つもりのなかでつもりなく

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 雪は夜通しふり続けた。けれど朝にはやんで、青空が広がっていた。

 村から延々と重く積もった雪の中を進み、森林へ入った。そして、何度となく、雪に足をとられながらも、森に現れた狐ほどの大きなの竜を払い終えた。竜は雪のない空へと還っていった。

 雪の動きまわったせいか、息はひどくきれぎれになっていた。森から出るために積もった雪を踏みしめながら進む。一歩、進むごとに、口からは絶えず煙のような白い息が漏れた

 しかも、ゆだんしていると、森の枝にたんまりと積もった雪が予告もなく、上から落ちて来た。そして、何度か雪をかぶった。

 竜はさほど森の深い場所までは入っていなかった。森の中からも、ずっと依頼のあった村は見えていたので、迷いことはなかった。村へ戻って、依頼人へ竜払いが終わった完了したことを報告しに向かう。

 とちゅう、森のなかに積もった地面に雪に人型のくぼみを見つけた。

 だれかがここを歩いていて倒れでもしたのだろうか。けれど、あたりに人の姿はない。雪は高く積もっているし、たとえ顔面から倒れても、怪我はしなそうだった。

 そのとき、ふと思い出す。そういえば、子どものころ、積もった雪に、無防備なまま倒れ込んでみる、と、そんな遊びをした記憶がある。

 などと、想いにふけり、ゆだんしていると、背後にあった木の枝だから、雪が落ちた。さいわい、雪は被らなかった。そして、なんとなく、いま雪を落とした木へ視線を向けた。

 ふと、今日、竜を払ったときのことを考えた。今日は足を地面の雪にとられ、素早くは動けなかった。体力の消耗の激しかった。今回は幸運にも、狐ほどの大きさの竜だった。けれど、もし、山みたいに大きい竜だったら、あの動きではかなり不味そうな動きだった。もたついているところを、竜の口から放たれた炎ひとつで終わらされてしまう。

 次は生命がないかもしれない。今日は運がよかっただけ。これは、なにか、工夫がいるぞ。

 と、漠然と考えながら木を見て思いつく。

 そうか。もしかして、木から木へ飛び移って移動すれば、雪に足をとられることなく、素早く移動できるのではないか。

 しかも、それは、雪の積もった日だけに限らず使える移動技術なのではないか。木から、木へ飛び移る技術は。

 そして、地面を見る。

 この森の地面はいま雪に覆われている。だから、たとえ、木から落ちても、大きな怪我はしないのではないか。これは練習するには、ほどよい条件と思える。

 よし、さっそく、練習してみようか。木から、木へ、飛び移って移動するのをしてみよう。

 決めて、とりあえず、眺めていた木をあらためて観察し直す。その木は、まるであつらえたかのように、幹からの掴みやすいそうな位置に枝分かれある。

 いけそうだ。まずは登ってみよう。おれは木に手をかけ登ってみた。そして、すぐに大人ひとりぶんほどの高さまで来た。ああ、これはそれなりにいけるな、と思いつつ、さらに登る。けれど、そこから先は、だんだん、掴む場所、足をかける箇所も減ってきた。慣れない身体の使い方のせいか、息も上がってきて、汗もかきはじめる。

 けれと、木から木へ飛び移るのは、それなりに高い場所まで行かないと無理そうだったなので、さらに登る。

 その矢先、頭上の枝だが揺れて、雪を頭からかぶった。そして、妙に頭が重くなる。

 もしや、雪の塊が頭に乗ったのか、と、手を伸ばすと、ふにゃ、っとした手触りだった。それから数秒後、気づく。

 猫だった。白い、猫がおれの頭の上にのっていた。

 さらに、少し先の枝に、八歳くらいの小さな男が、涙目で枝にしがみついていた。

 彼は、ぷるぷると、震えながら、こちらを見ている。

 猫も頭の上でぷるぷる震えているのがわかった。

 その後、聞いた話によると、少年は今朝、木の上に登って降りてなくなった飼い猫を追って、そのまま自分も木へ登る、けれど、けっきょく、登ってしまった後で、あまりの高さに彼自身も怖くなって降りれなくなったのだという。おれは「そ、そうなのか」と、思わぬ場所での一匹と、一人の出会いに怯み、それでも、なんとか抱えて木を降りた。

 それから村へ猫少年を送って行った。少年の母親はおれへ強く何度も、ありがとうございます、ありがとうございます、と礼を述べ、さらにこう続けた。

「いったいどう感謝していいのか」

「いや、こちらも、いったいどう感謝されていいのか」

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