151~

はじめてひとがしること

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 捨て屋、というらしい。知らない仕事だった。

 男は自身の職業をそうおれ教えてきた。どこかで聞き覚もない生業である。

 業務内容はつまり、人から依頼を受けて、特別な場所へたくされた品を捨てに行く、らしい。捨てるものは、物理的なものに限る、らりい。

「ひょひょひょ、いやはや、かんぜん個人事業じゃからね、しらんでも変じゃないわい」

 五十代だろうか。少なくとも四十代には思えない。小柄で、ひどい猫背気味だった。体つきにたくましさはないが、貧弱な印象は受けない。生命力だけは、常人以上に強そうみえた。斜め掛けにした鞄は、はち切れんばかりにぱんぱんだった。太鼓腹のようになっている。

 地顔なのか、ずっと、にたにたしていた。そして、しゃべりだすときと、しゃべり終わるときには、その地顔のまま「ひょひょひょ」と笑いみたいなものを入れがちである。「わしの名は、ノウザックだ、ひょひょ」名乗るときも入れてきた。

 男は依頼を受けて、依頼人から預かった品を特別な場所に捨てに行く仕事をしていた。

 協会を通して、竜払いの依頼を受けたし、さほどあやしい仕事でもないのだろう。

 そして、なんでも彼がこれから捨てに行く特別な場所へ向かう道の途中に、竜がいて、通れないという話だった。

「ひょひょ、途中までわしも一緒に行くよ、ぬし、ひとりじゃ入れん場所じゃしのう」

 彼は飄々とした口調でそういった。けれど、目は笑っていない。

「ひょひょ、竜が出たら頼むぞ、ひょひょひょ」

 おれは「はい」とうなずき返した。

 それからすぐに出発した。村を出て、ノウザックの後に続く。

 しばらく、無人の景色が広がる荒涼とした平地を歩いた。今日は無風だった。

 人を含め、広がる光景に生き物の姿はない。

「なあ、竜払いの、にいさんや」

 と、歩きながらノウザックが問いかけてきた。

「竜ってのは、なんであんなにたくさんいるんかのう」

 不意に、誰もが気になっていることを口にする。

 竜はこの惑星に数多く存在するが、では、いったいあの竜たちが、どこでどうやって生まれ、そして、増えてるのかは誰も知らないことだった。竜の生態系というものの研究はあまり進んでいないのが現状だったし、なにしろ、容器に入れて研究できるような存在でもない。仕留めた竜の身体を調べた多く記録はあるが、それでもいまだに雌雄があるのかも不明だった。

「それはだれも知らないんです」

 答えを持っていないにで、そう答えるしかなかった。

 やがて、険しい山を登り始める、頂上には火山口あるという。

 ノウザックは頂上へ向かっていった。道らしい道はなかった。岩と岩の合間を進む。彼がいなければ、進むのに三倍は時間がかかりそうだった。一見、行き止まりと思えるような場所でも、先へ進める道筋が隠れている。

「ひょひょ、この先の道じゃわ」彼があごでしゃくった。「頂上へいける、たった一本しかない進路に道の真ん中にな、竜がおってのう、先へ進めんのだ。ひょひょ」

 見上げると、だいたい、馬車一台が通れるくらいの幅の坂があった。うねっていて、左右は切り立った岩だった。

 うねりぎみのその坂をのぼってゆくと、竜がいた。それこそ、馬車一台ほどの大きさの竜で、進路をふさぐように、水鳥のように胴に頭を添えて、そこに寝そべっている。

「あの竜じゃ、ひょひょ」ノウザックは指さしていった。「やっぱり恐いのう」

「さがっててください、払います」

「頼もしいのう」

 おれは竜を払いに向かった。

 そして、竜を空へ還すと、彼のそばへ戻った。

「みとったぞ、やったのう」彼はそういって、こう続けた。「しかし、わしもわしでやってしもうた、ひょひょ」

 にたにたしながら、袖をまくって右足を見せる。脛が紫色になっていた。

「竜が飛んだのに驚いて、こけてしもうた。ふは、迫力ありすぎじゃのう。うっかりこけて、ほれ、こうだ、骨は折れとらんのが、せめてものもうけじゃな、ひょ」

 負傷したが、焦りはないようだった。

「なあ、すまんがのう、竜払いのにんさん」

 彼が目に目を向けてくる。あいかわらず、笑ってない目だった。

「ヨルさんや」さらに、あらたまって名前で呼んできた。

「はい」

「わしと一緒に、上まで来てくれんか」

「うえ、ですか」

「これを火山口のなかに投げて捨てる必要がある」言って、彼は依頼人から預かったらしい、小さな箱を見せた。「足がこうなってしもうたし、のぼるのを手助けしてくれんかのう」

