いまここにつかう(2/6)

 一度、カランカと店の外へ出ると、人のいない路地へ入った。

 月明かりも届かない路地で、カランカは手早く、端的に、けれど、正確さを重んじて、それをおれへ話した。

 その内容は早急な対処が必要な案件だった。かかわる者が生命をかけしかない内容でもある。

 ひとしきり話し終えた後、彼女は「いまにも動かないと、朝には手遅れに」といった。

 おれは、うかつな反応をひかえ、黙っていた。早急に対応は必要だった。けれど、いっぽうで、カランカから聞かされたのは、かなり奇抜な話でもあった。

「ヨル」と、カランカが名を呼んで来た。「わたしが最も信頼している竜払いは、あなたです」

 彼女は正面から、それを言いきってみせた。カランカは、あらゆる可能性を考えて、安易な発言をしないひとだった。それが、断言して伝えてくる。そして、これにとって、信じるべき話だと完全に理解する。

 語られてこそいないが、彼女のこの行動と言動から、竜払い協会のなかには、彼女が信じる値しない竜払いがいることもなんとなく察知できた。歴史のあるこの大陸の竜払い協会とて、一枚岩ではないとは知っていた。むしろ、歴史があるからこそかもしれない。

 カランカは話を続けた。「たとえ、この内容を早急に、正式に、協会への上部へ報告したとして、協会として本当に動くべきか情報の精査をしている間に、朝に。もしかすると回答を出すまえに、数日かかるかも。そのころにはもう」

 若くして協会でもある程度の地位にいるとはいえ、彼女が直接動かせる竜払いは限られている。そのなかのひとりは、おれだった。

 だから、彼女はいま、こうしておれのもとへ直接訪ねて来ている。

 けれど、彼女の頼みは、とんでもない内容だった。少しでも彼女が話し方をしくじったり、おれがどこかを聞き損じてしまったら、ただ滑稽な空想話になりかねない内容だった。

 けれど、彼女は説明の言葉選びも、きわめて、難易度の高い位置を維持した。おそらく、神経を擦り減すほどに、難しかったに違いない。

 おかげで内容はわかった。けれど、はっきりいって、彼女の話は最悪の話だった。

 大きき息をつく。

「つまり、そいつを仕留めればいいですね」

 おれが確認すると、カランカは「はい」と、いってうなずいた。

「人を倒すのか」

 余裕がなく、しんどさを隠せず、そのままを口にしてしまう。

 カランカは「ヨル」と、名を呼んで来た。けれど、ただ、名前を呼んだだけで、続きの言葉はない。

 わずかに静寂の間があった。

 おれは竜払いだ。竜と遣り合う。持っている剣も竜を払うためだけの剣でしかない。人間と戦うことは専門外だった。

 けれど、それを求められている。この夜の間に。

 カランカは何か言いたげだった。何がいいたいのかは、わかっていた。察することはかんたんだった。

 とはいえ、時間はない。

「わかりました、引き受けます」

 明確に答え、大きく息を吸う。夜で冷えた酸素で肺を膨らまし、静かに吐き出す。

 すると、カランカは「あっ」と声を漏らした。「そう、ルビトくんたちにも動いてもらっています」

 ルビト。その名を聞いて、その顔を思い出す。新人の竜払いだった。歳は十六とかだ。遠くからだとひよこに見える黄色に近い髪の色をしていて、どうやら特殊な家系らしき、対人戦闘には優れている。

 どう特殊な家系なのかまでは、聞いていない。

「彼はまだ新人です。この件には巻き込みたくなったのですが、しかたりませんでした、このことをわたしに教えてくれたのが、彼らだったんです。動かないでと伝えましたけど、あの子たちは意志が強くて」

 あの子たち。

 そういえば、ルビトは新人ということもあって、同世代の仲間たちと組んで竜払いをやっていた。

「いまルビトは」

「情報を集めて欲しいとお願いしました。でも、もしかするとあの子はきっと、直接止めに動いてるのかもしてません、融通が利かない部分がある子ですから。それに、わたしが彼に言えたのは、あくまでわたしの個人的なお願いであって、協会からの正式な通達ではなかったので」

