きょくげいが
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
意図する場所に竜を払うことは可能だ。
気絶しそうなほど高い技術がいるけど、できる。とはいえ、竜払いでも、極めて限られた者ができ、誰でも獲得できる技じゃない。
それが伝説だとさえ思っている竜払いもいる。まず竜を払うことそのものが、ひどく困難なことだし、ましてら狙った方向へ竜を追い払い、さらに狙った土地へ配置するなど、不可能だと思っている。
けれど可能だった、おれはできた。他にも出来る者はいるが、その数はきわめて限られている。人に教えて誰にでもだって再現可能な技術でもないし、数限りなく竜をと遣り合ったところで、生涯会得できないことの方が多い。いや、別件のはなし、竜払いのまま生涯を終えない者の方が大半だった。なにかしらの理由で、多くがいずれ竜払いから降りてゆく。
できるできないは、きっと、竜とのその人間との相性が大きい。これは、おれの感覚の話だけであって、何の確証もない。経験の組み合わせもあると思う。
根本的なところ、人は竜が恐い。たとえ、人が竜へ間違えて攻撃を与えたとしても、竜は怒り、口から吐く灼熱の炎で世界を滅ぼしにかかる。飛躍していえば、竜のそばでは、人は大規模な戦争はできない。やれば、戦争している者同士が、もろとも竜に滅ぼされる、国も歴史も灰になる。
そして、かりに竜を意図する場所へ定期的に配置できれば、人同士の戦争を抑止可能な、微調整する装置となる。
もっとも、そんなことをしなくとも、けっきょく、竜がいるだけでまず争いの抑止にはなっていた。竜はどこにでもいる、なので、人はこの惑星を好き勝手改造でいない。
とはいえ、この狙った場所への竜を払う方は、滅多にはやらない。けっきょく、曲芸に近いことになるからだ。むしろ、竜の仕留め、殺すよりも遥かに難しい、命懸けになる。それに、狙った方角、位置へ飛ばしやすそうな竜を見極めることも必須だった、事前の調査も重要になる。
かなり特別な依頼でしかやらない。それに、そもそも竜はとりあえず払えば、受けた傷を治すため、ぜったいに人から遠く離れた場所へ向かう。依頼した人たちからすれば、いますぐこの場から竜がいなくなりさえすれば、それでよかった。生活を取り戻せる、払ったあとの竜がどこへ行こうとかまわない。
曲芸は必要なかった。
おれは、しばらくそれをやっていない。ここのところ、ただ、竜を払っていた。
いまいるこの土地では。竜を払って欲しいという依頼が絶えない。それで、ずっと、追い払い続けていた。
こうして背負った剣を重く感じるのは、蓄積した疲労のせいだろうか。竜払いとして生きて来て、ここまで立て続けに竜を払ったことはなかった。さながら、理不尽な修行をしているにちかい。
そんな日々の末端である今日。
おれはとある町からの依頼で竜を払いに向かった。町の中心部にある、高い記念塔のそばに、竜が現れた。記念塔は見上げると、首が痛くなる高さで、町の三階建ての建物よりも高い。
依頼主である町長の中年女性は言っていた。
「この塔は、町の人々の、いわば心の支えですわ」
背の高い女性だった。
おれの頭上で、しみじみと語っていた。
で、その後、おれは町の中に出現した竜を払いかかる、幌馬車一台ほどの大きさの竜だった。
で、なにも意識せず、払った。
竜は翼を大きく広げ、飛び立ち、空へ還ってゆく。
そして、方向と、竜の飛び立たった角度、上昇の速度から、おれは理解した。このままでは、竜は途中で記念塔のてっぺんへ激突する。そうなれば、塔は破損である。
あの塔は町の人々の、いわば心の支え。
だめだ、大事件を生産してしまう。
と、思っておれは走り出す。飛ぶ竜より早く、地を馳せ塔の入り口に来た。塔の扉をあけて、中へ入る。のぼる手段は梯子しかなかった。おい階段じゃないのか、ええい、この手抜き工事め、などと心の中で自由に愚弄しながら梯子に両手をかける。それから、猛然と梯子をのぼる、木を栗鼠のようなちょこまかとした動きを駆使する。塔は高く、梯子も長かった。それを一気に登った。頂上の見晴らし台につくと、もう、竜がそこまで迫っていた、もう、塔へぶつかる。その直前、背負っていた剣を鞘から抜いて、見晴らし台の先から飛んで、空中で竜の身体の上へ着地した。地上は遥か下だった。竜に剣で刺激をあたえ、その後、すぐに飛んで離れて、塔の見晴らし台へ不完全な態勢で着地した。
そうして、刺激を受けた竜は飛ぶ方向を変え、塔には激突せず、そのまま町の上空を通り過ぎ、彼方へ飛び去って行った。
おれは塔の上でに座り込んで、呼吸が整うのを待つ。
ひさびさにやった、曲芸だった。
しかも、あまりにひさびさ過ぎて、芸が荒れていた。
そして、高い場所から空を眺めながら、茫然を過ごした後で「そうか、まだやれるか」と、つぶやき、剣を握ったまま立ち上がった。
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