、彼女は続けた。「それであの」

 墓を壊されることが心配なのか。それは、もっともだった。

「どうか竜を払わないでいただけませんでしょうか」

「それは、お墓が壊れるのを、心配なさっているのですね」

「いいえ」

 彼女は顔を左右に振った。ちょっと麦の香りもする。やはり、その服は麦で出来ているのか。

「ほら、見てください。あの、竜の姿」

 竜は墓石のすぐ後ろに鎮座している。それが何かと、視線で問い返す。

「竜があそこにいることで、まるで、祖父の墓石が、すごく、豪華な感じのお墓っぽいくなっていませんか」

 顔を近づけ、それをうったえかけてきた。そして、ちかづけた顔で、目をのぞきこんでくる。とりあえず、いまいちど、竜のそばにいる墓石を見て、それから彼女の方を見返し「そうですか」と、返しておいた。

 けれど、彼女は盛り上がる。「いま竜と、祖父の墓跡が合体して、ああ、誰のお墓よりも、豪胆な感じのお墓になっています。ですので、この状態を保つため、どうか竜を払わないでいただけますか」

 そう言われてが、無視の意味で無表情のまま、こっちは沈黙を保つ。

 でも、彼女の方は、それをどう受け取ったのか。遠い目をして「今日は、祖父の命日であり、そして、誕生日なのです」と語りだす。

 おれは「長引くと嫌だな」と、本音を言ってしまう。

「今日は、祖父の命日にして、誕生日」と、彼女は言い直し「つまり、原点にして、頂点、みたいなものなのです」くるっ、と顔を向けてくる。

 とりあえず「原点にして頂点ではないでしょうね」と、真向から否定しておく。

「じつは、今日はわたしの誕生日でもあります」

「小出しの、いらない情報提供とかは不要ですよ」

「でも、どうしても、あの竜を払うというなら、わたしを倒してから払ってださい」

「いや、最終的に、今日があなたの命日になる確率をあげてきましたね」

「そう、原点にして頂点」

 彼女は、憂いのある表情で言う。どういう感情の流れで、その憂いを持ち個でこれたのかはまったくわからなかったし、わかる気もない。

「なら、竜払いさん」と、彼女が急に迫ってきた。「せめて、はんぶん、はんぶんだけ、竜を払うとか、できませんでしょうか」

「理解しようという気が一切起こらない提案なので、引っ込めていただけませんか、その提案、永遠に銀河の彼方とかに」

「竜がいることで、祖父のお墓が、立派にみえるんです、生前は、ぜんぜん、立派じゃなかったのです」

「たわごと、って辞書で引いたら、あなたのいま放ってる発言は、原文のまま出て来るでしょうね」

 そのとき、竜が動いた。首を曲げて、身体全体を地面へ横たえる。その際、彼女の祖父の墓は巨大な竜の身体に下敷きになって、あとかたもなく粉々に粉砕された。

 その光景に、彼女は沈黙していた。もしかて、おかしな欲望を発揮して、竜払いに声をかけなければ、お墓は壊れなかったのではないか、と考えているような、いないような様子だった。

 そこへおれは「お墓、粉々ですね」といった。「土にかえりましたね、お墓」

 彼女が見返してくる。数秒ほど見返して、頭をさげておく。

 やがて、彼女は「原点にして、頂点」そういった後で「頂点から、ほぼ原材料になる、祖父」と言い出す。

 その発言に対する感想は、むずかしいので、わずかに間をあけてから「そうですか」とだけ、述べておいた。

 竜はというと、水鳥のように、曲げた首を胴へ添えて、眠り始めていた。

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