みかたではないのか

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 竜を払ってほしい。

 と、竜払い協会へ依頼すると、協会が選定した竜払いが現場へ向かう。

 これが正規の手順を踏んだ竜払いの依頼の流れだった。大半の依頼がこれであり、その他は非正規の依頼ということになる。協会へ依頼すると、公共料金になるため、依頼料金を抑えられるが、緊急的な状況以外では、まず調査が入る場合があるため、竜を払うまでに少し時間がかかるし、竜を払う竜払いを選べない。その人材も協会に所属する人間のなから選ばれることになる。

 けれど、個人間で竜払いを雇うこともできる。その場合、自由価格になる。安価で済まなくなる。それに、騙される可能性もある。

 そもそも、竜を無事に払うには、特殊技術がいる。竜は、竜の骨でつくった武器以外で攻撃すれば、たちまち怒って他の竜を呼び、人間の町を吐いた炎で焼く。知らぬまま竜に手を出し、多くの犠牲を出して来たのが人間の歴史だった。

 竜払いを協会に所属させ、竜払いという行為そのものを管理するのはそのためでもある。そして、生命が竜に焼かれることを可能な限り防ぐために存在している。

 ある日のことだった、その大陸の協会本部で手続きをしていると、そこの職員に声をかけられた。

 若い男性だった。

「あの、お願いがあるのですが、どうか、ご協力いただきたく」

 と、言われた。

 聞けば、このあたりに竜払いの協会に所属していない竜払いの男がいる。その男はかなり優秀で、協会としてはどうしても彼に協会に所属してほしいらしい。それで勧誘を続けていた。

 しかし、何度やっても失敗してしまう。

「あなたのこれまでの依頼内容を見させていただきました、それで、もしかしてあなたならと思い、お願いしたいことがあります」

「お願いって。その勧誘したい竜払いがらみですか」

「はい、どうか、お力をお貸しいだけませんでしょうか。いえ、じつは、その竜払いなんですが、条件によって協会の所属してもいいと言うんです。協会としても、優秀な人材なので、ぜひ、所属してもらいたいのですが、その彼の条件というのが、かなり難しいもので」

 言葉通り、かなり難しい条件のようだった。職員の表情にも出ている。

「その条件、と、いうのはですね、彼いわく、自分より優秀な竜払いがいるなら、所属してもいいと。それで、その、ヨルさん、あなたがこの大陸でこなされた依頼内容を目にして、あなたにお願いしたいと」

 それはまた、なんというべきか。

 照れるべきか、反応がわからず、けれど、目の前の職員も困っていそうだった。

 どうなるかは見えていないが、協会の頼みだし、協会にはこれからも世話になる。

 とりあえず「わかりました」と返事をした。

「そうですか」と、表情を明るくして「では、さっそく一緒に行ってくださいますか、この時間なら、彼はこの近くの酒場にいるはずなので」

 そう言われ、職員の案内で酒場へ向かう。

 店に入るとその竜払いがいた。

 歳は四十くらいだろうか。壮観な顔つきに、濃い髭を生やし、屈強そうな巨大な身体つきをした男が、店の奥の席に座って酒を飲んでいる。瓶ごと手で持って、ぐびぐび飲んでいる。

「また来たのかい」その無所属の竜払いが職員を見ていった。かなりいい声だし、貫禄もある。「なんだい、そっちのやっこさんが、新しい俺への挑戦者ってわけかい、っは」

 やっこさん。はじめて言われたぞ、やっこさん、とか。

「よーし、なら、勝負するか」と、無所属竜払いが椅子から腰をあげる。

 立つと、山のように大きかった。

 けれど、勝負とはいったい。まさか正面衝突か。

「俺が勝ったら、また酒を奢れ、いいか、いつもの酒のやつ高いんだぞ。負けたら、はっ、俺も協会の所属してやるよ」

「承知しております」

 職員が仰々しく回答する。

 おれに無許可で勝手に承知していた。

 乗り気ではないが、自分の未来を気にかけて聞いた。

「なんで勝負するんですか」

「決まったんだろ、拳で決着をつけるのさぁ!」

「なぜ」

 問いかけた時、店の扉が開いた。そして、若い女性が入ってきた。

「ふたりともやめて!」

 彼女が叫ぶ。

「わたしのために争わないで!」

「どなたですか」

 訊ねるも彼女は「わたしのために、戦うのをやめて!」と言ってくるだけだった。

 そこで、おれは男を見た。

 そっちの関係者かい、と。

 すると、彼は「いや、俺も知らない」と言って顔を左右にふる。

 その間に店内の視線も集中する。ひとりの女性を巡る男たち戦いの構図に興味があるらしい。

 無理もない。稀有な出来事すぎる。

 女性は涙ながらにうったえる。

「ふたりとも、わたしのために戦うをやめて! わたし、やめるまで、泣くわ、わたし泣くから!」

 強い迫力をもって言い放つ。

 腕力に自信がある男も、さすがにこれには困惑し、ひどく狼狽していた。

 すると、職員がこちらだけに聞こえる声で「姉です、仕込みです」と言った。

 それから彼は男へ耳打ちする。

「これ、やめてほしかったらいますぐ協会に所属してください」

 罠、だったらしい。

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