いまここにつかう(3/6)

 夜の町を二頭の黒い馬が引く四輪馬車で駆け抜ける。

 この夜の静けさを、破壊して進む。

 手綱はカランカの知り合いらしき白髪の御者が握っていた。彼女いわく、腕はたしかで、信用も出来る人だという。

 カランカが用意した馬車は荷運びではなく、屋根と扉つきであり、質素な黒い塗りの馬車だった。客室は大人が四人ほど座ることができた。車輪も頑丈に出来て、速度を出しても壊れそうにない。

 おれとロウガンが前の席へ、向かいの席にカランカとトーマシンがおさまる。馬車のなかには、小さな光源のあかりが、ひとつだけ吊るしてあった。

 速度を出している成果、石畳では馬車はひどく揺れた。光源も揺れた。

 カランカは、おれがふたりを連れてきたとき、なにもいわなかった。おれの方かから「ふたりの助けは必要だ」といった。

 おれたちを乗せた馬車は進み続け、やがて、町が終わった。

「で、なにあるの」

 と、トーマシンが問いかけた。

 カランカは相変わらず眼鏡に光をともし目は見せないまま「話してないんですか」と、おれと訊ねた。

「話していません」正直に伝えた。「時間がなかったので、とりあえず手持ちの人間関係だけで済ませた感じです」

 すると、トーマシンがカランカを見て、は、っとした後で「っげ、まさか、この女のひとってもしかして奥さんなの」と、聞いて来た、

「ちがう、ただの同僚だ」

「同僚」と、カランカがつぶやく。「ただの同僚」

 そこへロウガンが「不安だ。馬車に酔うかもしれない」と、流れに関係ない発言を注ぎ込んでくる。

 すると、トーマシンがロウガンを指さし「ねえ、だいたい、この荒くれ印書起点の用心棒みたい人も、あなたの友だちなの」と問いかけてくる。

「そうだ、手持ちの人間関係だ」

 おれが答えると、ロウガンが続けた。「俺は彼を友だと思っている。しかし、彼が俺のことを友だと思っていなかったとしても、それはしかたがないと思っている」

 トーマシンは「そういう魅力無しの情報とかはいいや」と、きっぱり拒絶する。「いらない」

「ヨル」と、今度はカランカが前に出た。「こちらの女性の方とは、どういう、その感じの、その、接触を」

「俺はロウガンだ」と、なぜか、彼が名乗る。

 けれど、カランカは屈せず「ヨル、こちらの女性の方は、どういう」と、ロウガンの名乗りを無かったことにする勢いで聞いて来た。

 すかさず「わたしはトーマシンです、よろしくお願いします」と名乗る。そして「勇者を探して、勇者と戦ってます」と、雑にそれを説明した。それだけでは絶対に、相手もわからないだろうに、気にもせず。

「カランカ」と、おれは彼女を呼んだ。「彼女はトーマシンだ。トーマシン、彼女はカランカだ」

 トーマシンはうなずき、いった。「カランカさんね、知ってる。最近、ただの同僚の人だって耳にした」

「俺はロウガンだ」

 と、彼がふたたび名乗った。とたん、カランカが「そういえばあなた、見たことあります。まえにヨルと試合して、ヨルに怪我を負わせてましたよね」と指摘した。

「え、なに、そういう関係なの」トーマシンが口をはさむ。「あなたたち」

 ロウガンが「あの試合は俺の負けだった」といった。

「なるほど、敗北者め」

 トーマシンの言い方には問題があった。けれど、ロウガンは気にしない。「ああ、俺は敗北者だ」と、うなずいた。

 いたたまれない会話が展開され、たまらずおれは「自己紹介はそのここまでにしよう」と、告げる。とたん、三人がおれを見た。そこへかまわず「いや、記憶に残る、いい自己紹介の会だったと思う」そう、評価を与えておく。

 その間も馬車は走り続ける。この夜に歯車は回り続けている。

 すると、カランカがそれぞれの顔を見て「では、わたしがもう一度、さきほどヨルにしたお話を、お二人にご説明します」といった。

 彼女自身で話した方が、情報の開示度合いの調整もできる。おれが話すと、もしかすると、話してはまずいことまで話してしまいかねないと判断したのだろう。

「承知した、めがねさん」と、ロウガンが勝手にあだ名をつける。

「そういう、低次元のあだ名は、低次元だからやめなよ」と、トーマシンが即座に注意する。「かりにもし、それを最高に面白いと思ってるなら、反省して、そして謝って、言語に」

「おちつきたまえ」

 おれはトーマシンを鎮めた。それから。カランカへ視線を送る。その視線の動きからロウガンも、トーマシンから察して、口を閉ざす。

 ふたりは神妙な面持ちを浮かべた。いつだって、一瞬で切り替えられる人間だとはわかっていた。見込んだ通りだった。

「わたしが説明します」

 カランカはまずそう宣言した。そして、話す。

「この大陸には多くの竜がいます」

 そう誰もが知り切ったことからはじめる。

 けれど、これはそういう話だった。なにしろ、問題の単位が過ぎる話だ。

「竜払い協会は、おおよそですが、この大陸内に常にどれほどの大きさの竜が、どれほどの数、どこにいるかを調査し、把握するようにしています」

 その話は、ふたりとも聞いたことがあるだろと思われる。

「数日前、わたしは、この大陸内の竜の分布を調べていたんです。大陸内での竜の分布状況については、協会でも管理、公開している資料はあります。ですが、わたしが、独自で調査している情報もあります。それを調べていてわかったんです」

