いまここにつかう(1/6)

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 ある男に、こう言われたことがある。

『私がいなくなったこの世界で、貴方は私に再会するかもしれません。その時は、今夜のように、お付き合い願えればと思います』

 あのときも、こうして夜に一人で食事をしているときだった。あの男は、ふわりとおれの前に現れた。

 急にその記憶が蘇る。呼吸を忘れていた。

 息をすって、椅子の背もたれによりかかった。

 竜払い終え、町に着いた頃には、すっかり夜になっていた。食事を出せる店もほとんどない時間帯だった。数件をめぐり、食事が出せる店をみつけることが出来た。頼めたのは、煮込みすぎて味の整いを失った料理だけだった。

 口に運んでいた。そして、思い出していた。

 男の名前はたしか、サイザンといった。読書教会の人間らしい。

 あれから、あの男はおれのまえに現れていない。あの夜、あの男は、じぶんにはもう余命がもうないといっていた。

 もう、あれから時間が経っている。あの後、サイザンがどうなったのかは知らない。ただ、やっかいなのは、あの男が嘘をついているように聞こえなかったことだった。そのせいか、あの夜のことは、つねに意識のどこかに、とげのように刺さって残っている感じがあった

 そして、この夜、不意にうずいた。

 あの男はこうもいった。

『竜がいる限り、人はこの世界の脇役の生命でいる』

 はたして、あの言葉は見逃していいものなのか。

 料理を口に運びながら考え、ぼんやりと店の中を見る。ほかの客はいなかった。

 ただ、作業のように食べる。ふと、その男を考え、料理に集中ができない。

『竜がいる限り、人はこの世界の脇役の生命でいる』

 ふたたび、その言葉を思い出す。

 こんな夜遅くに、ひとりで食事をしながら思い出すには、とても良い記憶とはいえなかった。煮込み過ぎてどろどろになった何かの料理を口へ運びながら、ひとまずこの記憶を頭から追い出そうとした。けれど、うまく追い出せない。

 つまり、質が悪い夜だった。

 どうしたものか。

 あぐねていた、そんなときだった。

 店に、新しい客が入ってきた。

「あ、ヨル」

 店に入るなり、彼女はすぐにおれを見つけた。見つけたといっても、客はおれしかいないので、わかりやすいまちがい探しみたいにnあっていたに違いない。

 弱い店の明かりでも艶を持って輝く黒い髪に、太い眉毛の下にある強い眸。腰にさげた短剣は、よく使い込まれている感じがある。

 彼女は店に入って来ると、一直線におれのいる席まで来た。

「ヨル」

「トーマシン」

 あいさつ代わりに、名を呼び合う。それから彼女は、周囲を見回し、一度、おれの真向かいの席を見て、それから隣の食卓へ座った。

 ほぼ背中合わせの席に座る。

 トーマシン、彼女のことは知っているが、よくは知らない。ふしぎな情報量の距離感の顔見知りだった。彼女は勇者を探して大陸中をめぐり、みつけた勇者と戦っているらしい。そして、勇者に負けたら、嫁ぐらしい。

 なんだんだろうか、それは。仕事なのか。

 ずっと気になっていた。けれど、まっすぐに聞いたことはなかった。しかも、ここまで、聞かなくとも、なんとなく、なんとかなって来た部分が大きい。

「それ、おいしいかい」

 と、隣の食卓からトーマシンが、はんぶん身体をひねって問いかけてきた。そこで「今日一日のこの店のすべてが煮込んである感じだよ」と、答えた。

 すると、彼女は淡々とした口調で「あてにならない感想を出しやがって」といった。

「この店はもうこれしかないよ」

「そうなのね」告げると、彼女はため息を吐いた。「しょうがないか、今日の勇者にはてこづったし。この時間になった、わたしが悪いんだ」

「今日も勇者を倒したの」

「うん、伝説の剣を持ってるって噂の人。行ってみたら、なんか、こう、それっぽい剣を持ってて、まわりに人あつめて、我をあがめよー、ってふうになってた。みんなを支配してる感じさ。お金とかもいっぱいとってたみたい。戦って、倒したけど」

