しらべたところで
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
竜を払って欲しいと依頼があれば、現場へ向かう。この大陸に来てからは常に次の竜へと移動し続ける生活をしていた。
いつでも最適な身体状態で竜を払えるよう、体調管理は重要だった。毎日、一度は剣の素振りし、その一振りの仕上がり具合で自身の身体の不具合を調べたりしていた。
もちろん、他にも重要な管理事項がある。そのうちのひとつが歯だった。歯が良くない状態だと、食いしばれなくなって、動き影響する。そのため、とうぜん、毎日の丁寧な歯磨きは欠かせない。
けれど、その日、いつも使っている歯みがき粉が底を尽きた。そこで通りかかった町の雑貨屋で、歯みがき粉を仕入れることにした。いつも使っている歯みがき粉は、どこにでもある商品でもある。
小さな雑貨屋をみつけ、店の中へ入った。店内には多種多様な商品が並べられている。鮮度のあやしげな食料品から、統一感のない衣類たち、なにを洗うために使用するかわからない洗剤類などが、ぎちぎちに陳列されていた。商品分類に法則がない。
はじめて訪れた店であり、どこになにがあるかもわかりにくい。いつもの歯みがき粉を探したがみつけることができなかった。
そこで、店主に訊ねた。
どこかぼんやり気味の初老の男性だった。
「この歯みがき粉がほしいのですが」
いって、手持ちの空になった歯みがき粉を見せる。
「ああ、それね。うん、うん、ほんじゃ、倉庫にあるから、いますぐとってくるね、まってて」
と、やや、ともだちみたいな口調でそう言い、彼は店の奥へと向かった。
そして、店主が戻って来るのを待つ。けれど、なかなか帰ってこない。
もしかして、倉庫のなかで絶命的なことになっていないか。おれの歯みがき粉を取りに行く最中に生涯を終えられてしまったのではないか。
そんな想像をしていると、店の扉があいた。弓を背負った女性がふたり店に入って来る。そして、おれはふたりのことを知っていた。
十代後半か、ふたりとも血族を感じるほど、顔はそっくりである。
たしか、赤い髪がユミル、そして、黒い髪がイユル。
という名前だった記憶がある。
ふたりは包帯でぐるぐる巻きみたいな服装の上から、上着を羽織っていた。そこにそれぞれ、髪の色の合わせた、色を衣服に入れある。あいからずの奇妙な恰好だった。
ふたりとは顔見知りではあるし、腐れ縁でもある。
そして、腐れ縁の方が勝った。おれは、そっと、後ろを向き、ふたりから顔が見えないようにした。これまで、あのふたりにかかわって、事態が好転したためしがしがない、そういう不の実績にもとづいての、気づかないふりである。
ふと、赤い髪のユミルが嗜好品の棚の前で立ち止まり、こういった。
「あ、ねえ、イユル、そういや知ってる。最近、このあたりの森で未知の怪物が出たんだって」
すると、黒い髪のイユルが「未知って、どんな怪物なの」と。
対して、赤い髪のユミルが「いや、未知だからわかないよ、どんな怪物かは」と応じた。
「え、でも、出たってことはさ」と、黒い髪のイユルは追及する。「その未知の怪物に会った人がいるってことだよね。だったら、じつは、それはもう未知じゃないじゃないか。だって、未知の怪物がいるってのを、知ってるだから」
「でも、未知だって、わたしは聞いたし」と、赤い髪のユミルが口を尖らせそう返す。
黒い髪のイユルが応じる。「いや、だから、さっきもいったけど、未知だって、わかってる時点で、未知じゃないじゃん。もう、そいつが怪物ってのがわかってるじゃん」
「なら、あんた、わかるのかよ、未知の怪物がどんなんだか」と、赤い髪のユミルに、少し苛立ちが入った。「ほれほれ、言ってみなせいよ、その怪物がどんな怪物か、未知じゃないならいますぐ、言って見せなさいよ、そいつの大きさとか形とか、色とか、未知じゃないなら言語化してここに発表してみせなさいよ」
とたん、黒い髪のイユルは「わっ」と、わざとおどけた。「怒り出したし、このひと、うわ、なに、え、だってさ、そっちが未知じゃないものを未知って言い出したんじゃん」
「ごたくたっぷりとかいいから、はよう、言ってみせなさいよ、未知の怪物の未知部分をさぁ」赤い髪のユミルが返す。「未知の怪物の性別とか、年収とか、家族構成とか、あんたにとっては未知じゃないんでしょ、だったら、いいなさいよ、未知の恋愛関係の話とかも話してみせないよ」
「そんなのできるわけないじゃない!」黒い髪のイユルが激しく出た。「だって、その未知の怪物だって、個人的に秘密にしときたいことだってあるんだぞ! 本人が話したがらないことをわたしが、べらべら、べらべら、べらべら、って、勝手気ままにしゃべれるわけないじゃないの!」
「あんた、もしかして未知の怪物についてなにか知ってるのね! 恋愛関係とかも!」
なんだろう。もう口ぶりが、じゃっかん、未知の怪物と顔見知りみたいな熱量で話はじめている。もはや、当人たちが怪物みたいに怒りあっている。
そして、歯みがき粉はまだみつからないのか。店主が入った倉庫のなかは、魔窟的な構造にでもなっているのだろうか。もどってこない。
そのとき、店主が戻って来た。
「やあ、ひさしぶり」
と、なにか、ほのぼのしながらも、狂ったあいさつをおれに仕掛けてくる。
そして、それは流し、彼へ訊ねた。
「あの、さいきん、このあたりの森で、怪物とか出たんですか」
「ああ、それね、ただの大きめの犬だったよ。泥で遊んで汚れてて、みんな見間違えた」
答えは、ここにあった。世界で最高峰に、しょうもない答えがここに。衝撃の事実など、ほど遠く。
いっぽう、ユミルとイユルの方は、もはや、口論に達していた。
「で、思い出したけど、その歯みがき粉はおいてないや」
やがて、おれにとっての衝撃の事実は時間差で放り込まれる。
「あんたやっぱ最高だ! ユミル!」
「あんただって、イユル!」
そして、振り返ると、ふたりは抱き合っていた。
はたして、あの状態から、どうやってこの短時間でそこまでの和解を成し遂げたのかを見ていない。
そこにあるのは未知の同士の和解だった。
いずれにし、初期の揉め事も含め、店のそとでやればいいのに。
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