むいしきのみちびき
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
屋敷というべきか、まるで城だった。
広い敷地内に建っている、刈込も細やかな庭園もある。城みたいな屋敷は、三階建てで、強固な石積み風だが、実際は煉瓦で出来ていた。屋敷の端には塔のようなものもある。
どうやら、城が好きな人が建てた屋敷らしい。やや、童話的ごっこ、といった感じはあった。しかし、立派にはちがいない。
受けた依頼は、この城みたいな屋敷の屋根裏に入り込んだ竜を払うことだった。
扉を叩くと、使用人の十代後半あたりの女性が出迎えた。ほんわかした印象の小柄なひとで、白い髪留めをしているが、ぴよんと、触覚みたいに栗髪の毛先が飛び出していた。
「竜払いさんですね、おまちしておりました。だんなさまからお話はうかがっております。」彼女がしゃべると、触覚みたいに飛び出した毛先が、ふるふる、と震えた。「こんにちは」
「竜が出たのは屋根裏ですよ」
「ええ、聞いています」
「では、ご案内しますね」
使用人の女性はおれを屋敷のなかへ招き入れた。玄関を抜け、左右階段を望む広間へ足を踏み入れる。すると、ちょうど、屋敷の主夫妻と、二十歳前後の女性がいた。女性の方は、夫妻のどちらにも似ていている。おそらく、娘さんか、あるいは近しい親族だろう。
使用人の女性は三人へ一礼した後で「だんなさま、おくさま、お嬢さま。こちら竜払いさんです」と、紹介した。
おれも頭をさげると、だんなさんは、にこやかな顔で「ああ、よろしくね」と、いった。奥さんも、会釈をし、お嬢さんも、ちいさく頭をさげ、そして、屋敷の奥の方へ向かった。
いい人たちそうだった。
「あ、竜払いさん、屋根裏はこちらです」
使用人の女性に案内されて階段をのぼる。二階にあがると、長い廊下を歩いた。
廊下には大きめの彫刻がいくつもかざられている。どれも質はよさそうな品々だった。歩いる間、べつの使用人ともすれちがった。屋敷の大きさからして、使用人の数が少ない気もする。
「彫刻集めが趣味なんです、奥さまは」彼女が教えてくれた。「ひんぱんに配置を変えるんですよ、でも、いまうち、人手不足なんですよね。だから、わたしが運んだり。いやぁ、どれもかなり高いものだし、けっこう重し、運ぶって緊張するんです」
話ながら案内を続けた。そして、彼女に連れられ、そのまま三階への階段をのぼってゆく。
すると、わずかだが竜を感じた。事前に竜の大きさも話もきいてたし、屋根裏に入り込むくらいなので、さほど大きくはなさそうだった。
現場へ近づくと、使用人の女性は「あの、で、で、で、この先に部屋が屋根裏に続いてます」と、少し怯えて伝えてくる。
無理もない、竜は誰だって怖い。
「ありがとうございます」案内の礼を述べてから「さがってください」と告げて、屋根裏へ通じる扉を静かにあける。とうぜん、背負った剣をいつでも抜ける心構えはかかさない。
わずかに扉をあけてすぐ、竜がいるのはわかった。
その直後。
悲鳴が聞こえた、女性の悲鳴だった。それから、何が壊れる破滅音が鳴る。
ここから遠い場所だ。下の方からきこえた。
おそらく、屋敷の一階あたりか。
一度、扉を閉める。見ると、使用人の彼女も、見えない一階の方へ視線を向けていた。そして「な、なんでしょうか、いまの」と、おれへ聞いた。
「確認してきます」
そう告げて、おれは廊下を引き返す。すると、だんだん「やめろ!」だとか「落ち着け!」だとか、只ならぬ叫び声がきこえはじめた。
二階から玄関広間が見渡せる場所までやってくると、おれは身を屈めた。
玄関広間に三人の男たちがいた。ひとりは、立派なみなりをした二十代の男だった。手には短剣持っている。他のふたりは、わかりやすくならず者風だった。腰には剣をさげている。立ち姿や、剣の柄と鞘の消耗具合から、手練れの様子がある。
そして、身なりの一派な男は持ち出した短剣で夫妻と、お嬢さんへ詰め寄ってゆく。
事情は不明だった。けれど、どうにも、きつい状況なのは理解できた。
「ぐわっ」と、とたん、背後で喉を押しつぶしたような驚きの声がきこえた。「わ、あわ、お、お嬢たちが…」
わかっていたが、使用人の彼女も後ろからついて来ていた。彼女は、玄関広間の状況を目にし、全身と一緒に触覚のように飛び出した髪をふるわせていた。
「静かに身を屈めてください、向こうみつかる」
なるべく抑揚のない声でそれを伝えた。こちらの冷静さを少しでも、彼女へ与えるつもりで。
