はなだけしか

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 森のかなり深い場所までやってきた。依頼を受けた村は森の奥にあり、そこに竜が現れたらしい。竜が現れたのは村の人たちの重要な収入源でもある、薬草のよく生えた場だという。

 ただ、村といっても、一箇所に集落があるわけでもなく、真昼でも明かりの乏しい森を渡る道沿い、点在していると聞いていた。 

たしかに、森の道は、光源の明かりがあっても、まちがいじゃないくらいの暗さだった。この先に人が住んでいるのかも、疑わしくなるほど、人工物がない。

 それでも、やがて、一軒の家が見えてきた。古いが、よく手入れされているため、人が住んでいることがすぐわかる。竜払いの依頼について確認するため、その戸を叩く。

 木の扉が開くと、老人が現れた。一礼の後で、払い依頼を受けた、竜について訊ねる。

「その竜は、ここいらでは、もぐら、と呼ばれております」

「もぐら」

「はい」老人は、ゆっくりとなずいた。「土が好きで、自分で掘った穴に、じっと身を置いております」

「それで、もぐら」

 そこまで教えてくれると、老人は「よろしくお願いします」と、頭をさげてきた。こちらも頭をさげ、森の奥への向かう。

 もぐら、か。

 ここの人たちは、その竜のことを、もぐら、と呼ぶのか。なるほど。

 考えながら、昼でも暗い森のなかをしばらく歩く。けれど、歩いても、なかなか竜が現れたという薬草の採取場所にはたどりつけなかった。すると、また、森のなかに、ぽつんと、人家が現れた。こちらも家は手入されている気配がある。この道があっているのか、気になって、聞いてみることにした。

 戸をたたく。

「はい」

 扉をあけて出てきたのは、若い女性だった。幸い、こちらの装いは、わかりやすく竜払いでもあり、依頼の心当たりもあってか、彼女は警戒しなかった。竜の出現場所についておしえてくれる。このまま道を進めばいいという内容だった。

「お気をつけて」

「ありがとうございます」

「もぐらまめには、わるいですけど、やはり、あそこにずっといられては、薬草がとれせんし、まちがいが起こってもいけません」

「ええ」

 うなずき、出発する。そして、歩きながら考える。

 いま、あの女性は、もぐらまめ、って言わなかったか。聞き間違いか。

 まあ、聞き間違いだ。そう判断し、さらに森を進む。けれど、それでも、なかなか竜にはたどりつけない。代わりに、三軒目の人家が見えた。

 ねんのため、道を聞く。戸をたたく。

 中年の男女の夫婦だった。ご主人の話では、道は合っているらしい。

「そうですか、もぐらまめ三世を、あなたが払ってくださるのですね」

 かなり、わかりやすく違和感はあったけど「はい」と返事だけして「では」と出発する。

 一軒目は、もぐら、だった。けど次の家では、もぐらまめ、になった。

 そして、いま、もぐらまめ三世になった。

 また聞き間違いか。いや、幻聴か。幻聴のなかなか、すごい感じのやつなのか。

 道以外も不安になったころ、四軒目の家をみつけた。

 戸を叩く。

 画家風に青年が出てきた。道を聞くふりをして、道を聞いた後だった。

「ついに、あの、もぐら式の夜の花を払ってしまうのですね」

 そう言われ、少し間をあけてから「ええ」と反応して、一礼して、先へ進んだ。

 いま、もぐら式の夜の花、って呼んだか。その竜を。

 もぐら、もぐらまめ、もぐらまめ三世、もぐら式の夜の花。

 この森に住む人たちの竜の呼び名には法則がある感じはする。基本が、もぐらで、もぐらに何かを付け足して呼ぶという風土なのか。

 とはいえなんだ、とくに三軒目以降、もぐらまめ三世と、もぐらまめ式の夜の花。

 学校ではしゃいで怒られる奴の印象を受ける名づけ方だった。なあ、それ、きみ、そんなにおもしろくないからね、手柄もとれてないし、そうやって実績以上のはしゃぐのはやめたまえと、いいたくなるような、そんな。

 と、思っていた矢先、五軒目の家が見えた。家は手入れのされている、人が住んでいる気配がある。

 得体の知れない緊張に包まれながら、戸を叩く。

 扉があくと、背の高い青年が出て来た。

 竜の居場所について聞く。

「ああ、竜ならあっちです」

 彼はきっぱりとそう教えてくれた。それだけだった。

 それでつい。

「もぐら」

「え、はい」

「もぐら、もぐらまめ、もぐらまめ三世、もぐら式の夜の」

 言っている途中で扉を閉められる。

 最後の「花」の一言だけが、むなしく閉じた扉へ放たれる。森に響きもしない。

 彼は、彼はここまでの歴史を知らないんだ、無理もない。

 とりあえず、ぜんぶ忘れて、なかった体験にすることにした。

 これがなんの体験なのかも、不明でしかないし。

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