いまここにつかう(6/6)
あの男は、はじめからおれを殺すつもりで攻撃して来ていた。すべての攻撃に殺意があった。おそらく、話を最後まで聞かせる気は、きっとなかった。
けれど、おれはしぶとく生き残り、最後まで話をしなければならなくなった。やつは器用ではあったけど、さすがに戦いながら、とっさに、すべて嘘の話をつくるのは困難と思えた。きっとあの話のなかには、ほんとうの話も混じっていそうだった。
あの時、アルゼゴムは自らおれに接触してきた。
ように見せかけた。
あくまで、見せかけてだった。けれど、やつがあそこにいた本当の目的は逃避だった。
やつはあの城から逃げ出途中だった。まもなく、竜が暴れ始める大陸の中心から離れようとしていた。
古城に七人の竜殺しを置いたまま、ひとりあの現場を去る。
そう、たとえば、おれを仕留めることを口実にでもして、古城からひとり離れた。わざわざ、たいまつを持ち、古城で刻を待つ竜殺したちに、自身の位置を知らせていた。
そして、日付けが変わるより前に、おれとの戦闘を切り上げた。ここから、逃げ出すために。
情報にあった、連れていた七人の竜殺しは見捨てるつもりだったのかはわからない。いずれにしろ、アルゼゴムは現場から離脱した。
日付けは、まもなく変わり、古城にいる七人が、竜の怒りをかう攻撃が開始される。
けれど、アルゼゴムの計算は狂った。おれへの対応に予想以上の時間がかかった。
さらに、やつは読み誤った。
おれが竜を払うしか、これを止める方法がないと思い込んだ。
けれど、べつの方法はあった。
ロウガンか、トーマシンが、七人の竜殺しを無力化することだった。
だから、おれはアルゼゴムを追いながら、森へ向かった。そして、森のそばで叫んだ、ふたりに聞こえるように、計画変更だ、っと。
不自然なまでな叫びで。
ふたりなら聞き取れたはずだった。そして、ふたりを信じていた。
やがて、日付が変わった。竜は暴れなかった。
おれが城へ着いたとき、トーマシンが七人を仕留めていた。
黒衣の者たちが七つ地面に倒れていた。落ちている剣はすべて竜の骨で出来ていた。
「ヨル」
彼女が名を呼んでいた。
「トーマシン」
彼女の名を呼び返す。
すると、彼女はいった。
「遅いから勇者たちを打ち砕いといた」
淡々という。見ると、靴は片方ないままだった。
「他の森のやつらは一斉に逃げたよ。あなたの話きいて、すぐ」
「やっぱりなにも聞かされず雇われてたのか」
森で襲撃して来た連中が計画を知っているとしたら、どう考えても奴らは狂っていた。これから、竜が暴れるのに、付近の森にいるなんて、自滅行為だ。けれど、森の連中は計画を知らされず、アルゼゴムに雇われていたらしい。
黙っていると、トーマシンがいった「竜、あっちにいたよ、捕まってた」
「竜の他に、人が捕まってなかったか、竜払いが人質になっていたなかった」
「そんなのいなかったよ」
「嘘か」
アルゼゴムはどこかでルビトの名でも知ってあの場で出したか。ほんとうに捕まえているなら、拘束した姿を見せるのが効果的だし、見せない時点で、偽りの可能性は考えた。けれど、あの場で真偽を知るすべはない。
「で、竜だけど」
トーマシンに声をかけられ、顔を向けた。
「竜の体に時限爆弾みたいなの仕掛けられてた」
「爆弾」
「剣の人が剣で爆弾を切ってとめた」トーマシンはうんざりするような表情を浮かべた。「たぶん、無策に切って、たまたま止まった」
「そうなのか」
「剣の人、竜のそばにいるよ」
と、教えてくれた。
崩れた城の広間に竜は拘束されていた。牛の三倍ほど大きさの竜だった。足と羽根を槍で貫いて地面に固定してある。槍の先端はすべて竜の骨で出来ていた。
竜は目を閉じ、うなだれた状態で地面に伏している。硬質な全身がかすかに上下しているので生きていることがわかった。竜の近くには、爆弾らしき装置が置いてあった。それがたしかに二つになっている。竜に爆弾を使えば、竜は仲間を呼んでいるはずだった。
ロウガンは竜のそばに立っていた。鞘に納めた剣を片手に持っている。
彼はじっと竜を見ていた。そして、おれが近づくと「恐いな」そう言った。
「ああ」
おれはうなずき、竜を見た。
「その恐怖は克服できない」
翼を二か所、両足を二か所、四本の槍で地面に固定されている。
トーマシンは少し離れた場所に立っていた。黙っている。
日付が変わった。サイザンが依頼し、アルゼゴムが実行した計画は阻止できた。
「奇跡ね」と、トーマシンがいった。「計画阻止できた」
「やつの計画はあまりに雑だった」おれはため息を突かずにいった。「無謀な計画を、自信を持ってやろうとしていた」
「そういうのって、本物の悪党って思う」トーマシンがいった。「天才的な計画だと思い込んで、ただ、気ままに壊してるやつ」
彼女の方を見返す。
すると「嫌いだ」といった。
ロウガンが「アルゼゴムは逃げたのか」と、聞いてきた。
