あばれあれあられ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
馬をつかい、とうもろこし畑で農作業をしている男の頭に、茶色い小鳥がとまって、小鳥はなぜか、そのつむじを嘴でついた。
嘴攻撃に男は驚き、その驚きで、近くにいた馬も驚いた。馬は大きくいななき、前足をあげ、馬車の連結をはじきとばすと、猛然と走り出した。
真昼のできごとである
そして、おれは、たまたま、その近くにいた。
「暴れ馬だ!」と、周囲の者たちが叫ぶ。「暴れ馬どだぁあああ!」
これはたいへんだ、と思った矢先、馬はこちらへ向かって走って来た。馬は極度の興奮状態で、進行方向にいるおれが見えていない。けれど、こちらは竜払いである。竜とさんざんやりあってきた。竜の突撃に比べれば、馬の突進など、たやすく回避可能である。
などと、余裕を消費していると、暴れ馬の行く先に、うさぎを抱えた小さな男子児童が入り込む。
まずい。おれは走り、暴れ馬の背中へ飛び乗った。またがり、手綱を握り、ぐい、っと、めいっぱいひっぱってひねる。ただ、少しつよくひっぱり過ぎたようで、馬の口から、ぐほ、と音がきこえた。喉をしめたのかもしれない。この刺激により、暴れ馬の進路の変更に成功した。暴れ馬は、うさぎを抱いた男子児童から離れてゆく。
よし、回避できた。
ただし、おれは暴れ馬の背中へのったままだった。
おれの危機は回避できていない。むしろ、危険度の質を、みずから上昇させたかたちである。
しかも、暴れ馬は方向こそ変わったものの、その暴走をやめない。そのままとうもろこし畑を離れ、なにもない草原へのりだす。
そこは、危険な竜がたくさんいる竜の草原だった。
危険な暴れ馬にまたがり、危険な竜の草原を走りはじめる。
なにより、おれは馬術というものを、会得していない。馬には、申し訳程度の粗雑な鞍がついているなので、乗っていると、縦横に、がんがん揺れ、背中に背負った剣も、頻繁に背骨にあたった。
暴れ馬は一直線に真っ平らな緑の草原を馳せる。おれは手綱を握っているだけで、せいいっぱいだった。馬の止め方がわからない。飛び降りるには、速度もあがり過ぎている。慎重にやらねばならない。
どんどん、草原を暴れ馬の背にのって走ってゆく。ひどくゆれ、馬と人との一体感はまるで存在しない。馬にとって、背中の乗るおれは、異物でしかないのが、よくわかった。
やはり、馬から飛び降りるか。
けれどまてよ、おれがおりた後、もしも、馬がこのままどこかへ行き、行方不明になったら、馬の持ち主が困るのではないか。
ごかんごかん、と馬の背で揺れる。首を痛めそうになりながら、そういう心の葛藤を発症した、そのときだった。
大きな気配がした。
振り返ると、地平線のあたりで薄い土煙が迫ってきている。
馬に乗った集団だった。後ろからこちらへ向かって来る。きっと、三十騎はいた。ひとりで馬へ乗った者、ふたりで乗っている者、馬車に複数人で乗っている。いろんな馬の乗り方をした者たちである。
そして、みな、どこか荒々し風貌である。髪型が特徴的で、服は洒落なのか、純然たる劣化なのか、ひどくやぶけていたりする。大半の者は、青空の下、むきだしにした刃物類を手に握っている。剣、斧、などなど。弓とか矢もみえた。
その集団が地鳴りを上げながら、うしろからやってくる。土煙をあげて。
趣味でやっている人々だろうか。
趣味であえ、そうであれ。
と、そう願った自分がいる。暴れ馬の上からの願いである。
むろん、この願いは叶わないとも、わかっていた。
