いまここにつかう(5/6)

 炎は森のなかに急速に燃え広がる。

 敵は火のついた矢を放ち続ける、森を焼くことに躊躇がない。

 ロウガンは「けっきょくこれを言い放つしかないか」剣で一閃しつつ、告げてきた。「友よ、俺が足止めする、ここは任せて先を行け」

 そして、こちらが回答をまえに、ロウガンは襲い掛かってくる者たちへむかってゆく。彼は宣言通り、道をつくった。

 おれは何もいわず、彼が用意した道を駆け抜けた。

 けれど、次の瞬間、背後から矢が飛んで来た、足を狙わる。

「ああもう」と、トーマシンが不満そうな声をあげながら、矢を短剣ではじく。

 森が燃え、明るくなり、完全な闇ではないとはいえ、あの速度を矢に反動できるとは、かなり優れた動体視力だった。

 彼女はこちらを見ず「あなたは全力で走って、わたしが守るから。竜はあなたしか払えないし」と、いった。

 その言葉に生命をすべてゆだねてかけ続ける。約束通り、背後から飛んでくる矢はすべて彼女が払ってくれた。

 すると、今度は闇の向こうから手斧が空中で回転しながら向かってきた。

 手斧の投げたらしい山のように巨大の男もみえた。

 おれは前進しつつ、身を屈めて避ける態勢をつくる。

 ところが、後ろにいたトーマシンは飛んだ。かと思うと、おれの右肩を踏み出しにして、高く飛ぶ。おれの頭上と、空中にいるトーマシンの間を斧が通過した。それから斧が背後の木の刺さる音が聞こえた。いっぽうで、彼女はそのまま空中を進み、手斧の投げた態勢からまだ立ち直っていない大男の顔を足蹴にした。

 大男は顔に靴がめり込む。ところが大男は顔に靴がめり込んだ状態からトーマシンに足を掴んだ。攻撃が効いていない。

 直後、彼女は手早く靴を脱いで、相手から離れて着地した。

 見ると、もうそこに大男はいない。すでに闇に中へ身をとかしたらしい。見ると、木に刺さった手斧がなくなっている、いつのまにか回収されていた。

 身体は大きいが、動きは早い。しかも、打たれ強い。やっかいそうな相手だった。まともにやり合えば、かなり時間をとられそうだし、やり合ったところで仕留めるかどうかさえあやしい。

「靴、取り返してから追いかける」

 トーマシンはこちらを見ないままそういった。そして、大男が消えた闇へ、自ら進み、消えてゆく。

 ああ、たのんだよ。

 と、こころでいっておれは先へ進んだ。そのまま森を駆け抜けた。

 ほどなくして、木々が途絶え、平原へ出る。

 月明かりがあり、森のなかほど夜目を利かさずとも大丈夫だった。かれた草原の向こうに、崩れた城が見えた。そこに小さな明かりがある。城で暖をとっているか。

 いや、罠の可能性もある。ゆだんは無しだった。おれは身を低くして、平原を進んで、古城へ近づく。

 まだかなり距離はあるが、古城からかすかに竜を感じた。手持ちの竜の笛を吹けば、あの城にいるだろう竜を呼び寄せることは出来る。けれど、まだ遠い。吹いても音が竜の聴覚に届かない可能性がある。

 遮蔽物のない平原だった。城には見張りもいると考えるのがまっとうだった。もう森で交戦もしたし、向こうもおれたちが来たことは知っているはずだ。

 とにかく姿を察知されないよう、このまま限りなく城へ近づく。そして、最適な距離まで達したところで、竜の笛を吹いて、竜を刺激し、竜がこちらに迫って来たところを払う。

 この場所の竜を払えば、少しは時間を稼げるだろう。その間に、カランカが竜払いたちを集め、渦まいている竜を払う。

 とうぜん、ここの竜を払ったとしても、すべてが成功する補償はどこにもなかった。これがいけるかどうかはやってみないとわからない。けれど、やらなければ、竜に生命が焼かれるだけだった。零ではない可能性があるなら、見逃すわけにはいかない。

 風が吹いた。城を近づくことは、自ら破滅に近づいている気分だった。

 古城へ視線を定める。そのとき、夜の平原を手にたいまつを持って近づいてくる者が見えた。

 そして、その人物は姿を隠す気がまるでない。

 こちらへ向かってきた。

 身を隠して様子をうかがう。顔はみえないが、おそらく男だった。悠々とした足取りでやってくる。剣を背中に背負っていた。

 やがて、男は足をとめた。それから、手にしていたたいまつを、草原に放った。

 平原のかわいたところに火がついて、たちまちあたりが昼のように明るくなる。そして、炎で男の姿かたちがはっきり見えた。

 赤みをおびた黒衣を着ていた。体は大きい。歳はそう、おれと変わりそうにない。

 みずから炎を放った地上を見渡しながら、男は、大きな口を歪め、異様なほど白い歯を見せ、笑った。

「俺がアルゼゴムだ!」

 内臓まで響くような発声で名乗った。

 アルゼゴム、例の奴だった。それが、いま堂々と姿を見せた。

 狙いはなんだ。とうぜん、あれがアルゼゴム本人かはわからない。

 警戒心が濃密に働く。向こうはこちらの位置を把握してないようにも見えるし、すでにわかっているように見える。ためされている感じだった。

 男は笑顔と白い歯を保ったままつづけた。「俺にはわかるよ!」まるで、以前からの知り合いにでも話すように、なれなれしい口調だった。「いるんだろ、さあ! 出てきなってば! ずっと隠れてても時間切れになるだけだぜ、俺はそれでもいいが、そっちは困るはずだろ!」

