きみにむしさ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。


 

 シャークシン、歌劇女優であり、いぜん諸事情あって、彼女を竜払いの依頼に同行させたことがあり、それがきっかけで、知り合った。

 男装歌劇の人気役者であり、背が高く、腰が細い。歌は驚嘆するほどうまい。なにより、華がある。

 ある日、そんな彼女からまた相談があると、竜払い協会を通じてつたえらた。協会は演劇界にかりでもつくりたいのか、勝手おれの予定をおさえ、指定した日時に、シャークシンが現在主演の公演を行なっている劇場へ行くように言ってきた。

 因果か。と思いつつ、おれは指定された日時にその劇場へ向かった。巨大な劇場で、砦みたいな見た目をしていた。

 先行して教えられた情報によれば、今日は舞台はないらしい。劇場の正面口はしまっていた。

 関係者口の戸を叩き、対応した職員にわけを話した。シャークシンから話は通っており、中へ入れてもらう。そして、通されたのは楽屋部屋だった。

「まっていたさ、ヨル!」

 そして、今日は舞台はないというのに、なぜか、舞台用の化粧をして待ち構えていた。

 しかも、あいかわらず、歌い上げるような口調で迎える。

「こうして普段着を着て、まってたよ!」

 彼女は普段着だというが、歌劇の舞台で出てくるような煌びやかな服装だった。袖をはじめとした、衣服の端々に、じゃらじゃらした、なにかもついている。

 つまり、普段も、じゃらじゃらしながら生活しているのか。

 彼女は両手を広げて見せながら言う。「さあ、きみも、わたしの名を呼んであいさつしたまえ! 名を呼ぶのが恥ずかしかもしれない、でも恥ずかしを、敵として!」

「いや、はやくも貴方こそが敵に思えている心持ちです、シャークシンさん」

 ささやかな本音を提示してみた。

「素直に、なれたね」彼女は目を閉じて、得体の知れない感想を放った後、さらに言った。「今日も竜払いのきみに、頼みがあってね。前回は体験する前に

「また役作りのために竜払いを体験したいんですか。前回は体験する前に、狂ったことりなりましが」

「いいや!」高らかに、張りのある声で否定してくるので、ふしぎと否定された感じがしない。「今日は、衣装についてさ、ヨル!」

「そうですか」

「お入りください、衣装さん! あぁ、わたしの衣装さん!」

「ねばりのある呼び出し方だな」

 おれが感想を述べていると、楽屋に背広を着た背の高い、短髪、褐色の男性が入ってきた。

「あー、どーもー、わたし衣装係のハムスともうしますー」

 おっとりしたしゃべり方をしていた。

 すると、シャークシンが言い放つ。「今回の舞台でも、わたしは竜払いの役をする! そして、竜払いの衣装を新調する、そこで! 現役の竜払いたる、あたなに! あなたに! 衣装の監修をしてほしい、では、開始!」

 こちらの口をはさむ間を与えず決めつけ、何かを開始させてくる。

「あー、じゃあ」と、ハムスは奥から人型に着させた全身の衣装を運んで来た。「これの監修をおねがいしたいんですがー」

 そこには、傷だらけで消耗した外套、背中には剣を背負わせて、そして、靴の色と汚れ具合まで、まさに、おれがいましている恰好とそっくりの衣装だった。

「今日のヨルさんの、格好を、参考に、そろえてみたんです」ハムスはいって笑った。

 おれが劇場に入って、わずかな時間しか経ってない。その間に、これらをそろえたのか。仕事が早い人だった。

「ええー、こんかいの、お芝居はー、現実みのある竜払いが出てくるお話なのでー、ほんとと竜払いのヨルさんのー、格好にもとづいて考えていきたいんのです、はいー、それでー、まずまず、こんな感じで用意してみたんです、ねえ、どうですか、ヨルさん」

 意見を求められる。けれど、衣服などの意見など、これまでしたことがない。どうすればいいのか見当がつかない。

 それでも、なんとか、手助けになれるような言葉を頭のなかで探した。

 現実みのある竜払いの姿にしたい、か。

 現実み。

 現実み。

 衣装監修という、未曾有の役目を果たそうと、頭の中で唱えながら衣装を見る。はじめの感じたとおり、やはり、おれのいまの姿への再現率は高い。

 おれの姿を芝居に使われるのか。ふしぎな気分だった。

「ちょっと、一言いいかな」

 と、誇張されたまつ毛がついた瞳と閉じたシャークシンが、すっ、手を伸ばしてきた。

 おれはなにか予感がしたので「いや、だめだ」と、断ってみた。けれど、彼女がやめるはずもない。瞳を大きくあけた。

「こんな草臥れた衣装をお客様にみせるのは、失礼だと思うんだ、わたしは」

「いまのは、ただただ、おれへ対して失礼な発言ですがね」

「羽根をつけよう」

 おれの返しは無視したうえで、そう言い出す。そして、流し目でこちらを見て来た。

 どうかな、この案。とても、いいだろ。

 彼女の心の声が伝わって来る。

「羽根をつけるんですか」

 おれはまずそういい、衣装を見た。

 これに、羽根を。

「昆虫みたいになりますよ」

 監修として、そう教えておいた。

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