とおまわりたいさく
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
輝く黒い髪に、太い眉毛。
その下には強い眸がある。トーマシンの外見は、ひとめをひく、目立つ。聞いていないが、歳はきっと、おれとそう変わりそうにない。
そういえば、以前、通行人の男が彼女を凝視したまま歩き、そのまま壁にぶつかった場面を目にしてことがある。
べつの言い方をすると、見つけやすいともいえた。
おれは日々、竜を払うために、大陸各地へ移動する。そして、彼女もまた、諸事情あって、大陸各地を移動していた。
その日、いつものようにとつぜん彼女と遭遇した。昼間、とある町の路上だった。
路地裏から何者か飛び出してきた。トーマシンだった。
彼女は黒づくめの男に追われていた。
とたん、トーマシンは身体をくるりと反転させると、走って来たその男の腹部に肘打ちして仕留めてしまう。いっさいの危なげもない返り討ちだった。
走って来たところを攻撃された黒づくめの男に与えた損傷はかくじつに高く、相手はその場に膝から地面へ倒れた。
そして、トーマシンはその場で言い放つ。「よし、勇者じゃなかった」
満足げだった。
彼女が誰かと戦っている場面にもよく遭遇する。
きけば、彼女は、勇者を探し、大陸各地を移動し、みつけた勇者と思しきその人と戦い、負ければその人のもとへ嫁ぐ決まりらしい。そういう仕組みの家系だといっていた気がする。くわしくは、よくしらなかった。
そして彼女は強い。おれより遥かに対人戦闘能力が高い。
いま倒した黒づくめの人が、はたして、どこの、どういう勇者なのかは不明である。けれど、どうやら今日もまた彼女は勇者に勝ったようだった。
「あ」そして、彼女にみつかった。「こんなところに、ヨル」
問いかけながら近づいて来る。
周囲には野次馬が出来ていて、倒れた黒づくめの男を囲っていた。野次馬は口々に、黒づくめのその男は、この町のならず者であるようなことを言っていた。
なるほど、彼女はまた、勇者と無理矢理定義して、悪い輩をやつけたのか。
元気そうで、なによりだ。
そう考えていると、トーマシンは「なにしてるの」と、問いかけてきた。
「事件の目撃者になっている」そういって返してみた。
「あ、だいじょうぶだいじょうぶ、あれは悪の勇者だったし。だから、落ち着くといい」
「いや、そんなよくわからない落ち着かせられ方をされても、落ち着かない」
トーマシンは目の前まで来て立ち止まる。
腕組みをして、こちらを見上げて来た。
あいかわず、眉毛はふとく、眸は強い。整った顔立ちをしていて、高貴な感じもある。
「トーマシン」
「ヨル」
「あいかわらず、きみは戦ってるんだね。なにかと」
「え、ああ、まあね」と、いって、彼女は顔を横へ向けた。「といういか、今回はさ、不意打ちされたけど」
「不意打ち」
「ほら、時々あるでしょ、いきなり刺客から襲撃されること。で、逆にこっちが倒してしまう、みたいな」
「おれは竜払いだし、人と戦うことは専門外だ」
「え、でもさ」トーマシンは顔を前へ向けた。「あなただって、ある日、ある時、急に襲われたりすることあるでしょ。不意に攻撃されたり、で、そいつを逆にやつける、など」
「おれはなるべく逃げる」
「逃げるっていっても、じゃあ、いきなり路地裏とかから襲い掛かってこられたどうするの」
「あやしげな路地には近づかないようにしてる」
「ほう、じゃじゃあ、とつぜん、上から襲ってきたら。建物上からとか」
「いつも上を向いて歩くように心掛けている」
「しかも、上から投網みたいなので、ばざー、っとやられたらどうするの」
「がんばって回避する」
精神論である。
「ならならな、急に、複数の敵とかに、ずらずらー、って囲まれたりすることもあるんじゃないの」トーマシンは前へ出てきた。少し興奮もしていた。「で、そいつらがいっせいに、投網で、ばさー、ってやってきたらどうするの」
「漁師さんの集団と喧嘩している設定なのか、それ」
「で、けっきょく網で捕まって、なま魚を、なまのまま食べさせられたりするかも」
「設定そのものが奇怪過ぎて、おれの想像力では状況が脳内で再現できないぞ」
「すると、なま魚の匂いにさそわれて、隠れていた猫たちもいっぱい寄ってきて」
「設定に猫を追加された」
ただのつぶやいた。
「で、そのうち一匹の猫に、奇跡的にものすごくなつかれて」
「なあ、この会話に対して、そういう感じの思わぬ展開とか、いるかな。トーマシン」
「ああ、この猫をいっそ飼ってしまいた、この魅惑のしっぽのある生き物の全面的にお世話したい。でも、わたしは旅暮らし、猫は飼いたくても飼えない身分さ」
「原点に戻るけど、それ漁師さんたちに捕まりながら、なま魚たべさせられている状況なんだよね。猫への誘惑と向き合ってる余裕あるのかな、その時のおれとか」
「だから、あなたも気をつけた方がいい」
「気をつけ方がまるで見えてこないが、わかった」
理解を放棄してうなずいてみせると、トーマシンは歩き出し「よし、ごはん食べにゆく」と、いった。さらに「あ、で、そのあとは、あれよ、あれ。この町の猫たちと戯れる」と、そう宣言した。
その視線は、彼女がさっき出てきた路地へ向けており、そして、猫が数匹いた。
そうか、あの強引な話の展開は、猫が好きを伝えたがいためか。
なかなか大作な遠回りだった。
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