 そう頼まれた。

「わかりました」

 おれは許諾した。

 それから彼を先頭にして、頂上を目指す。基本的にはひとりで歩けそうだった。けれど、さすがに手を貸さなければ難しい場面もあった。

「この山は、むかしから許された者しか入れん仕組みなんじゃ、特別な順路を知らんと上まではゆけん」歩きながら彼がそう教えてくれた。「ちなみに、おぬし今回特別じゃから」

 説明されながらのぼっているうちに、周囲がだんだん熱くなってきた。肌に熱した鉄を近づけられてくるような熱を感じる。そして、空気もまた熱い、下手に呼吸すれば肺が火傷しそうな気がした。

「ここから投げ捨てる」

 やがて、ノウザックとともに、火山口の縁まで来た。溶岩は遥か遠くの眼下にあって、赤く踊っている。けれど、このあたりが、人間が近づける限界だった。それに、長居も不可能そうだった。汗が出ているらしいが、すぐに蒸発してしまい、逆に汗をかかない。

 未曾有の体験をしつつ、火山口をのぞきこむ。遥か眼下に、赤い溶岩が見えた。

 けれど、手前の崖もそれなりに距離がある。たしかに、ここから、ぽん、と落としただけでは、手前の崖にひっかかる。溶岩に落ちるように遠くへ投げる必要があり、手を負傷していては、むずかしそうだった。

「ぬし、今日だけ特別同業者扱いして、見せるぞ」と、ノウザックは箱の中を見せた。「金持ちの奥さん、昔の恋人からもらった、最近もらった宝石付きの指輪じゃ、宝石は硬いから、壊して証拠院隠滅もできんのだ」

 教えてから、ノウザックは箱を投げた。うまくいって、箱は溶岩の方へ落ちていった。

 きっと、溶岩でとけただろう。

「たすかったぞい」彼は礼を口にした。それから「さあ、戻ろう。ここは人間が留まるには制限時間のある場所じゃしのう、ひょひょ」といって、来た道を引き返す。

 おれも引き引き返そうとした。そのとき、外套についた袋に、なにか違和感を覚えた。

 手を入れて、確認してみた。すると、種が入っていた。

 そういえば、いぜん、どこかで外套の袋に入れた種だった。そして。そのままずっとここに入れていた。

 指につまんで目視する。種がわれて、発芽している。

 小さな緑の葉が出て来ていた。

 しかも、小さな葉と茎がすわすわと動いている。

 まるで生き物のようだ。そう思い、じっと観察してしまう。けれど、ふと、気づいた。種から伸び始めた根が、おれの指先に絡みついて来る。

 とっさに種を指から剥がす。根が、皮膚に少し食い込んでいた、剥がすとき、ばりばりと紙がやぶれるような音がした。

 発芽した種は足元へ落ちてしまい、石の合間に入って、わからなくなる。

 なんだ、急に。溶岩の熱で刺激され、発芽でもしたのか。そんな植物の種などあるのか。

 そもそも、あれはいったい何の種だったんだ。気がかりだった。けれど、あまりの熱さに、もう、ここに留まっていられなかった。

「なあ、戻るぞい」

 ノウザックも呼んでいた。

 おそらく、虫の卵かなんかだったのだろう。頭のなかで、そう片付け、ノウザックの後を追って下山した。

 そのまま山をくだって、村まで戻った。彼とは、そこで別れた。

 そして翌日の朝、おれは、ふたたび、火山口までひとり引き返した。道順は一度来たから覚えていた。

 どうして種のことが気になった。やがて、頂上まで戻った。あいかわらず、火山口から赤い溶岩が見える。

 そして、昨日、種を落としたあたりに木が生えていた。おれの背丈ほどの木だった。もしかして、溶岩の熱で発芽して、一晩でここまでのびたのか。

 その枝に親指ほどの大きさの白い実がひとつなっている。実は何か、虫のさなぎのようにも見える。

 そして、その実は竜の形をしていた。さらに実のまぶたみたい部分が、かすかに動いた気がする。

 木には他にも小さいが実がなっている。

 ああ、そうか。しらなかった。

 木に実になって、ふえるのか。

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