いまここにつかう(4/6)

 竜を殺すことは難しい。

 けれど、不可能ではない。なにしろ、竜を殺さないと、竜払いが、竜を払うために使う、竜の骨は手に入らない。

 そして、数は少ないがいる。竜を殺すことを生き方としている者たちがいた。

 竜殺し、と呼ばれる者たちは、竜払いと同じくらい昔からいた。ただ、数は圧倒的に少ない。竜を、竜の骨で出来た武器で殺すのは、難しいからだった。それに、竜殺しは人々に厭われた存在だった。その理由はさまざまだが、竜を殺すのは、とてつもない大金が必要だし、それに、人は竜を殺すと、まるで人を殺したみたいな気分になる、そのあたりに起因はありそうだった。そして、竜殺しの生存率は、竜払いにくらべものにならないほど低い。ほとんど、生涯を全うができずにどこかで命をおとす。竜を殺したちが全滅した話は、ひどく多い。

 なにより、竜殺しの数が少ない理由は、死にやすいからだった。一頭の竜を殺すのに、多大な犠牲も払う。

 そして、竜を一頭殺したところで、他の無数の竜がいる。竜を殺すことは不可能ではない。けれど、すべての竜を殺すためには、とてつもない数の人の生命を消費することになる。

 一頭を殺すために、多大な支払いをする依頼人もいなかった。竜を払うために必要な、竜の骨を獲得するために、竜を殺すことはある。けれど、それはあくまで最後の手段だった。

 だから、竜払いたちは、手持ちの竜の骨で出来た武器を大事にする。竜の骨は貴重なものだった。たいていは、誰かから受け継いでいた。親、兄弟、師から。

 おれの場合は、せんせいからだった。



「そのアルゼゴムってのの息の根を止めればいいのね」

 馬車をおりながら、トーマシンがいった。

 馬車は、大陸の中心部にある森の近くで停車させられた。周囲に人家はなく、あかりは、馬車についた光源だけだった。

「そいつがいま、その超効率的な竜の連鎖暴走をしかけようとしているわけだし」と。トーマシンは淡々した口調でしゃべる。

 森の奥。闇の方を見ていた。

 馬車から下りたのは、トーマシン、ロウガン、そして、おれだった。カランカは馬車に残った。

 道はあるが、ここから先は馬車では目立ち過ぎる。森のなかに入って、人の足で進むことを選んだ。

 それに、カランカには、もしも、おれたちが達成できなかった場合に備え、できるかぎりの準備すべきことがあった。

 ロウガンが「竜の渦の中心にいる、竜たちの怒り連鎖の起爆になる竜に攻撃されるまえにアルゼゴムを叩き止めるのか」と、いった。

 情報がまとまっているような、まとまっていないような言い回しだった。誰のためということより、自分のために放った言葉にもきこえる。

 すると、トーマシンがいった。「しくじれば、朝には一斉に怒った竜の群れに大陸中は焼かれる」

 いって、けっ、と露骨に声に出していった。

「稀代の気に食わんさだ」

 彼女なりの感情を言語表現にこめたらしい。

 さらに「そのアルゼゴムっての、どういう脳の仕組みしてるんだか。よくもそんなひどいことができるもんね。すごいお金がほしいのかな」まだ見ぬ相手の思考や動機を考えだす。おれが見ていると、彼女は視線に気づいて、視線をふわりと外して「よーし、アルゼゴム、そいつは勇者だ、勇者にちがいなし。だから、わたしが戦わないと、わたしが倒さないと、わたしが仕留めないといけない」といった。

 そうか、便利に使っているんだな。

 勇者を、自分の人生に。

 と、感心しているときだった。

 すると「勇者」ロウガンが、ぼそ、といった。そしてもう一度つぶやく。「勇者、か」

 どこか、ひっかかっている印象を見せた。

「みなさん」

 と、馬車のなかからカランカも降りてきた。

 おれたちの同じ場所に立つ。数秒だけ、何かを頭の中で言葉をさがすような沈黙の後。

「どうか」

 と、だけいって、頭をさげた。簡素な言葉は、感情的になることを、抑止しているようだった。

「はい」

 おれも返事だけをして、ロウガンとトーマシンへ顔を向けた。

「行こう。この森を抜けよう、大陸の中心はその先だ」

 それからカランカの方は見ずに、おれは森へ入る。ふたりとも後から続いた。



「ヨル」

 森に入ると、またたくに先頭に出たトーマシンが名を呼んだ。

 明かりのない森のなかを、彼女が木々の合間を滑らかによけながら走ると、歩く中間的な速度で進んでゆく。

「つまり、そのアルゼゴムって男が竜を怒らせるまえに、貴方がこの先で捕まってる起爆になる先に竜を払えば、わたしたちの勝利ってことなんだよね」

 今一度、それを確認してくる。おれは「ああ」と答えた。

「ねえ、やっぱ、いっそ先に、そのアルゼゴムってのをとかを絶滅させてもいいじゃないの」

「それも手として有効だろうけど、相手の強さがわからない。戦って時間切れになる可能性もある。なら、相手と正面から戦うより、戦闘をさけて、ひそかに竜に近づいて払ってしまいたい」

「なるほど、そいつが下手に強かったら時間かかる、か」

 一理あるという感じでトーマシンが肩をすくめる。

 ふと、斜め後ろを見ると、ロウガンも表情ひとつ変えずについて来ている。手にはいつものように鞘に入った剣を持っていた。彼も、明りの乏しい夜になかにあって、まるで、日中を進むような滞りのない動きでついてくる。

