ほしいものがたりまで(1/4)
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
彼女のことは、ときどき思い出していた、旅先でも、ふと、とうとつに。
ああ、きっと、おこっているのだろうと。
彼女は、おれとおなじくらいの年齢だろう、二十四、五歳くらい。
彼女はいつも眼鏡をかけていた。そして、ふしぎと、いつもその眼鏡には光が反射していて、彼女の目はこちらから見えない。たまに、一瞬だけ、光の反射がとけて、見えるときがあるけど、そのときは、なんとなく、見てはいけないものを見てしまったような気になる。おそらくが、ほとんど、気恥ずかしさにもとづく気持ちだった。
淡々としゃべり、つとめて冷静だった。けれど、取り乱さなければいけないときは、取り乱す。あの組織に所属しているものの、彼女は人間性を手放してはいなかった。ただし、取り乱すといっても、静かに取り乱す。
おれは十五歳くらいから、今日まで竜を追い払う、竜払いをやってきた。これまで、さまざまな場所で、竜に怯え、人々から眠れない夜を遠ざけるために、竜を払ってきた。生まれてから、半分以上、そういう生き方をしている。
ずっとむかしは、せんせいと竜を払った。またあるとき仲間たちと。独りでもやってきた。
ある頃、おれはある大陸にいた。その大陸では、大陸中の竜払いの依頼と、竜払いたちを一括管理する仕組みがあった。そういう組織というべきか、竜払い協会、なる仕組みがあって、そこに所属して竜を払っていた。
個人的に依頼を受けて竜を払うのではなく、竜払い協会から所属する竜払いに見合う内容の難易度の内容の依頼を適切な竜払いへまわす。おおきくいえば、竜払い協会は、役目だった。いや、もっと、ほかにも役目があるけど、それがその組織の基本柱にはちがいない。
彼女と出会ったのは、おれがその大陸の竜払い協会へ所属しているときだった。数年前になる。
入ったばかりで竜払い協会の仕組みを、いまいち理解してなかったおれへ、彼女は、根気よく説明してくれた。その頃は彼女もまだ、ある地域の支部に配属された新人で、窓口係だった。協会に所属する竜払いたちへ、依頼内容を伝え、その他手続きを行うのが彼女の仕事だった。
その頃から、かけている眼鏡は、ずっと、光が反射していて、向こうの、彼女の目を見ることができない。
名は、カランカ、冷静な人だった。
整理された情報で淡々としゃべる、とても優秀な人だった。とても優秀だったから若くして、成果もあげ、どんどん出世していった。やがて、おれが竜払い協会を、ふわりと、抜けた頃には、協会でも、かなり上の立場になっていた。
ときどき、おれは元気ですか、という手紙も何通か書いた。手紙を出すのは、どこかで彼女にあいさつもなく、ふわりと、協会を抜けことが、ひっかかっていたからだと思う。ただ、手紙を出したはいいもの、こちらは、ずっと旅を続けいたので、向こうからの手紙を受け取る仕組みはなかった。いつも、いっぽういてきに、生きてますよ、と伝えた。
だから、ふと、彼女のことは思い出す。ああ、そろそろ、手紙を出さなきゃいけないな、と。
手紙を出す。彼女のいる、ここから大海を越えた、遥か彼方の大陸へ。
そして、やはり、かんがえる。きっと、おこっているだろう。カランカはおこっているだろう。
いつかあやまりに戻らねば、あの大陸へ。
戻らねば、か。
帰らねば、という感覚ではない、さいきん、それに気づいた。。
けっきょく、おれは自由に、勝手にやっているだけだtった。けっこうな、ろくでなしなのではないのか、と自問自答のたまにしている。
そして、やはりふと思う。カランカは、おこっているだろうな。
カランカ、彼女は。
そして、その日。
「ヨル」
扉をあけると、カランカがそこにいた。
髪は後ろにまとめ、頑丈そうな外套を羽織、大きな荷物を背負っている。腰には護身用の短剣をさげていた、柄の消耗ぐあいから何度か、刃を抜いた形跡がある。
そして、いつものように眼鏡は光で反射していて、こちらから彼女の目は見えない。
