よちもしも

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。


 

 いまいる大陸は広い、近海でも群を抜いて巨大な面積を持っていた。

 これまで、竜を払って欲しいという依頼を受けては、そのたびに大陸の様々な場所に向かった。けれど、まだまだ足を踏み入れたこともない、名も知らぬ町や、国はたくさんあった。

 いま歩いているこの町も、今日はじめて訪れた町である。やや北西に位置する内陸部にあり、大陸各地へ荷物を運ぶ、物流分岐点めいた場所にある町らしく、宿屋が多く、通りの商店も栄えていた。

 そして、消耗品調達のため店を探して歩いてると、路上で声をかけらた。

「そこの方、そこの方」女性だった。「わたしは未来が予知できますよ」

 歩きながら視線を向けると、路傍に机を設置し、そこに外套をすっぽりかぶった女性が座っていた。三十歳前後か、くちびるの色がうすい。机の上には怪しげな絵柄の札が並べられていた。

「どうです、ひとつ予知など。未来を知りたくないですか」

 あた、きっと、これはからんでもいいことはない。

 心のなかで決めつけ「そうですか」と、だけ告げ、会釈して通り過ぎた。

「まあお待ちなさい」

 彼女は鋭く伸ばしてきた手でおれの外套の端を掴んだ。

 ぐい、っと引っ張る。

「おたのしみはこれからですよ、お客さん」

「いえ、あの、おれ、いりませんから」顔を左右に振ってみせた。「なので、荒くれたこの確保を解除していただけますか」 

「そう照れていては、いずれ運命をしくじりますよ」

 相手は聞いていない。外套の奥に、点みたいな、小さな目が見えた。

「すぐに信じろとはいいません、お客さん」

「いや、すぐに離して欲しいと言っているです、業者さん」

「てはじめに、おためし予知を見てください、無料です」

 無料という言葉に、少し反応してしまった感は否めない。おれは間をあけてしまった。

 そこへ、彼女はすかさず情報を注ぎ込んでくる。「おためにし、わたしの予知の信頼性を示してみせます。お客さま本編の予知は、その結果をご覧になってから、するかしないか判断していただいてけっこうです」

「それを見る前から、けっこうです、と伝えているつもりなのですが」

「はああがん!」

 とたん、予知業の女性がかすれた声でうなった。おれは「心臓麻痺ですか」と訊ねた。

 幸い、心臓は麻痺しておらず、彼女は、町の一角を指さす。

 そこに、 少年がいた。七、八歳くらいで、目が点みたいな顔した。

 似ている。彼女の息子だろうか。

「予知します。あの少年は、いまから、りんごを買います。それも、青いりんごです!」

 すると、その少年が思いっきりこちらを見た後、近くにあった果物を扱う露店へ向かい、一応、赤いりんごと青いりんごで迷うふりをした後、青いりんごを買った。

「ほらね!」

 と、予知業の女性が顔を見て来た。

 仕込みの品質が極めてひくい。あまりの悪さに、発言できなかった。

「はんああががっがあん!」

 すると、女性はふたたび、巨人に踏まれたみたいな声をあげた。

「さらに予知します。さっきの少年は、いまからあのりんごを馬にあげます!」

 大きな声だった。あの少年にも、確実に聞こえる声だった。

 そして、少年は近くで停車していた馬車の馬へりんごを差し出した。けれど、馬は、りんごを食べることに乗り気ではないらしく、口を閉じていた。それでも、少年は、むりやり馬の口にりんごを寄せた。

 馬が被害者に。

 いや、馬なので、被害者ではく、被害馬か。

「どうでしょうか、お客さん。わたしの予知、あたるでしょ」

 彼女は外套の向こうから点みたいな目でおれを見て来た。

 おれは机の上にあった料金表を確認した。さほど高くはない。ならと思い「わかりました、では、ひとつ予知してください」そういった。

「はい、なんでしょうか」

 にこやかな顔になった彼女の前に、料金を差し出しながら伝えた。

「さっきの少年がこれから十年後、どうなるか教えてください」

 そういうと、彼女は黙り込んだ。そして、いまもなお、馬へりんごを食べさせようと苦戦する少年を、じっと見始める。

 やがて、点のような両目からどばどはと涙を流し、いった。

「結婚、おめでとうね…」

 十年後にあるだろう、我が子の結婚的な何かを見たのか、急にそんなことを言い出す。

 いっぽうで、その手はしっかりとおれが払った料金を握りしめている。

 けっか、未来先取りのお祝い金みたいなものになっている。

 やがて、おれは「そうですか」と、いって、その場を去った。

 けっきょく、料金もとられたし、馬はりんごを食べなかった。

 被害者一名。

 被害馬一頭。

 もしもこれが予知できていたら、この町には寄らなかった。


 

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