「そうですか」

「ごめんなさい」

 カランカは小さくそういった。

 あえて、きこえていないようなふりをして「いますぐ出発します」と、告げた。

「あの、わたしが乗って来た馬車があります。早い馬です、途中までそれで行きましょう」

「はい」

 馬車なら、現場まで体力を温存できる。ありがたかった。

「けれど」と、おれは彼女に伝えた。「そのまえに、少しだけ時間を」

 告げておれはカランカへ頭をさげ、路地から抜け出した。そして、店のなかへ戻る。

 店内の客は、まだ、トーマシンひとりだった。食事は終えたらしく、目の前の皿は空になっている。彼女は、頬杖をつき、水の入った容器の水滴を、指でつついていた。

 おれは厨房へ続く扉を見た。すると、扉が開く。

「ロウガン」

 店の手伝いをしている彼の名を呼ぶ。

 彼は、切れ長の目におさめた青い眼でおれを見た。どうやら、トーマシンの席から空の皿をさげようとしていたらしい。

 ロウガンは立ち止まった。

「はじめてだ」と、彼はいった。「友よ、あなたがまともに俺の名を呼んだのは」

 あいかわらず、抜き身みたいな存在感のまま、そう教えてくる。

 いっぽうで、トーマシンがこちらのやりとりをじっと見ていた。

「感動している」

 ロウガンは、ぬるりとそういってきた。

 よくわらなかったので、気にせず残りを伝えた。「今夜、死ぬかもしれないが手貸してくれ、力をおれにくれ」

 言った後で、ひどい頼み言葉だと、焦った。けっきょく、おれも動揺しているらしい。けれど、嘘をつきたくはなかった。死ぬかのしれないのは、本当だった。

「わかった、やろう」

 ロウガンの反応は早かった。

 けれど、つい「いいのか」と、頼んでおきながら、こちらからそう確認してしまった。

「助けを求める者に手を貸すのは大好きだ」

 宣言というべきか、趣向の発表というべきか、そう返してくる。

 許諾を得た。ただ、ひどい心苦しさに包まれていた。おれの手でこの件に、完全に無関係な彼を巻き込んでいる。けれど、おれたちはいま追い詰められているし、強い協力者を集めている時間がない。正直、ひとりでも多く協力者がほしい。協力者の数は多ければ多いほどいいが、竜払い協会からは望めない。

 だから、ただ、こうして偶然に出会った彼に頼んだ。無力に抗い意地を張って、すべてが手遅れになることなど、あってはならないとして。

 おれは彼へ「一緒に来てくれ、このかりは必ず返す」と伝えた。

 けれど、ロウガンは取引をせず「して、なにをする」と、話をうながした。

「くわしい話は馬車で走り話す」

「待て。十秒くれ、ここに店主に話をつけてくる、礼儀だ」

 いって、ロウガンは厨房へ戻る。そして、三秒で戻って来た。

 格好もいつもの用心棒めいた服装に戻っているし、手には鞘におさまった剣を持っている。

「行こう、友よ」そばに立って、ロウガンがいった。

「ねえ、その話に勇者出てくるの」

 ふと、見ると、いつの間にか真横にトーマシンがいた。

 まったく接近の気配を感じなかった。

「勇者」と、彼女いった。「いま話しているそれに、勇者的なの出てくるの感じかい」

 トーマシンは重ねてそれを訊ねてくる。

 勇者的なの出てくるの感じ、とはいったい。問われている質問の塩梅が不明だった。

 いったい、なにを聞いているのかがわからず、おれは黙ってしまった。

「あのさ」と、いってトーマシンはおれを見みる。「もし、そこに勇者とか登場するなら、わたし、ついてく」

 やんわりと、その一方的な決定事項を伝えてきた。

「なぜだ」

 ロウガンが問う。

「勇者なら、倒さねば」

 トーマシンはそう答えた。

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