 自身が作り出した炎のなかで楽しげにいう。

 おれは動かずにいた。

「そうか、ほう、出て来ないのね。なら、しかたないね」やがて、楽しげなまま、じれたように言った。「あのさ、ルビトって少年の竜払いは捕まえてあるよ。そっちが出てないなら、俺がいまから仲間に合図を出す、城へ合図をね。そうすれば、俺の仲間たちが、まあ、身体の適当な箇所を痛めてけることになる、最初は、かるく痛めつける。そして、二回目以降は過激になる。しかたないよな、戦争みたいなことやってんだから、俺たち。でもさ、そうはいっても、そういうのって、お互い気分が悪いだろ、なあ」

 そうくるか。

 おれは立ち上がった。炎の灯で、姿を晒す。

「おっ、いいなぁ、そんな感じのかぁ」

 男が白い歯を見せる。

 この男が本当にアルゼゴムかどうかは、まだ不明だった。けれど、アルゼゴムという感じがしてならない。

 おれは燃える地上のなかを進み、アルゼゴムの前に立つ。

 やつは両手を広げて「ひとりだよ」と、宣言した。

 それからまた、白い歯を見せる。笑った。

 それから、急に腕を組んで「あーむ」と、唸った。かと思うと、笑って背負った剣を抜く。

 軽々と、左手に持った。銀色の刃に、炎が映った。

「時間もないしね、やり合いながら話そう」提案風にいった。さらに白い歯を見せて笑った。「その方が興奮もできる」

 アルゼゴムが駆ける、正面から来た。

 回避を、と判断したときには、刃の先が眼前にあった。

 はやい。

 それを、身をひねりかわす。

「お前、名前はなんだね」アルゼゴムが聞きながら剣を振る。

 刃があたれば、回答されるはずのない問いをしながら攻撃して来る。

 おれ名乗らず、攻撃を避ける。

「まあいいさ」笑って、許容めいたものを見せる。「いずれにしろ、竜払いだろ」

 おれも仕掛ける。

「サイザンからこれを依頼されたのか」

 右拳で頬を殴りにゆく。

 回避された。

 さらにおれはいった。

「お前に依頼したサイザンはもうこの世にいない」

「ああ、死んだよ」

 アルゼゴムは笑い、距離を詰めて来る。

「でも、依頼を受けたら、依頼したのが死者だろうと最後までやるべきだろ、人として」

 向こうの刃を避ける。当たったら、喉が半分斬れていた。

「これをやれば、この大陸の人たちが竜に焼かれる」

「仕事だからな、それでもやるさ」笑ってそう返し、連続して剣を振る。「それに、ここは俺の生まれた大陸じゃないしね」

 外套越しに、左の二の腕が少し切れた。けれど、問題はない。

「それにね」アルゼゴムは笑い続ける。「俺は自分が生まれた大陸も焼いたよ、今回と同じ方法で、竜を使ってね」

 さも、かんたんな話のような口ぶりだった。

 さらに続けた。

「俺の大陸では、これでうまくやれたよ、大成功だった」

「自分の生まれた土地を竜で焼いたのか」

「ここからだと、かなり離れた大陸さ」笑みはたやさない。「ためしにまず俺の生まれた大陸を使ったのさ」

「ためしに、だと」

「うん、竜を意図に配置して、竜を一匹怒らせた。計算通り、うまい具合に、短時間で焼けるかどうか、をね」

 すらすらと話す。

 けれど、仕掛けてくる一撃は、当たれば確実にこちらの生命を絶つものだった。

 相手は余裕だった。けれど、こちらは全力で動くしかない。

 戦力の差が歴然だった。

「なぜそんなことができる」

「だって、成功例は必要だろ」アルゼゴムは目を輝かせて語る。「成功例がないと、人から依頼もされない。一度も成功したことがない計画に、金を出す奴はいないだろ」

「そんなことのために焼いたのか、竜を利用したのか」

「といっても、俺の大陸はこの大陸の千分の一くらいの大陸だったけどね。しかし、実験としても丁度よかった」

 ああ。

 だめだな、こいつは。

 考えながら、攻撃をなんとかかわす。少し、頬を斬られた。

「というわけさ」アルゼゴムは笑う。「このくらいで話は終わりだ、時間も稼げたし、俺は戻るぜ」

 と、アルゼゴムが大きく後退する。

「なんでこんな話をしたかって、顔しているね。決まってるだろ、誰か俺の話を広めるやつが必要でね、宣伝用にね。その役目を担うやつは、生命力がつよくなきゃいけねえんだ。これから始まるやばい炎のなかで、生き残れるやつじゃないといけなかった、つまり、おまえは合格だ。おまえはおそらく、この先もしぶとく生きて、で、この話を広める役目なんだ」

