いるときく

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 依頼を受け、竜を払い終わる。そして、依頼人のもとへ向かい、完了報告をした。

 この町には宿屋がないらしい。陽もまだ高いので、今日中に山の向こうにある町へ向かうことにした。

 すると、依頼人がこういった。

「山の向こうへ行くなら近道がありますよ。この先に洞窟があります」

「洞窟」

「鍾乳洞です、地元の人間もよく使ってますよ。ずーっと山の向こうまで続いてます、貫通してて。洞窟は町で管理してるんで、なかに明りもついてますよ」

 依頼人は、さらに詳しく鍾乳洞の入り口の場所まで教えてくれた。

「まー、地元の人間しか使わないんですけどね。そこそこの段差があるんで、馬車とかは通れないし、なんせ、天然の抜け道ですから」

 快活に笑って、そういった。

 近道があるなら、それにこしたことはない。有益な情報をもらい「ありがとうございます、たすかります」と礼を述べた。

 やがて出発し、依頼人からやや遠ざかる。そのときだった。

「あ、そうそう、近道の鍾乳洞ですがぁ! もしかしたら、約一名、変な人と遭遇するかもしれませんが、ま、気にしないでくださいねえ!」

 そう大声で教えられる。

 洞口で変な人と遭遇するかもしれない。その追加情報を気にしないほうが無理だった。けれど、引き返して問い返す手間を惜しんで、手を振って返し、そのまま進んだ。

 道なりに進み、やがて、教えられた森の脇道へ入る。すると、崖の下に、ぽっかりと横長に開いた洞窟の入り口を見つけた。入り口周辺の地面を見ると、人が幾度となく踏み入った痕跡もある。地元の住民もよく使っている証拠だった。

 少し下り気味に進み、洞窟のなかへ入る。たしかに、洞窟のなかには、点々と光源が吊るされていた。油は節約しているのか、明りは小さいが、充分だった。なかはひんやりとしており、地面は濡れている。つねにどこかで、ぴとぴと、と雫が落ちる音がしていた。

 進んでゆくと、広い空間に出て、見上げると、天井にびっしりと鍾乳石が垂れていた。

 そして、そこに腕組み地をした、いかつい顔立ちの男がいた。歳は五十あたりか。

 目をつぶっている。

 洞窟が狭いので、どうしても、その男のそばを横切る必要があった。

 男は腕を組み、目を閉じて微動だにしない。しかも、洞窟のなかには、おれと彼だけである。

 いざとなったら、仕留めるしかない。息の根を止めるしかない。

 大きくそう考え、男のそばを横切る。それでも、人としての礼儀は怠らない。「こんにちは」

 すると、男が目を開いた。

 その目をおれに向ける。

「もしや、貴君はわたしの姿が見えるのかい」

「いいえ」

 そう答え、おれは通り過ぎる。

 追いかけて来たら、やはり、仕留めるしかない。葬るしかない。

 そう決めたが、男は追いかけてこなかった。

 よかった。洞窟の治安を乱さずに済んだ。そう思いながら進む。すると、また、そこに人がいた。

 外套を頭からかぶり、石にこしかけている。丁度、頭の頂点に、天井から落ちる水滴が落ちていた。

 今回もまた、すぐそばを通り過ぎるしかない。そこで「こんにちは」と、挨拶をして通る。

 もしものときは急所を打つ構えはあった。躊躇すまい。

 すると、外套の人物が顔があげた。そして、おれの顔を見て驚く。

「はっ」として、それから「も、もしかして、わたしはふたたび過去の世界へ戻ったのか!」そう言い放つ。

「さあ」

 おれはそう答え、先へ進んだ。

 追って来たら、足払いをする準備をしていた。足を砕く勢いの足払いをするつもりだった。けれど、相手は追ってこない。

 それでいい。心でうなずき、そのまま進む。これは外れの抜け道なんだ、駄目な仕上りの抜け道なんだ、しかたない。とじぶんに言い聞かせた頃、三度、そこに人がいた。

 気難しい顔をした面長の青年だった。白衣を着ている。彼は岩壁一面に何か白墨で書いている。なにかの数式かだろうか。長大過ぎて、なにかはわからない。

 そして、やはり、彼のすぐそばを横切らなければならない。

 壁に描き続けている青年へ向け「こんにちは」と、おれはいって、通り過ぎる。

「はい、こんにちは」

 と、返された。

 ふつうだ。ふつうだったぞ。

 安心して、進んでゆくと、青年が追いかけてくる。

 やはり、やるしかないのか。

 そう考えていると、青年が「あっ、あの!」と、あたふたしながら顔を指さして来た。

 なんだろうか。

「計算の結果だと、貴方がこの洞窟に現れる変な人です!」

「はい」

 即答して、おれは一礼し、先へ進んだ。誇りや誤解などは、放棄である。

 それに、変な人らしき、人から、変な人ですかと問われて、はい、と迷いなく答える人もまた、変であるといえるので、しかたない。

 じぶんのなかの出口を見つけた頃、洞窟の出口も見えた。光がある。

「まあ、運が悪かったと思うしかない」

 けれど、最終的にそれにした。

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