いっしょうにいちどのおねがいこうげき
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
気まぐれで、りんごの種がたくさん入った小袋で入手した。
そして、気まぐれに、いつも歩いている、草原へ撒いてみようとしたものの、まだ、まだ撒いていない。
そんな今日、この頃である。
というのも、ふとしたきっかけで、おれがりんごの種を持っているを、滞在するこの町の多くの人々が知り、そして、人々は、このりんごの種を、どこへ撒くがひどく知りたがっていた。どうやら、この土地にりんごがたくさん実ればいいなと、みんな思っているらしい。
とりあえず、一粒は滞在している家の庭に撒いた。今朝、確認したところ、まだ芽はでていない。
そこで残り種は、今日、町から離れた草原へ撒いてみることにした。
その草原は、どこまでも平らで、木も生えていない。草だけである。りんごの木が育つかはわからない。けれど、撒いてみようと思った。なにしろ、すべては気まぐれに依存した行動である。かっちりとした思想は不在だった。
さあ、草原へ撒きに行こうと草原へ向かっている最中、サンジュにみつかった。彼女もおれと同じ家に滞在している。住所不定者である。
自由にのばした蓬髪を揺らして、小走りでこちらへやってくる。おれとは数歳ほど下で、二十歳くらいの女性だった。
彼女は接近してきていった。
「どうした、きみは」
漠然とそう問われた。おれは少し時間をあけてから「お気遣いなく」と、解釈の広い一言で返し、丁寧に一礼し、草原へ向かった。
町を離れ、足首ほどの高さま草が生えていない草原を歩く。ここは、竜が多発する草原だった。危険なので、町の人は草原へは行かない。
けれど、今日は、サンジュはついて来ている。彼女は無言で追跡してくる。
おれは草原の真ん中で立ち止まり、サンジュへ「どうした、きみは」と、聞いた。
すると、彼女はいった。
「ヨルから、りんごの種のにおいがする」
「わかるのか」
「わかるものか」サンジュは即座否定した。「あなたをもてあそんだだけだ、わたしはそういう人間だ」
おれは「そうか」と答えた。それから「りんごの種は持ってる」と、小袋を取り出して見せた。
「おおー、その種は、みんなの爆発的な期待を背負った、あの、りんごの種だね。あの、みんなが、たくさん実ることを勝手に期待し、その期待に期待を重ねえ、よもや、ほぼ正気を失うほど期待している、りんごへの実りを導く、いわば、そのすべてのはじまりを担った、りんごの種だね、ヨル」
どういうつもりか、サンジュは過度が情報補足を言い放つ。
で、サンジュは続けた。
「そうさ、つまり、すなわち、つきつめると―――ヨルがその種を、どこへ撒くかで、あの町の人たちの未来が決まる、大決定される。そんなりんごの種だね。だから、もしも、ヨルが、無策のまま、だめな場所に撒いたら、それは、町の人たちの未来が消えること等しい、そんな、どっぷり大きな責任を背負った種だね」
まだ、過度に言って来る。
とりあえず、ここは泳がしておこう。
サンジュは好き勝手いった後、うんうん、と、ひとりうなずいていた。
もしかして、強烈に暇なのだろうか。そういえば、彼女が労働している場面を見たことが。
いや、竜を払っていたのは一度見たな。
などと、思い出していると、サンジュは「種、ちょっと見せて」と、いって、おれの手から小袋をとった。
そして、中身をのぞく。
「どーれどれ」
と、いいながら小袋を開いた直後、とてつもない突風が吹いた。サンジュが手から種の入った小袋が飛ばされ、中の種が草原へこぼれて、散った。
おそらく、小袋に入った種は、すべて落ちていってしまっていた。草むら中に入ってしまって、もはや、回収は困難だろう。
まいったな。
で。
つい、さっき、サンジュはいっていた。
無策のまま、だめな場所に撒いたら、それは、町の人たちの未来が消えること等しい。
そして、いま、サンジュは撒いてしまった。不可抗力ではあるものの、無策ともほぼ同意である。
では、いったい、この後、彼女はなにを言うのだろうか。
構えて待機していると、サンジュは空になった小袋を持ったまま、真顔をおれへ向けた。
とたん、その両目から、どばばば、と涙を流しだす。
「み、みみ、みんなには………だまっていてほしい………」
悲しい顔と、声と、涙で、率直に隠蔽を求めて来た。
なんだろう、総合すると、対応する側の負担が大きい懇願様式である。
それからサンジュは続けた。
「あ………あと、あと………も、もも、もう完全に気づいてたと思うけど………わたし………昨日とはちがう自分になろうとして……………ひそかに両方の眉毛を整えようと剃ったら………そっ………剃りすぎて………ま………眉毛の形を失敗していることも……み………みみ………みんなには……だまっていてほしい………」
なぜか追加で求められた眉毛の件については、微塵も気づいていなかった。
昨日の彼女の眉毛と、いまの眉毛の違いがまったくわからない。
サンジュは泣きながらいった。
「一生に一度のお願いだ………」
そこで「いや、一生に一度のお願いを申請してきているようだけど、いま、きみ、お願いを二つ発注しているぞ」と伝えた。
「じゃ、眉毛の方で………」
迷わず、そっちを選んでみた。
おれには「はあ」と、反応するしか、すべはなかったさ。
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