「へ、へい」彼女は、大工のような返事をし、うなずいた。それから聞く前に「あ、あの男のひとは、さ、さささ、さいきん、お嬢さんに結婚を強引迫ってる人で、で、で、で、そ、その、お金持ちではあるんでしけど、あの、あのののの」と、あとはしどろもどろだった。
「いいかげん、俺と結婚するんだ!」
と、立派な身なりの男が迫る。手にした短剣でそう迫った。
いったい、どういう神経なのだろうか。その怒り至った経緯は知らない。けれど、そんな脅迫の求婚で、望みの未来を手に入れられると思っているのだとしたら、死ぬほど厄介な人物そうだった。話はまず通じそうにない。
いっぽうで、男が脅迫に使用している短剣は装飾品も見事でかなり高価な品のようだが、刃に手入れは行き届いていない。あの短剣がこれまで脅し以外で使用された気配はなかった。
ただ、男が引き連れた。他のふたりのならず者風の方は、油断できそうにない。不敵な笑みを浮かべ、この光景を楽しんでいる。そして、血の味を知ってそう男たちだった。
「ど、ど、どうしましょう」使用人の彼女は呼吸を乱す。
「相手は三人です」おれは、また意識して淡々と告げた。「相手がひとりなら、そうですね、たとえば、ここから箪笥のひとつでも投げ落として上からぶつけてしまえば終わりです。けれど、それでひとりやつけても、こちらの箪笥攻撃の刺激で他のふたりが三人に危害を与えてしまう可能性がある」
「うううぅ」
彼女は悔しそうにうめいた。うめきに合わせ、髪もふるえる。
状況はよくない。数も多いし、振りだった。
ここは、ここぞという機会で勝負にでたいところではある。なにしろ、夫妻と娘さんは人質にされているも同然だった。焦って動いて、あの人たちがひどめに合うことはどうしても避けたい。
けれど、直後、求婚者の男が「あああもういい! 結婚しないならもいい!」と、激高した。
そして、抜き身の短剣を手に、三人へ詰め寄る。
おれは二階から飛び降りた。
もはや、様子を見るような贅沢は一瞬でなくなった。背中から鞘ごと剣を外し、二階から、求婚者の男を目掛けて飛び降りる。
真上から男の無防備なつむじが見えた。致命傷を与えるのはたやすい。
けれど、なるべく致命傷をさけ、身体ごと覆いかぶさるようにして、まず男へしがみつき、ともに倒れ込むように倒す。そのまま、床へ男を押し付けた。そして、鞘の先を男のみぞおちへ叩き込んだ。これで、しばらくまともに呼吸はできなし、なみの人間なら動けなくなる。目論見通りだった、男は、呼吸できなくなり、床をのたうつ。
ひとりを倒した。
そう、ひとりならなんと不意打ちで対処はできた。
ただ、あとふたりいる。しかも、剣を携えた、危険そうな男たちだった。
三人を相手にすることは難しい、作戦なく飛び込むことは避けたかった。けれど、とっさに動くしかなく、けっか、剣を所持したならず者ふたりといっぺんに対峙することになる。
おれは竜払いだった、人と戦うことを専門としない。
けれど、向こうは人を斬ることを生き方にしている気配がある。それも、ふたり。
同時に相手にして、うまくさばける気はしなかった。
それでも、ここはやるしかない。おれは鞘に入ったままの剣を構えた。竜を払うための剣は、人へ向けることに適していない。
剣は鞘に入れたままで行く。
ふたりの男たちは嘲笑っていた。余裕がある、秒後にでも、おれが血を流して倒れている光景でも見えているらしい。
おれは背を向けたまま、夫妻とお嬢さんへ「逃げろ」と、告げた。余裕がないので、優しい言い方もできない。すべてを戦いへの神経へまわす。
ふたりが剣を抜いた。きっと、時間差で来る。
おそらく、片方が斬りかかり、おれが避けたところを、もう片方が斬る。
そんな感じで来るだろう。それを躍起になって避けるしかない。
その矢先、なにか気配を感じた。床に影ができ、ほどなくして、箪笥が片方の男の上に落ちた。その男は箪笥の下敷きである。
そして、相方にふりかかった出来事に唖然としている片方の男がいた。
あ、いまだ。
と、思ったが先か、動いたが先か、おれは鞘の先端で、唖然とした男のみぞおちを突く。隙だらけだったので、深々と入った。
男は倒れて、地面をのたうった。
こうして三名は無力化となる。見上げるとあの使用人の女性が、凛々しい表情で身を乗り出している。
「箪笥、投げましたよ!」
と、いった。
そういえば、さっきそんなことを言ったな。
箪笥って。
いや、どうして、あのとき、箪笥を投げるといったのか、その発想の根源は我ながら不明だった。
けれど、思った。無意識の発言に、正解があることもあるのか。
にしても、力持ちだな。
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