そらへかえすということを(1/3)
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
曇りの日、東へ向かって歩いていると呼び止められた。
「ヨルさん」
彼女は仮面の下からこういった。
「せかいの一部を救いますよ」
決定事項で放ってくる。けれど、ふしぎな攻撃力もある。
彼女は、いつも鳥の嘴のようなものがついた仮面を被っている。小柄だった、少女なのかはどうかはわからない。
こちらがきょとんとして見返していると、やがて、彼女は「ね」といった。
彼女を名前はハンターといった。少し前、おれに牛乳をくれた人だった。なぜか、怪力で、なぜか、人助けをよくしている。
素顔は見たことがない。
ね、と言った時、おそらく、仮面の下で片目をつぶってみせた。
話は少しへ戻る。
おれはいま西へ向かって旅をしていた。けれど、そのときは東へ向かっていた、竜 を払うためである。とある町の広場に現れた竜を払ってほしいという依頼を受けた。
ひとは、竜が恐い、竜が近くにいると、心が不安定になり、生きづらくなる。
ところが竜は倒すのは難しい、なにしろ強い。大きいやつは二階建ての家ぐらいあるし、小さい場合はねずみほどの大きさのもいる。そして、どちらにしても種類の違い厄介さがある。
そのうえ、竜はひとが、ひと戦うための武器で攻撃すれば、怒り、他の竜を呼び寄せ、群れになる。空を覆うほどの数で飛んできて、口から吐く炎で無差別に世界の破壊を開始する。しかも、竜は不用意に攻撃できない。例えば、鉄で出来た剣だとか、火器だとか、銃火器に至っては、竜を狙わずとも竜の近くで使えば、竜はやはり怒り、群れとなり、人を攻撃する、町を焼く、今日までの人の歴史を消し去る。それで何度も、似たように世界は滅びていた。
世界に竜がいる。竜はこの星のどこにでもいる。だから、人は火薬を仕様する武器を持てない。竜がどこにいるかわからないにで、竜を攻撃する気がなくとも使えば、世界が滅びる可能性がある。人間同士の大規模も戦争もできない、まちがえて竜に攻撃が当たれば、やはり、滅びる。
とにかく、竜はどこへでも現れる。きっと、竜がひとの世界にいるのではなく、ひとが竜の世界にいる。ただ、竜はひとが手を出さなければ、向こうからは攻撃はしてこない。特例はあるが、それは稀も稀だった。
ただし、竜は竜の骨で出来た武器で攻撃すれば、怒りはするが、無差別な破壊は行わない。口から吐く炎で、すべてを焼き尽くさない。なぜかは、誰も知らない。そして竜は一定の傷を負うと、飛んで空へ還って行く。竜は倒すのは難しい。けれど、払うことは、まだ、倒すよりは難しくいない。それでも命懸けではある。
むろん、竜を倒すことそのものがとてつもなく難しいので、竜の骨も希少になる。大量生産は不可能だった。竜払いになるためには、この竜の骨で出来た武器を手に入れることが必須だった。仕留めるにしても、小さな竜だったら、なんとかなるが、剣をつくれるような骨を持つ、大きな竜となるとそうはいない。
ゆえに、竜の骨で出来た武器は、希少である。
いっぽうで、おれが背負っている剣は拾った剣だった。希少なものも、ときどき、この世界には落ちていることはあるので、油断でいない。
やがて依頼があった町へ到着した。すぐに町の代表の男性に話を聞き、竜が現れたという広場へ向かった。ところが竜の姿が見当たらない。人々が退避して、無人の広場があるだけだった。聞いたところによると、竜は猫ほどの大きさだったらしい。竜はさっきまで広場にいたが、いなくなってしまったらしい。そう話す関係者の町の人は、不安そうで、落ち着きがなかった。
けれど、竜を感じていた。
まだ、竜はここにいる。
姿が見えなくとも、竜は近くにいるだけで、他の生命体の精神へ影響を与える。原理は不明だった。
相手は猫ほどの大きさの竜。存在を感じるが、姿は見えない。
この竜を感じる、というのは、幾度となく竜をやり合ってきた竜払いなら、たいていの者は会得できる感覚だった。竜が近くにいると、わかるようになる。とはいえ、隠れている場所まで完璧に察知できるほどでもない、精度はおおざっぱではある。
いる。ただ、いる、とわかる程度だった。それに、会得するまえに、竜払いという生き方を降りる者もけっこういる。
