なかまいしきはないけれど

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 この大陸内の竜を払う依頼を一括管理する組織、それが竜払い協会の大きな役目のひとつだった。

 そして、その日、次の竜払いの依頼を確認するため、その土地にある竜払い協会の支部へ行った。すると、支部に務める協会の職員から「あの、手続き待つあいだなのですが、ちょっと、ご協力ねがいえませんか、ヨルさん」と、言われた。

「協力、ですか」

「ええ、あ、取材です。記事を執筆されている記者の方で、なんでも、じっさいに、現場で竜払いされている方にお話しを聞きたいとのことで、その方がいま、待合室にいまして」

 職員が向けた視線の先に扉があった。その扉の向こうが待合室らしい。

「記者の方は、なるべく大勢の竜払いの人に話を聞きたいそうなので、ぜひヨルさんも取材のご協力をしてくださいますか」

 なるほど、べつに、おれを個人を所望しての取材ではなく、その他大勢の竜払いのひとりとしての取材ということか。

 それなら精神的負担も少ないな。そう思っていると、職員が小声で「あ、ここだけのはなし、竜払い協会に、好意的な記事を書いてくださるそうなので、どうか、ご協力を」と伝えて来た。

 出来試合の、取材。そういうことらしい。

 けれど、大人の世界には、そういうこともあるだろう。それに手続きにはまだ時間もかかるというし、協会の職人の方々には、日ごろお世話にもなっている。

「わかりました。では、微力ながら」

 そう伝え、待合室へ向かった。扉を叩くと「あ、はーい」と、向こうの返事た。

 扉をあけて中へ入る。

 そこに背広を羽織り、眼鏡をかけた二十四、五くらいで、金色の髪を変則的なふたつ結びにしている女性がいた。

「取材の協力をと聞いたのですが」

「あ、はーい、ここでーす」彼女は部屋には、ひとりしかいないのに、わざわざ手をあげてみせる。「あ、じゃ、ではでは、早々ですけど、いいですかねえ、取材をー」

 と、いって、椅子に座るようにうながしてくる。

 彼女自身は手帳を開くと、いますぐにでも書き込める構えをつくった。

 おれは密室をさけ、扉を開きっぱなしにしておいた。そして。背負っていた剣を外して、彼女の向かいの椅子へ腰を下ろす。

「ええっと、ですねえ、わたし、いま、いろんな竜払いさんに、お話聞いているのですがー、ああ、あの、まあ、気軽な感じで、これからの質問に答えていただければと思いますー」

「はい」

「ではー、ええっと、これ聞いてみようかなー」彼女はまるで女児のような口調だった。「はい、竜払いさん、って、だいたいどのあたりに住んでいらしゃるんですか」

「おれに家はありません。いつも大陸中を歩いて竜を払ってますから」

「なるほど」と、彼女は手帳に書き込む。「つまり、宿無し、っと」

 宿無し。

 宿無し、と書いたのか、いま。

 いや、あくまで口で言っただけか。

 そこが気になったが、彼女が次の質問をしていた。「はい、竜払いさん、って、想像だと、どんどこ儲かると思ってるのですね、ほら、だって、人より危険なことをしてるし、そのぶん報酬だって大きいはずで。で、その儲かったお金で、家とか買わないんですか」

「先ほどの回答通り、家は買ってないですが」

「なるほど」と、彼女は手帳に書き込む。「やはり宿無し、っと」

 なんだろう。また書いたか、宿無し、って。

「あ、そうそう、宿無しさん、って」

 あだ名化された。

 けれど、とりあえず、ここは泳がしてみる。

「手紙とかどうしてるんですか、出しても届くんですか、宿無しさんに」

「手紙は協会当てに送ってもらえば、いずれ竜払い個人が受け取ります」

「なるほど」彼女はうなずき、書き込む。「住所不定の人生でもどうにかなる、っと」

 若干、変化が訪れたが、好印象に転じることはなかった、むしろ、悪化ともとれる。

 それから彼女は口から舌を出しながら「んん、こんなものかなぁ」と、言い出した。

「これ、いったいなんの取材ですか」

 そこでおれは、この消耗された時間の根本を問いかけた。

 すると、彼女は手帳に何かを書き込みながら顔に影をつくり「いえ、掲載場所はまだ決まってないです」と答えた。

 つまり、行き場のない取材らしい。

 そもそも、なんの取材なのかという部分は答えられておらず、疑問は残ったままである。

 けれど、いずれにしろ、向こうも宿無しみたいなものか。

 なんか、落ち着いた。

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