暴れ馬の手綱にしがみつきながら後方の集団の様子を伺う。何人かが、乗馬しながら弓と矢を手にし、矢を放って来た。ほとんどの矢はこちらに届く前に落ちた。方向もひどい。きっと、弓矢の練習不足だった。けれど、一矢だけ、届いて、おれの背中に背負った剣の鞘、そのかたい部分に、こん、とあたって落ちる。やる気だった、かくじつにおれを狙っている、まちがいない。刺客だった。ここのところ、おれは刺客に狙われているし、あの騎馬集団は、その可能性が高い。矢をどんどん、放たれてくる。あの鞘を小突いた一矢以外は、やはり、ほとんど、届かない。ただ、いくつかが、馬の真横を通り過ぎ、ひゅ、空間を引き締めるような音がきこえた、その音に暴れ馬に反応し、減速する。そこへ数騎の騎馬が追いつき、接近してくる。彼、あるは彼女たちは、ぐっははぁ、とか、ごほほほほほ、などと、日常にとけこみづらそうな奇怪な笑い声を放ち、追いかけてくる。手には剣や斧を持ち。刃は太陽の光りにきらめいた。ただ、その間にも矢は飛んできていた。うち、数本は、同じ軍団の者へあってしまう。矢を受けて、馬の上から崩れ草原へ落下する者たちが多発した。それでも、数騎はこちらの乗る暴れ馬の真後ろへつき、さらに、左右にまで追いついた。馬に乗って走りながら、武器をこっちへふりかざしてくる。おれは頭をさげて、そして、身体をそらせて、それら避けた。すると、おれの乗る暴れ馬は大きく驚き、激しく蛇行し、左右の馬に接触し、その左右の馬が崩れる。乗っていた者が落ちる。振り返ると、落下者はみるみるうちに、小さくなる。けれど、そこにあらたな騎馬の群れが追いついて来る。あいかわらず、矢は飛んできていて、矢は味方へあたり、馬から落としている。やがて、馬を二頭つないだ戦闘用馬車、みたいなのが後ろから来た。馬車には鞭を手にし、筋骨隆々で、ひときわ身体が大きい男がのっている。上半身はほぼ服を着ていない、その身体には無数の傷があった。そうやって、服着ないで、無謀な馬の乗り方をするから、身体が傷だらけになるのはないか。瞬間に、考察が機能した。傷の男は、ごばばばばばば、という、濁音のみを口から放って、近づいて来る。鞭を振った。その先が、味方の馬にあたった。その馬が驚き、やはり、走りを崩して、乗っている者を草原へ放り出す。そんな者たちに気をとらわれいると、右へ、一頭の馬にふたりのりした男たちが左へ迫った。ひとりがこちらの馬へ飛び乗って来た。肘打ちで拒否する。脇にあたり男は草原へ落ちた。横につけた馬の男の方には矢があたって、失速していった。そして、休む間もなく、ごばばばばば、と、馬車にのった傷男が接近してくる。いっぽうで、いつの間にか、乗馬者を失った素の馬ばかり並走している状態だった。そこへ傷男が鞭を振る。数少ない味方にあたっていた。きっと、練習不足である。男は何度も鞭を振るい、味方を叩き落としてゆく。そして、鞭の先端を引き戻した時、その先端が自身の乗る馬車の片輪へひっかかった。車輪は回転できず、つんのめって、馬車は飛んで、派手に一回転して転倒した。そこへ、矢が雨のように降る。その光景も走る暴れ馬のから見たので、どんどん、離れていった。
やがて、空に夕陽が沈む頃、おれは暴れ馬発生の地まで戻った。そのときには、馬の完全に落ち着いていた。
我が馬の帰還に、馬の主は歓喜して両手を広げた。心配と、好奇を抱いていた町の人たとも、出迎えた。
ただ、他の馬も一緒だった。主を失った馬たちの群れとの帰還だった。ついれてきてしまったその数、およそ、二十頭。
「げええええええ、馬がぁふえてるうう!」
と、町の人々は驚き叫んだ。そして、その驚きに、驚いた馬たちは、一斉に草原へ走り出す。
おれは疲れていたので「そうか」とだけ、つぶやいた。
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