朝、扉をあけると、カランカがそこにいた。少し、息が切れている。けれど、その乱れた呼吸をこちらに悟らせないようにもしている。
夢かと思った。
そして、カランカはいった。
「わたしたち」
息継ぎが入る。
「一緒に、なりましょう」
夢かと思った上で、さらに夢かと思った。
カランカを家の中へ通す。居間へ案内した。
いや、家といって、ここはおれの家ではない。
旅先で滞在先している、ズン教授という人物の家だった。彼も居間にいた。今日も草臥れた背広を着て、椅子に崩れた態勢で座っている。
「だれだその女は」とたん、サンジュがカランカを見ていった。「なぜ、きいたかというと、まず初見で、その人がわたしを見て、おい、だれだ、その女は―――という感じだったので、先にいってみただけ」
「カランカだ」
そう、おれは紹介した。
「まえにおれが所属してた、とある協会で世話になった人だ」
すると、カランカはきわめて、淡々とした口調で「おはようございます」と、ふたりへあいさつをした。
そして、おれが、ふたりへ彼女について補足の情報を話した。なにしろ、ここはおれの家ではないし、こうして、早朝に、とつぜんやってきたおれの客だし、かんたんに素性の説明はすべきかと判断の上である。
そして、そこまで聞いてサンジュは「そういうこと」と、いった。
腕を組み、うんうんとうなずく。
「業務関係の人か」
ズン教授は「お茶を出そう」と、いって、台所へ向かう。「しかし、いれるまでに、時間がかかる」
サンジュは「あ、わたしも、ここにいると気まずいからお茶いれるの手伝ってくる演技をする。じっさいは、手伝わないけど、でもね、台所からふたりの話は聞いてるから、自由に話して」といい、彼女も台所へ向かった。
品質の悪い気遣いだった。
ふたりが席を外す。向かいの椅子にはカランカが座っていた。あいかわらず、眼鏡には光が反射していて、向こうの目はこちらから見えない。カランカの外見は最後に、あの大陸で目にしたときと、あまりかわっていなかった。少し陽に焼け、髪が伸び、旅にふさわしい服装になっているくらいだった。
「かわりませんね」
と、カランカに言われた。
「あの、カランカ」
「はい」
「さっきの話ですけど」
「わたしと一緒になる話ですか」
動じることなく、彼女はそれを言った。
「はい、それです。破壊力を感じざるを得ない、その発言です」
カランカは眼鏡越しにこちらをじっと見てくる。
おれは「ただし、そのまえに」と、いって、視線を外した。「処理したいことがある」
「処理」
「そこの人物です」
おれは視線で、その人物を示す。
この家の中には、カランカ。
ズン教授。
サンジュ。
おれ。
そして、居間にもうひとりいた。青い背広を着た男。おれはその
男を知っている―――ハトリト、という名の男。
少し前、別の大陸で、とある事情で、かかわった人物だった。吐露すると、可能な限り、かかわりたくない者だった。
その理由は明白だった。
「やああああああ、親友のヨル氏ぃ!」
きわめて、あやしげ。
その実害も喰らったことがある。そのときは、彼を見捨てて乗り切った。
カランカは「ハトリトさんです」そう紹介した。「ここまでの旅の護衛をしていただきました。ヨルとも友人だと聞きましたので」
「誤情報です」
おれは真っすぐにこたえた。
「後半の友人うんぬんの情報は、くさった情報です」
「はい、わたしもそう認識しています」
カランカは揺るぎなき口調でそういった。
わかっていたうえで、雇ったのか、ハトリトを。さすがだった。あやしいげだけど、有益な人材だったから、利用したらしい。
いや、ハトリトも、カランカの存在を利用するために、近づいてきたのだろうけど。こそくな生命体だし、この男は。
卑怯だし。
放つ言葉の音域は、虚偽の中にしかない。
そして、ハトリトはというと、右手を左ひじへ添えつつ、右手を頬へ添えている
まるで微笑ましいものを見るような表情でこちらを見ていた。
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