 どういう状況なんだろうか。きっと、いろいろ割愛されて説明されていた。

 それから彼女は「とにかく、今日もわたしは勇者に勝った」と、つぶやいた。それから「じゃ、料理を頼む」と宣言してくる。

 べつに、おれに宣言する必要はないのに。その一言はいわずにいると、トーマシンは店の従業員へ向かって、手をあげた。

「注文、おねがいします」

 礼儀正しく店員へ伝える。

 やがて、店員がおれたちの方へやって来た。おれの注文をとった人とは、ちがう従業員だった。

 そして、おれは衝撃を受ける。その従業員の顔には見覚えある。

 耳まで覆う真っすぐで黒々とした髪を真ん中でわけ、切れ長の目の合間からのぞく瞳は青い。

 ただし、いつも持っている剣を、いまは持っていない。

 彼はおれが言うより先行して、おれへいった。

「友よ」

 ロウガン、彼だった。

 恐るべき剣の使い手で、なんでも真っ二つにする。一対多数の戦闘でも負けない、ばたばたと斬り倒す。むしろ、斬り過ぎる。そして、斬り過ぎたけっか、いつも問題を抱えている。

 そんな彼が、店で従業員をしている、完全に従業員の恰好で。

「ロウガン」

「友よ」と、彼はもう一度、それを言う。

 友よ。

 正直、その呼ばれ方は、すごく心当たりがない。この前に会ったときから、彼は急におれをそう呼ぶようになった。

 どこかで、頭をうったのか。

 そこでおれは「その呼び方に、すごく心当たりがない」と、正直に告げた。正直のままに。

「それで」ロウガンはこちらの発言を無視し、トーマシンの方を向いた。「なにをお頼みですか」

トーマシンは「この店でいちばんおいしいものをお願い」と伝えた。

「やってみましょう」と、ロウガンが答えた。

 おれが「あなたがつくるのか」と、訊ねた。

「いや」と、顔を左右に振られた。「俺は、この店では、注文をとるだけだ。注文をとることくらいしか、責任がとれないんだ」

「また、なにか斬ったら怒られるものを斬ったんですね」

「よくわかるな、友よ」

 ロウガンはなんでも斬ってしまう。斬れてしまう。優れた技術の持ち主だが、なんでも斬れるがゆえに、人生で不利な場面の陥ることが多い。

 そういう運命のひとなんだ。と、おれは思って、気にしないことにした。

「じゃ、この人とおなじものでお願いします」

 トーマシンがいった。見返すと、肩をすくめられた。

「かしこましました」ロウガンはそういった。「この命にかけて」

 よけいな一言を足してくる。いや、もしかして、彼なりの冗談だったのか。

 わからず、考える。

「冗談だったとして、微塵もおもしろくない」

 おれは考えたけっかを口頭で告げた。

 そのとき、ふたたび、店に訪問者が現れた。彼女は中に入って来ると、まっすぐにこちらへ向かいながら、被った外套を頭から外す。

 少し驚いた、彼女もまたおれの知っている人物だった。

 なぜか常に眼鏡に光がともっていて、その両目を相手へ見せない、明かさない。

竜払い協会の職員、カランカ、彼女だった。

 ふだんは協会の本部や支部、限られた空間で会う。けれど、例外もたまには会う。その例外で会うときは、たいがい、なにか特別なことがあるときだった。

 そして、いま彼女は、いつになく、神妙な面持ちをしている。

「ヨル」

 カランカはおれの名を呼んだ。そして、こちらが何かを言う前だった。

 彼女が目を眼鏡の向こうを見せた。

「たすけて」

 と、いった。

 彼女にしては、人目もはばからず、かなり稀な発言だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る