広場には竜の姿が見えない、竜が出現した影響で人もいない。
猫ほどの大きさの竜が隠れられそうな場所はいくつかる。植え込みの中、無人の露店の裏、建物隙間、などが散見できる。
こういうときは、竜の骨で出来た笛を吹く。竜笛を使う。
この笛を吹けば竜には不快な音でも出ているのか、竜をおびきことが出来る。ただ、竜が怒って、こっちへ向かって来るという副作用があるが。
背負った剣は鞘に入れたまま、竜笛を吹く。
すると、近くの家の煙突の後ろから、猫ほどの大きさの茶褐色の竜が姿を現す。
その竜を払った。
竜が空へ還って行く。
「ヨルさん」
そのすぐ後だった。ハンターが現れたのは。
あいかわらず、鳥の嘴みたいなものがついた仮面をつけている、見上げてくる。
そういえば、ここは彼女とはじめて遭遇した町だった。けれど、ここのところ、竜を払う依頼があまりにも連続で請け負い過ぎて、過ぎて、すっかり忘れていた。ずっと疲れていて、疲れている状態が続き、いつしか草臥れているのが通常の状態になってしまい、もはた、疲れていることが認識できなくなっている、と頭ではわかっているものの、やはり、認識できない。
延々と落とし穴に落ちているみたいな感覚、とでもいうべきか。
で、それはそれてとして、ここは来た事がある町。
彼女がいる町だった。
そして、彼女はいった。
「せかいの一部を救うよ」
いって、きっと、彼女は仮面の下で、片目をつぶった。
ような気がした。
疲れているせいか、仮面の目部分が、動いているようにみえた可能性がある。いずれしろ、なにかしらの末期かもしれない。
でも、耳には残った。
せかいの一部を救うよ、と、彼女はいった。
ただ、わるいけれど、彼女にそう言われ、まず、なに、となった。小さい竜とはいえ、竜とやりあうのは、命懸けだった。その直後であり、どうしても無意識の部分は猛っていて、うまく反応できなかった。
「牛乳を」そしてハンターはいった。「またいっぱい、おごります」
また。
そう、いぜん、農家へ直接牛乳を買いに行ったら、彼女が家の中から現れ、牛乳をおごってくれた。
思い出しながら、見返す。すると、彼女はいった。
「これは、ヨルさんを救う話である」
なにか妙なことも追加発言してきた。
場所を町の食堂へ移した。
それが現時点である。
依頼を終えると昼時だったし、ハンターのおごりと件とは無関係に、食堂へ入った。そこで、牛乳を使った暖かい料理を注文した。
おれの無許可のまま席の向かいの座った彼女は「ヨルさんへ、牛乳をお願いします」 と、自動的に牛乳を頼んでくれた。
ことわる隙はなかった。
この仮面の娘は、できる。
いっぽうで、ハンターはいちご水を頼んでいる。やがて、毒々しくも真っ赤なそれが席へ運ばれて来る。仮面をつけたままだったので、どうするのかと思っていると、 彼女は懐から筒状になった草の茎を取り出し、それを仮面の下へ差し込み、いちご水を吸い出す。
血を吸っている、虫みたいに見えた。
怪人の完成だった。
ひとしきりいちご水を吸ったハンターは「あまいは、あまい」と、微塵の深みのな い感想をつぶやき、仮面越しにこちらを見た。目の部分に穴があいているようには見 えない。仮面の相手と、真正面から向き合っていると、だんだん、奇怪な業界の面接 官に面接されているような気分になった。
ハンターが仮面の角度をあげた。
「えー、わたくしは、ですね」むしろ、向こうが面接される側みたいに話はじめる。「生きている間、人を助けたいと思っています」
そう話す。
生き様の発表であり、単位の巨大な願望をぶつけられた。面接する側としては、とうとつにそんなことを言われ、かなりの負担になりそうだった。
落すか。
と、考えていると、彼女は続けた。
「とにかく、人を助けたいのです」
重ねて発表する。おしてくる。
おされた方は「そうか」と、しか答えられなかった。で、おれはその後、料理へ手をつけた。
「ええー、ですので」ハンターは面接される側の感じを継続してくる。「この度は、巨大な計画を実行すべく、ご協力をお願いしたいのです、ヨルさん」
といって、彼女はいちご水を、草の茎で吸う。
ふたたび怪人感の濃度が増す。
どういう緊張感で聞いていのかわからないので、そのまま沈黙を駆使して聞いてみることにした。
けれど、精神に手を抜いていたせいか「地下迷宮をどう思いますか」と、不意にその話をされ、虚をつかれた。
