さっきのなぞより

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 人は、竜への恐怖を決して克服することがでいない。

 実感もある。おれは、これまで幾度となく、竜を払って来たが、竜の大きさにかかわらず、特殊な警戒感はいまだ濃厚にある。きっと、消えることはない。

 竜への距離感は、理性では越えられない場所にあった。

 そして、人以外の生き物もたいていそうだった。竜以外の生き物は、竜が怖い。だから、近づかない。

 それでも、おれは竜払いをやっている。いまでも竜は怖い。けれど、竜を払うことは、人には必要なことだった。いや、だからといって、竜払いを続けられていられるかっこたる理由にはなりもしないが。

 その日は、湖畔に現れた竜を払いに向かった。竜は静観とした森に包まれた湖のほとりいた。牛をひとわりの大きさにほどの竜だった。

 三日ほど前から湖のほとりの切株のそばに現れたという。湖ちかくの森の中には、豊かな花も咲き、子どもたちがよく遊びに来たり、ささやかな漁をしに湖に船を浮かべることもあると聞いた。人々が知らず知らずに竜に近づき、下手に竜へ接触すると、ひどいことになりかねない。

 竜はこちらから手を出さなければ、攻撃してこない。けれど、こちらから攻撃を仕掛けると、仲間を呼ばれ、群れになって、あとは口はら吐く炎で無差別に町を焼く。これまで、町は幾度も焼かれた。大きさに限らず、竜は怒ればそれをする。

 ただし、竜の骨で出来た武器で攻撃すれば、竜は仲間を呼ばない。いや、怒りはする。そういう性質を持っていた。そして、おれが背負っているのは竜の骨で出来た剣である。これで攻撃すれば、少なくとも、竜は仲間を呼ばないし、無差別に町を焼かない。

 そして、竜は竜の骨で攻撃を受け、少しでも損傷を与えると、飛んで空へ還ってゆく。

 致命的な一撃はいらない。血は流さなくとも、叩くだけでいい。ちなみに、おれの剣には、他の竜払いの剣みたいに、刃を入れてない。

 とはいえ、竜と遣り合うのは生命をかけるしかなかった。

 木々や茂みに身をひそめつつ、慎重に竜へ接近する。

 肉眼で竜の質感まで認識できる距離まで詰め、払いにかかろうと、背負った剣に手をかけたときだった。

 竜のそばにある切り株に、なにか、灰色の綿毛も山が見えた。

 ふくろう、だろうか。

 ふくろうだった。

 竜のそばにふくろうがいた。ぼんやりとした目をしてそこにいる。

 思わず、剣に伸ばしていた手をとめて観察に入る。竜以外の生き物は、竜を恐がるはずだった。

 けれど、あのふくろうは竜のそばにいる。落ち着て、微動だにしない。

 竜が恐くないのか。竜もふくろうを気にする様子がない。

 ひとたび、その土地に竜が現れれば、周辺の鳥たちはいっせいに羽ばたきどこかへ退避するし、家畜の牛は怯えて乳の出が悪くなったり、にわとりは卵を産まなくなったりと、影響は大きい。

 ところが、あのふくろうは竜の近くにいて、平然としている。

 もしかして。その可能性を想像して、やや血が沸いた。

 竜に対して恐怖を抱かない個体もいるのか。

 そう思いながら、ふくろうを見直す。やはり、まごう事なく、ふくろうである。

 もうしばらく観察していたい。けれど、竜を払わねばならない。ふくろうは、竜のすぐそばだし、あの竜を払えば、刺激でふくろうが逃げてしまうかもしれない。そうなれば、貴重な状態は消失してしまう。

 ひとりでかっとうしていた。どうにか、あのふくろうが逃げないようにして竜を払う方法はないものか。それ編み出そうとしたものの、けっきょくなにも見えてこない。

 とはいえ、竜が払うのが使命だった。おれは、剣に手をかけ、竜へ仕掛けにいく。

 そして、払い終えた。

 竜は空へと還って行った。

 剣を背中の鞘へおさめ、切株を見る。

 まだ、ふくろうはそこにいた。

 そばで、竜を払ってにげないのか。

 ならば、ためにしに。と思い、おれは森のなかを引き返しつつ、周辺に視線をめぐらせた。そして、花が咲いているいったいをみつけると座って、花を摘んだ。そして小さな花冠をつくると、ふくろうのもとへ引き返した。

 これをふくろうにかかぶせてもにげないか挑戦を。

 けれど、切株に戻ると、ふくろうの姿はもうそこになかった。どこにもいない。

 もはや、なぜ、ふくろうは竜のそばいて平然としていたのかを知るすべはなくなった、謎のままである。

 そしてまた、おれはなぜ、まず、まっさきに、ふくろうへ花冠をかぶせても動かないかどうかでためしてみようと発想したのかが謎だった。ほかに抜群の確認方法はあったろうに、なぜ、花冠でやろうとした、おれは。

 さっきの謎より、よりじぶんが謎だった。

 花冠を手にしたまま、湖畔にて。

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