おばけなし
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
その町には、夜にたどり着いた。町の各地には、ほんわりとした、さながら柑橘類みたいな色がともっていた。
どうやら祭り中らしい。あちこちの建物に飾りがしてあり、顔に何かを塗っていたり、全身、だぶだぶの白い布をまとった人々が、わいわいとたのしげに歩きまわっている。
露店も出ていた。そこで甘そうな麺麭を買いつつ、店主に訊ねた。「今夜はなにかの祭りですか」
「おう、そうだね」露店の店主は明るく答えた。彼も、顔に絵の具で何かを塗っている。「今夜は祭りさ」
「いったい何の祭りですか」
重ねて訊ねた。
すると、店主は「おばけ祭りです」といった。
おばけ祭り。
そう教えられた後で、町を見回す。祭りのなかを歩く人々は、やはり、顔にふかしぎな化粧を施し、だぶだぶの白い布で身体を覆っていたりする。
おばけ祭りか。
「このお祭りは、どういう経緯ではじまったお祭りなんですか。いわれとかがあるですか」
かるく気になって訊ねた。
「え」店主は、次の麺麭の仕込みをする手をとめてから「ああ、ええっと、あー」と、考えだした。
そのまま、あー、っという声で発して、ひとときが過ぎる。
「あ、いや、しらないなあ。おっ、そうだ、ちょうどいいところに」店主はそういって、視線をどこかへ向けた。「ちょっと待ってってくださいね。そこに町長がいますから、あの人に聞けば、そりゃあもう、わかりますぜ」
こちらが情報を求める前に、店主は動き出した。近くにいた、白髪の老人の元へ行く。
さほど離れた場所ではなかったので、会話の内容も聞こえた。「あの、町長、ちょっといいですか。なんで、われわれ、このおばけ祭り、ってやってるんでしたっけ」
「え」と、町長は固まった。そして「え、あー」と、彼もまた声を伸ばしだす。
これは雲行きが怪しくなってきた。きっと、当たりそうな予感がおれの中で発せられる。町長は、いまも、あー、っと言い続けている。
ああ、祭りの由来、知らないんだな。どこかでその情報が途絶えたんだな。
ならば、深追いはしまい。決めて、そっとその場を離れようとした。
「てか、だいたい」と、露店の店主が投げかけた。「おばけ、ってなんなんですか」
「おばけ」町長は、いったん受け止めた。「おばけはー、おばけだよ、きみ」
「しかし、町長ね。人類はまだ、おばけをしっかり定義したわけではないと思うのですが」
店主が話を手間のかかりそうな流域へもってゆく。
「町長、われわれはね、これまで、おばけ、なるものについて、しっかり考えてきたことがあったでしょうか」
疑問を持つことは重要である。
けれど、いまではない気がする。ここで根本を問うのは、めんどうしか生産しないだろうに。
「ねえ、町長、おばけって、なんでしょうか」
あなたという人もまた、なんでしょう、という感じは否めない。
「町長、わたしはね、正直こわいです。わたしたちは、おばけをよく知りもしないのに、こうして、大騒ぎし、祭りにしてしまっている」店主はおばけのかっこうした人々を見つめながあいった。「この光景は、にんげんの浅はかさによって出来てしまったものだと思うのです」
そう思うのは、むろん、勝手である。自由である。
けれど、その自由は、誰かの不自由を生産するしろものではなかろうか。
「なにもわからないまま、使い続けている。それが、わたしはこわい」
店主はうつむき、憂いある顔をした。その間に、露店には、新しい客がやってきて、長い行列が出来ている。
しかたがないので、おれは露店の中に入り、甘い麺麭を売った。さっき買ったので値段もわかっている。そして、完全な無償労働である。しかも、急に人気が出たのか、またたくまに麺麭は売り切れてしまった。
やがて、おれは露店から出て、一息ついた。そこへ腕組みをしながら悩み顔の店主が戻って来る。
「はっ!」彼はすっかり店先から消えた麺麭の在庫を目にし、わかりやすく驚愕した。「ぱ、麺麭がぜんぶがきえている、まさか、まさかぁこれはぁ!」
「人間のおれが売っておきました」
すかさずそう伝えておいた。
させるか。
おばけのせいと、思わせてなるものか。断固阻止である。
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