彼女を見る。
向こうは仮面越しに見ている。
「地下迷宮のことは、ヨルさんも知っていると思います。さいきん、この土地に出現した地下迷宮です」
その話は聞いている。このあたり土地をうろついていれば、いやでも耳に入る話だった。
地下迷宮が出現した、その話は。
そして、そいつの出現が、おれのこの旅の進捗を阻んでいる理由となっている。
ハンターは続けた。
「ある日、いきなり地下迷宮の入り口はこの土地に現れた。中には、高く売れる宝ものがいっぱいの、なぜか、そんな夢の地下迷宮が現れた」
とうぜん、彼女の話すことも、いろんな場所で重複して聞いていた。とにかく、ある日、地震だったか、台風だったかで、山が崩れて、地下迷宮の入り口が現れた。そして、中には宝だらけである。宝といっても、正体不明な品々らしい。
「みんな、地下迷宮に夢中さ」と、ハンター。
何かの宣伝文句みたいな言い方だった。
「みんな、夢中さ地下迷宮」
べつの言い方もしてきた。
それはちょっと欲張ったな、と思う。
おれは食事を続け、彼女は話を続ける。
「この地下迷宮はどうしてだか、宝を求めて中に入る、人たちの他の、竜も入ってしまいます。なぜか、竜がおのれから地下迷宮に入り口に、すいすいと吸い込まれてゆくのです、すぽん、すぽん、地下迷宮へ入ってく」
その話も聞いていた。
竜が自発的に地下迷宮へ入り込む理由は知らないが、ひどく気にはなっていた。
ハンターは続ける。
「いまでは地下迷宮には竜がいっぱい入り込んでいます。でも、宝もあります。宝があっても、中に竜がいるので、かんたんに迷宮には入れない。そういう感じを逆手にとって、げんざい、このあたりで活動していた、いわば竜の専門家でもある竜払いの人たちの多くが、地下迷宮へ宝を探しに潜ってしまっております。竜の専門家だから、竜に対処できるので」
その件も聞いていた。
けれど、たとえ、竜払いだからといって、うまく対処できるかは懐疑的だった。地下空間で竜と遣り合うのは、とてつもなく危険だった。けれど、地下迷宮で獲得できる宝というのは、どれも地上では高価でやり取りされるとも聞いた。となると、高い危険と引き換えでも、やる者はいるだろう。
「よって」と、ハンターは言う。「このあたりでは、竜が現れても、竜払い不足で竜が払えず、みんなが困っています、竜が出ないと、牛も牛乳が、ふわ、としか出なくなっています。あと、竜払いじゃなくても、とりあえず地下迷宮に挑みにゆく人たちも続出です、畑をほったらかしてゆく人もいて、よもや、竜払いだけではなく、どこに人手不足に陥っておるのです」
竜払い以外も人手不足、地下迷宮の影響で。
それも少し聞いていた。
「そこでわたくしは、調査を開始しました」ハンターはしみじみとした口調でいった。「自発的に」
おれは、つい「調査を開始してしまったのか」という言い方をしてしまった。
「はい」
と、彼女は返事を挟んだ。
「調査の結果、みつけました。せかいの一部の救い方」
また「みつかってしまったか」という言い方をしてしまう。「そうか」
「地下迷宮の正体もわかりました」
わかったのか。
「地下迷宮は美術館だったです」あっさりといった。「中は天井と床が逆さまで、まるで空から逆さまになって地上に落ちて、そのまま地面に刺さったような、美術館なのです」
空から落ちて来た、美術館。
「地下迷宮の正体が美術館であることは、みんなもう知っていることですが」
そうなのか。
「でも、ヨルさんは、知らなさそうだったので説明を」
ああ、それはどうも。
「情報弱者そうなので」
ああ。
うん、どうも。
けれど、しかたがない。ここ最近は、竜を払ってばかりだった、外界の新鮮な情報を取り入れていない。竜を払う日々をこなすのに躍起になっていた。
美術館。
地下迷宮は、さかさまになった美術館。空に飛んでいた美術館が、地面へ落ちて、地面にささった。その後に、山が出来たか。
子どもの頃聞いたら、夢のある話だった。
いろいろ経験した二十四歳の時点で聞くと、気が滅入る話だった。
「そんなこんなで」
と、ハンターはまるみを帯びた仕切り直しを入れた。
「話の続きとなる、後半は現場で」
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