 わかった。

 なにが。

 と、ロウガンは視線で問いかけてきた。

「いま、この大陸内の竜の分布状況に不可思議なものになってしました。しかも、協会が公式で発表している竜の分布状況とは大きな相違がありました」

「大きな、相違」

 トーマシンが声に出す。

「これは非常事態です」

 不意にカランカが脈絡ないことを言い出した。

 けれど、それは次の発言につながるものだった。

「ですから、お二人は、ヨルの信頼する方だと思って、開示いたします」カランカを見る。覚悟を持って、それを言っていることがわかる。「竜払いは、竜を払います。ですが、ある一握り竜払い、ただ、竜を払うだけではありません」

 トーマシンは、ふと、おれを見た。

「竜を払うだけではなく、竜を意図する場所へ、誘導し、移動させ、配置させることができます。これは、ほとんど奇跡のような技術です」

「竜の配置を操る」ロウガンがいった。「きいたことはある」

「はい、おふたりも、きいたことはあると思います」

 ロウガンはカランカへ切れ長の目を向けた。「だが、俺が耳にしたのは噂でしかない。いや、伝説みたいなものだった。そんなことが出来る竜払いには会ったこともないし、見たこともない。竜払い以外の人間でもそうだ。竜は、人に管理できないと知っている」

「ここにいるヨルにはそれができます」

 カランカがそういった。

 教えてしまうのか。けれど、彼女の判断だ。その判断に疑いはもたなかった。

 また、トーマシンがおれを見た。さっきと変わらない表情で、視線だった。

「この大陸には無数の国があります」カランカが続けた。「むかしから、この大陸は国が新しくつくりやすいんです。もちろん、国が多いことが、争いが起こる可能性も多くなります。ですから、むかしから竜払いたちのなかでも、竜を移動させることができるごく限られた者たちによって、国同士の争い、もしくは、それに類ほどの危うい状況の土地に、竜を人為的に土地に配置してきました。竜が近くにいれば、人は争わない。もし、戦争をし、あやまって竜を攻撃すれば、竜の怒りをかいます。そうなれば、竜によって、争いをはじめた国も、いえ、それ以外の国も竜の群れに焼かれて終わりです」

 トーマシンが「ほんとにやってたんだ、それ」と、いった。彼女も、どこかでその噂は耳にしていてもおかしくはない。世間では、陰謀論や、空想話として扱われているものだった。

 人間は、竜を管理することは不可能だった。いや、それは真実だった。竜を管理することはできない。人は竜を克服することはできない。

 けれど、おおよその場所へ、移動させることだけは出来る。限られた竜払いたちの会得した、技術によって。

 とはいえ、覚えれば、誰でもが出来るものではなかった。それゆえ、この竜の移動配置は、公然の秘密となっている。たとえ、それを情報としったと知ったとして、再現ができない。

 そのために、おとぎ話扱いだった。

 そして、竜払い協会が公表しないもの明白だった。

 竜払い協会は、大陸内の竜の配置を管理することで、この大陸の治安を一定に保ってきた。

 ある意味、それは、大陸の支配といえる。

 そして、ふたりも、言葉にせず、問い返しせずとも、とうぜんそこは理解した。

 ただ、おれが竜の移動をする場面を実際に目にしたわけでもないので、この話を完全に信じるかどうかというところが残って入る。

 とにかく、竜払い協会でも選ばれた数名しか知らないこの話を、カランカは、この二人に話した。

 この情報を開示しなければならない。それだけ、切迫した状況だった。おれにも理解できる判断だった。核心を隠しながら、このふたりに協力を求めるには、あまりに無理がありすぎるし、時間がない。

「このお話を知ったうえで、おふたりにお話します」

 カランカがあらたまっていった。

「さきほどのお話をしましたが、わたしも独自に大陸内の竜の分布状況を管理しています。そして、気づいたんです。竜の分布におかしい点がある、あきらかに人の、ある意志を感じる配置でした」

 おれはすでにきいた話だった。けれど、ふたたび聞かされ、それでも、息を飲んだ。

「いま、この大陸の竜たちは、大陸の中心から、外へ向かってまるで正確に渦を巻くように配置されています」

 そう、正確な間隔で渦を巻くように。

 もう知っている。けれど、ふたたび耳にして、心臓が異音を鳴らす。

「そして、渦の中心にも竜がいます。大きな竜です」

 カランカの眼鏡の向こうに、彼女の目が見えた。

「竜は、竜の骨以外で出来た武器以外で攻撃すれば、激高し、仲間を呼びます。たとえば鉄の剣、火薬などもそうです、たとえ、一匹でも竜を竜の骨以外のもので攻撃すれば、竜は猛り、群れになり、あとは無差別に人を、町を焼きます」

 ここに生きる者の誰もが知っていることを、彼女はいった。

「もし、このいまこの大陸の中心にいる竜を人が、最悪の形で攻撃すれば、竜は激高します、仲間と共鳴します。そして、渦巻くように配置された竜の状況から判断して、じつに、効率的なんです」

 彼女は震えていた。

「中心にいる竜の怒りを起爆となって、とてつもなく効率的に、とてつもない速度で他の竜と怒りが連携され、瞬く間に、大陸中の竜に怒りが連動され、人に逃げる場を与えず、逃げる時間もあたえず、すべてを焼き尽くします」

 さながら、竜の生体をつかった兵器だった。

「そして、それをこの夜、実行しようとしている男とその仲間たちがいます」

 カランカは震える手を手で抑え込む。

 そして、顔をあげた。

「それがアルゼゴムと七人の竜殺したちです」

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