 おれはあらためて伝えた。

「この森をこの方角に抜ければ、いずれ開けた場所にでる。そしたら古い城がある」と、いって「いや、城のあとかな」すぐに修正した。

「城の、あと」トーマシンが反応した。

「まえにそこにいた竜を払ったときに、城が壊れた、けっこうな規模で」

「ヨル、あなた、城を壊したの。それ、なかなかの罪だよ、それってば。歴史の破壊だし」

「壊したのは竜だ、相手のしっぽが城にぶつかって、それで連鎖して城が崩れた。もともと誰も使ってない古い城だった。崩れる城のなかを逃げた。そして、いまを生きている」

「思い出のある城なんだね」言い方によって、良き記憶にも聞こえる感じで彼女はいう。そして続けた。「あの女の人の話では、その城に竜がいるんでしょ、その、言い方があってるか不明だけど、起爆装置的になる竜が」

「相手は竜をそこへ移動させている。それは確認がとれている」

 自身で確認したわけではないが、カランカを信用して、断言した。

 それから続けた。

「あの城は、この大陸の真ん中あたりにある。城を中心に、現時点で大陸各地に竜を渦状に配置されている。もし、城にいる竜に、人が竜を怒らせる攻撃をしかければ、竜は仲間を呼び、怒りが共有される。そうなれば、渦状に配置された竜が効率よく連鎖して、瞬く間に大陸中が竜の怒りで滅ぼされる」

「あのさ」トーマシンが問いかける。「でも、これまでだって竜が怒って人を襲ったって話はあるよね」

「今回みたいに、竜を人が作為的に配置したうえで竜を怒らせるなんて聞いたことがない。それに、繰り返しになるけど、この竜の配置はあまりに竜の怒りの連動がひどく効率的過ぎる、おそらく一瞬で大陸の端々に竜の怒りが広まる。これまでとちがって、人間が逃げる時間もなく、逃げる場所もなくなる」話しながら、想像した。そして、想像にたえれなくなり「おそらくは」と、つけくわえた。

「だめ人間だ」と、トーマシンは断言する。「そのアルゼゴムってのは、だめだ、そいつはだめだ。しかし、勇者の疑いはある」

 また不可思議な発言をしてくる。それについては、ふれ方も難しいのでいまは流しておいた。

「日付がかわるまで、あと一時間くらいか」

 前を向いたまま彼女はいった。

「ねえ、日付が変わると同時に、竜へ怒りの起爆を行う、ってあの情報」と、そこで一瞬、言葉をとめていった。「かなり、きてる感じの思想だよね」

 カランカから聞かされた話だった。

 アルゼゴムと、七人の竜殺し、という者たちは、日付が変わり、明日になった瞬間、崩れた古城にいる竜に攻撃をしかけ、大陸中に、怒る竜を拡散させる計画らしい。

 なぜ、今夜の日付変更を待つのか。その理由もカランカきかされた。

「おれは、この計画をアルゼゴムに依頼した、サイザンって、男に会ったことがある」

 あの夜のこと思い出す。

「でも、彼女の話では、そのサイザンってもう死んだって」トーマシンがいった。「ちょっと前に」

 そう、サイザンはもういない。カランカの話では死んだ。

 けれど、アルゼゴムという男は、生前のサイザンから依頼を受けていた。それを今夜、実行しようとしている。

「サイザンは計画の実行を、自身の誕生日にしてほしいというものだった」言いながら、嫌な気分になってゆく。「明日がサイザンの誕生だ。会ったからなんとかどだが、そういうことを考えそうな男に思えた。だから、カランカの情報通り、アルゼゴムは契約を守って日付が変わると同時に実行すると思いたい」

「誕生日って、そういうことにつかう日じゃないよ」トーマシンが淡々といった。「もしその人を生きてたらそう言ってた、どかん、とね」

 会話をしながらでも、先頭を行くトーマシンの速度はまったく衰えない。彼女は、森の闇に潜んでいる、如何なる地形でも、瞬時に把握し、一定の速さを保って進んだ。その彼女が進んだ後を追うので、後続のおれには道筋が見え、こちらの神経への負担はかぎり少なくすんでいる。

「ヨル」

 と、彼女に呼ばれた。そこで「トーマシン」と呼び返す。

「あなたが竜を払うまで、体力をなるべく温存させといてあげる。怪我もさせないようにね。もちろん、これは大きな貸しになる」

 彼女が自ら選んで先頭を行き、道筋を開拓しつつ進んでくれている理由はそれだった。説明されていないが、わかっていた。

 しんがりをつとめるロウガンにしてもそうだった。彼は沈黙しているが、後ろを守っている。

 ふたりは、おれを古城へ動ける状態で運ぶことに務めてくれていた。最短を目指し、一点突破で竜を払うために。

 そして、いよいよ、その時がくる。はじめから懸念していたことだった。

 トーマシンが足をとめる。

 森の闇の向こうに、無数の気配がした。人だった。気配を隠しているらしいが、トーマシンには、それらの薄い呼吸を逃さない。ロウガンにしてもそうだった。

 彼は「およそ三十」と、つぶやいた。

 直後、火のついた複数が飛んでくる。三人同時に、それを避けた。地面のそれがささると、枯れ葉に引火して燃えた。

 森が明るくなる。

 そこに、三十人あまりの武装した者たちがいた。

「アルゼゴムと七人の竜殺し」ふと、ロウガンがいった。「わざわざ七人と異名をつけておいて、相手は七人と思わせておいて、はじめから七人以上の戦力を用意している」

 向こうは剣を抜いて、走って来る。

 けれど、彼はまだ剣を抜いていない。

 そして、ロウガンはいった。「じつに、ふつうの作戦だな」

 敵は、おれたちへ襲いかかってきた。

 

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