じぶんからきた

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 大陸内の竜払いの依頼を、適切な竜払いに割り当てる。竜払い協会は、その大きな役割を持った組織である。

 その日、協会本部の職員であるカランカに呼び出された。彼女は若くして、協会内である地位を隠した人物であり、掛けた眼鏡は、なぜか常に光が反射しており、その肉眼は稀にしか見ることができない人物だった。

 彼女はおれを連れ、本部の廊下を歩きつつ「ヨル、本日は相談があります」とはきはきとした口調でそういってきた。

 いっぽう、彼女はおれを案内しながらも、行き違う職員へ小さな挨拶や会釈をかかさない。相手の年齢層も、立場も無関係にやっていそうだった。

「相談」

「はい」カランカは歩きながら顔半分を向け「相談です」と続ける。

 いつものように、明瞭な発声だった。

 そして、相談の内容を問い返す前に、彼女はある部屋の扉の前で足を止めた。そして、鍵を解除し、扉を開く。その部屋は備品置き場のようだった。ひとつしかない窓はしめきっているため薄暗い。その薄闇のなかにひっそりと沈むように、厚紙で出来た箱が置いてあった。

「どうぞ、お入りください」カランカがそういって、さらに続けた。「扉は完全に閉めて」

 おれが扉を閉めると、一瞬、部屋が真っ暗になり、けれど、カランカがすぐに窓を開けた。

 やわらかい日差しが部屋に入って明るくなる。

「極秘計画があるのです」

 と、カランカが言い出す。

 それはまたどうしたものかと思いつつ、とりあえず「はい」とだけ反応しておいた。

 すると、彼女は部屋に置いてあった箱をがさごそと開けだす。

 箱の中から何を取り出すのだろう。つい、気になって、のぞき込みそうな態勢になりかけて、背を戻す。

「じつは」と、カランカが箱を開封しながら言う。「制服を考えているのです」

「制服」

「はい、竜払いのみなさんに、そろえて着ていただけるような、制服を。近年、読書教会のように。竜払い協会としても、公式なものを用意すべきではないかという議論があがりました」彼女はやや、開封に手こずりながらしゃべる。「個人的な見解をのべますが、竜払いのみなさんが、そろえて制服を身につけるという案には、わたしもそれなりに有益なことがあると思っています」

 がさごそ、がさごそ、と音をたて、箱のなかへ両手を入れて動かし続けていた。

 なかなか取り出せないらしい。

 そのがさごそ、がさごそ、って音、まるで虫みたいな音ですね、甲殻類系の虫が動く音とか、あるいは、ざるで豆洗っているみたいですね、波の音みたいに聞こえますね。

 と、言いかけてやめておいた。黙っておく。

「今朝、その制服の試作品が届きました」

 カランカは相変わらず、眼鏡に光を反射させている、その肉眼を見せない。ただ、いまは眉間にしわを寄せていた。

「ですので、ぜひ、ヨルさんには届いた制服の試着のご協力をお願いしようと思いまして、今日ここにお招きしたのです」

「なるほど」おれはうなずいた。「つまり、人体実験みたいなものですね」

「人体実験ではありません」

 正面から否定してくる。

 次の瞬間。

「っと、これです」

 カランカは、箱の中から制服を勢いよくひっぱりあげる。

 淡い紺色を基調とした服で、袖や端にふわふわとした白い生地がついている。結婚式にも、友人の誕生日会にも着てゆけそうだったり、そして、ある種、ちょっとした姫の装いに達している。

 そして、どう見ても基本的には、若年層の就労未満の世代が学校に通うための制服の形態をしていた。

 いや、学生服そのものだった。しかも、彼女がおれに着ろといったのは、女学生用と思しき仕様である。

 カランカは取り出せた喜びの際に開けた口のまま、その制服を両手に持ち上げて動きをとめていた。

 一瞬、気絶でもしているのかと思った。

 そこで訊ねた。「学生服なんですか」そして、重ねた。「おれは学生ではないですよ」

 教えておく。

 彼女はまだ固まっていた。けれど、やがて淡々とした口調で「どうやら、発注先が中身をまちがえたようです」といった。

 でしょうね。と、思い、うなずきをみせておく。

 すると、カランカは手にした服をじっと見始めた。それからおれへ視線を向ける。

 いつもなぜか光の反射させている眼鏡の向こうから、彼女の両目が見えた。

 そして、目で問いかけてくる。

 ヨル。

 でも、いちおう、あなた、これ着てみますか、記念に。

 と。

 目だけで、そこそこの文章情報を伝えてきた、気がした。

 おれは考えから「大きさが」と肉声で伝えて返す。

 すると、彼女は目で、ふふ、いいえ、いいんですよ、という感じで伝えて来た。なぜか、こちらの許すような立場の雰囲気を放ち、それから顔をやわらかく左右にふった。

 それからカランカはふと眼鏡を反射させて「たいへん、申し訳ありませんでした」と謝罪した。「わたしはこれから、この失敗を反省しますので、しばらく、この部屋で一人にしていただけませんでしょうか」

 そう告げてくる。

 ああ、きっと、あれである。生地の強度とか確認しているし。

 じぶんで着てみる気だ。

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