 身勝手な発言をかさねる。そして、とまらない。

「今後の俺たちの仕事の宣伝になる。だいたい、依頼とはいえ、あのおっさんの誕生日を待つなんて、怠くてね。こうして自らやってきたのは、暇だったのもある。ああ、でもね、依頼は正確にこなすってのは、世間に示さなきゃならんしねえ。指定された時間通りにやるってところをね」

 アルゼゴムがさがってゆく。

「というわけだ、死ぬよ、竜払い。おまえには俺たちの宣伝役もある。ああ、あと、竜払いとしても、もうひとつ大事な役目あるか」

 アルゼゴムを追う。

「日付が変われば俺が暴れさせた竜たちが人を攻撃し始める。おまえも竜払いなら、多少は竜と戦えるだろ。竜を殺すのは不得意だろうが、でも、やれば竜は殺せるから、だいじょうぶさ」

 その通りだろう。

 もし、竜たちが無差別に人を襲い出せば、竜払いたちも、竜を払うことではなく、竜を仕留めにまわるしかなくなる。ひたすら膨大や犠牲者をはらってでもやるしかない。

「サイザンか。あのおっさんもよく考える、なかなかの提案だったよ。もし、この大陸内の竜すべて暴れさせれば、なし崩し的に竜払いたちも竜を殺しに行く。そうすりゃあ、もしかすると、竜をこの大陸から絶滅させるかもな、って、計算だったらしい」

 なにも隠すつもりはないようだった。むしろ、話して、情報を広めさせ、竜と戦う方へ竜払いたちを向かわせようとする意図がある。そして、なにより、アルゼゴムは精神の芯からこの状況を楽しんでいる。

 やつはさらに後退し、森の方へ向かう。

 おれは森の闇のなかに消えようとするやつを追う。

「実際、俺の大陸は、このやり方で絶滅させたけどな、竜ぜんぶ。はは、つっても、俺のところは小さな島だったし、竜は十匹しかいなかった。五十集めた竜殺しも、ためしに暴れた竜と戦わせてみたら、生き残ったのは一桁になっちまったよ、まったく、七人だけだ。いや、しかし、あれはあれで成功例は手に入ったからいいけどね。もうすぐ、あのなにもない、つまらない島には立派な工場が建つ、みんな幸せになる工場だよ」

 アルゼゴムが剣を背中の鞘へおさめながら笑う。

 おれは、その笑みへ向かって手を伸ばす。

 指先がやつの服の端にかすった。

「おっと」アルゼゴムは、少し驚いたようだった。「いや、俺を追っている場合じゃないだろ、おまえ」

「計画変更だ!」おれは吠えた。「竜なんて払ってられるかああ! お前だけ逃すかアルゼゴム! 竜はもういい! 代わりに仕留めろ!」

 ありったけの声を放つ。

 やつは、くは、っと、笑った。

 余裕はとうぜんだった。どうやったって、アルゼゴムの方が、戦闘能力は高い。真正面からやれば、いずれやられるのはおれに決まっていた。敗北者の鳴き声にしかき声なかったのだろう。

 けれど、攻める。手を伸ばす、やつを捕まえるために手を出す。よけられると、石を拾って投げる。やつはそれをたやすくかわす。

「勝てないよ」あきれた口調でアルゼゴムは言う。「おい、いいのか、俺を倒しても、計画は実行されるだけだ。時間がなくなるぞ」

「おまえをここで始末しなければ、他の大陸でこれをやるだろ、このやり方を売るんだろ」

「ああ、この大陸で成功すればな」炎のない、闇深い森の方へ移動しながら答え返してくる。「前回とはけた違いの成功になる」

「なら、ここでおまえを終わらせることには価値がある」

「高い評価をくれるね、いらないけど」

 嘲笑う、闇にやつの白い歯だけが残り、それも、森の奥へ吸い込まれるように消える。

 同じ闇へ飛び込む。かすかな気配だけを頼りに、ひと時の間、森を駆けて追った。

「ああ、もう間に合わないな、城まで行って竜を払う時間がなくなったぞ」と、やつがいった。「ではな、おまえは生きて一匹でも竜を殺せ、もしくは全力で生き残って俺の伝説を広めろ」

 かまわず、追う。

 けれど、まもなく、アルゼゴムの気配に完全に消えた。 

 そして、やつがいった通り、日が変わるまで、まもなくだった。

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