「ああ、逃げた。やつは最初からそのつもりだった」うなずき、つづけた。「やつは戦士じゃない、実態は事業家なんだ。破壊が目的ではなく、破壊は手段に過ぎない。だから、逃げれる、ここで逃げるのは、やつにとって当たり前なんだ。きっと、いま港に向かってる。大陸を離れる準備も事前にしているはずだ。馬の用意しているだろうし、いまから追いかけても、人の足では追いつけないさ」
「悔しいな」と、ロウガンはいった。
おれは、ふたたびため息を突くのを我慢した。
「いや、やつは仕留めるよ、おれがやる」
そういうと、ふたりはおれを見た。
「やると決めたんだ」
そう伝えた。
アルゼゴムは想像もしないはずだった。これを想像が出来るはずもない。
おれだって、そうだった。こんなことをする日がやって来るとは、想像しなかった。
けれど、決めた。
おれは竜の翼に刺さっている槍を抜きながら頭の中でつぶやく。槍を抜くと、地面についていた翼が大きく動き、砂埃が起こった。それから、もう片方の翼に刺さっていた槍を抜く。とたん、竜は目を開け、口をあけ威嚇して来た。見た竜の喉の奥に、炎の明かりが見えた。たとえ、槍を抜いて助けようが、竜にとって、おれは敵でしかない。
かまわず、おれは竜の足に刺さっていた槍も抜いた。自由度の増した竜は、さらに動きまわり、おれの身体を頭部や翼ではじき飛ばそうとする。
そして、最後の一本の槍も抜く。
竜が完全に自由になる。ひどく傷ついた状態だった。
「それでも飛べるはずだろ」
おれは竜へいった。
とたん、竜は翼を羽ばたかせ、それから短く、鋭く滑走し、飛び立つ。
そのまま、ぐんぐんと上昇した。空へ還る。
すさまじい風圧だった。吹き飛ばされそうになるのを絶える。
トーマシンとロウガンは、離れた場所からこちらを見ていた。
そして、ふたりの姿が、瞬く間に小さくなる。
おれは竜の背に捕まっていた。
そのまま竜の背に乗って空を行く。
竜は夜空のなか真っすぐに進む。
アルゼゴムが去った方角とは違っていた。そこで、剣を抜き、右の翼の付け根を軽く叩いた。おれの剣には刃が入っていないので、竜を切ることはない。
「あっちだ」
おれは竜へ告げた。
「おまえならやつのにおいを追えるだろ。いつもおれたちが隠れてても、みつけるように」
強い風圧のなかで、竜に聞こえたかどうかはわからない。けれど、竜は、アルゼゴムが消えた方角を飛び出す。
やがて、アルゼゴムの走らせる馬が眼下に見えた。
竜がやつへ向かって滑降する。とたん、馬が竜の接近で怯えて立ち上がり、やつは地面へ放り出された。
アルゼゴムがただ地面を転がる。
おれは剣を鞘に納めた。それから鞘に入ったまま剣を構え、竜が地面に近づいたとき、竜の背から飛んだ。
倒れて、立ち上がったアルゼゴムの頭部を空から討った。
夜が明けたまえに、空へ還した。
アルゼゴムは途中まで近くの町まで担いで、住民に頼んで拘束してもらった。もっとも、意識を深く奪ったので、しばらく、目覚めることもないはずだった。
町まで移動したことで、時間かかり過ぎて、古城に戻れたのは、夜明けだった。
呼称にはカランカたちがいた。他の十人ほど竜払いたちと一緒だった。彼女が夜を徹したおかげで、協会をわずかでも動かせたらしい。そのなかにルビトの姿もあった。よかった、人質はやはり虚偽で、合流もできたらしい。ルビトはおれと目が合うと、頭を下げてきた。少し顔に怪我がある。彼もどこかで戦っていたらしい。
「おつかれさまでした、あとはすべて任せてください」
カランカは難しいことは何もいわなかった。こちらが報告するまえに、状況も把握しているらしい、さすがだった。
「ありがとうございます」
おれに聞こえる声でいって、あと処理に向かった。彼女がその指揮を務めるらしい。
竜が拘束されていた場所で、トーマシンは焚火をしながら廃墟の壁を背にして座っていた。ロウガンは目をつぶり、剣を抱くようにして腰かけている。
近づくと、彼女はじっと見上げてきた。
それからいった。
「あなたは勇者ではない」
言い切って来る。
苦笑したせいで気が抜けたせいか、とたん、どっと、数年分はあるかのような疲労感に包まれた。
おれは背中から剣を外し、同じ壁の背を預け、彼女の横に座った。
「ヨル」
「トーマシン」
「いまどんな気持ちなの」
「いまはこうしてただ座れただけで幸せだ」
「うん、そういう時ってあるよね」
同意を示し、彼女は上を向いた。
朝日が顔を覆って来る。おれはそのまま黙っていた。
すると、ふいに、ロウガンが両目をあけた。それから「わかったぞ」といった。
トーマシンとふたりして、彼を見た。
すると、ロウガンがいった。
「勇者だ」
どうした急に。と、見返す。
「友も友である、そこの彼女が探している勇者のことだ、わかった、思い出した」
脈絡なくそう言われ、ますます、きょとんとしているところに告げられた。
「彼女が探している勇者とは」
おれとトーマシンはロウガンを見た。
そして、彼が言った。
「竜の血が流れている人間のことだ」
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