ほしいものがたりまで(2/4)



 ハトリト―――外見から推測できる年齢は、四十歳くらいか。自称、作家だという。

 彼はよく青い背広を着ていた。そして、彼とは、いぜんいた、とある大陸で遭遇した。何度か遭遇され、だいたい、いっぽうてきに迷惑をかけられる。こつぜんとおれの前に現れて、こちらに被害と、ちょっとした世界の秘密をこぼしていなくなる。

 しかも、彼には、竜の血が流れている、という。

 竜の血が流れている者。

 その者たちには、おれは何回か出会ったことがある。外見での判断が難しい。唯一、眼の奥を深く覗き込むと、なにか、人ならざるものの存在を感じるものがあった。けれど、そんなことは特別な距離な者としできない。おれが認識する限り、竜の血が流れる者と、そうでない者と大きな違いは高い身体能力だった。その血が身体に流れている者は力が強いし、身体もひどく頑丈だった。

 はたして、どれだけの人々が、この世界には竜の血が流れる人がいると知っているのか、それはわからない。おれも実際に出会うまで知らなかったし、出会ったことを人には話したこともない。なんとなく、数がかなり少なそうには思えた。あと、その者たちも、血については秘密にして生きている傾向があったし。

 むろん、いずれ大きく知られる可能性はある。

 あるにはあるけど。

 どうだろう。この世界には竜がいる。

 いや、この世界は、竜の世界で、竜の世界に人がいるといった方がいい。

 竜。

 竜は、この世界、この惑星のどこにでもいる。竜はどこにでも現れる。人々が多く暮らす町の中でも、横暴な権力者の城の庭先にでも、真っ平な草原にでも。

 竜は関係なく、どこにでも現れる。

 人は竜が恐い。ただ恐かった。恐くて、恐くて、たえられない。恐いので、かつて、人間は竜の息の根をとめ、排除しようと試みて来た。竜を攻撃した。

 竜は攻撃されると激高する。さらに吠えて、他の竜を呼ぶ。集まった竜たちはやがて群れとなり、空を飛び、口から吐く炎で、この世界に対して無差別攻撃を開始する。竜たちにより、この世界はこれまで何度も滅びた。その度に、それまでの人の文明も、財産も、権力も、ほとんど燃えて灰になり、消えてなくなった。

 そして、人間は何度も竜を怒らせ、滅びた影響で、人間いまは古すぎる歴史を所有していない。むかしのことは、生き残った者たちによる、あいまいな言い伝えが残っているくらいだった。おれの知る限り、明確に残っている人間の一番古い歴史は三百年前くらいだった。とある街は、竜の三百年間滅ぼされずにいるためだった。

 竜を攻撃すると、世界は滅びる。

 やがて、人はそれを学んだ。

 それでも竜へ挑んだ者たちもいる。

 そして、その中で、あることを学んだ。

 竜は竜の骨でつくられたもの、たとえば、竜の骨でつくられた剣で攻撃すれば、怒るが、群れにならない。世界を無差別に炎で焼かない。

 さらに竜は少しでも傷を負えば、空へ飛んで逃げてしまう。その場からいなくなる。竜の中にた稀に、攻撃した者と、一対一の勝負へ持ち込んでくる竜もいる。けれど、それはやはり稀の稀だった。そういう竜でも、より傷を負えば、けっきょくは、空へ飛んでいってしまう。

 竜は生命だし、倒せないことない。倒したことはある。けれど、倒すのは、かなり難しい。追い払うのも、困難ではあるけど、倒すよりは、その難易度はさがる。

 ゆえに竜を追い払う、竜払いという存在できた。

 竜は倒さず、その場から追い払えばいい。追い払われた後、その場所に戻り、暮らしを続ければいい。

 この生き方は、歴史を残しにくいこの世界で、少しずつ人々が学び、繋がれて来た。

 とはいえ、竜の滅ぼされると、人の歴史はやはり、消えてしまう。

 もしかすると、竜の血が流れる者の存在も、それなのかもしれない。たとえ、その存在を人間に気づかれ、知られても、その後で世界を竜に滅ぼされて、歴史は消え、情報も消滅し、誰も知らなくなる。それを繰り返し続けてきた。だから、知られていない可能性。

 実際に、竜の血が流れている者とは、何度か接触したことがあるし、戦闘になったこともあった。

 とてもじゃないけど、ただの人間には着いて行けない身体能力の相手だった。

 ただの人間にとっては、竜の血が流れる者は、竜のように恐い存在。

 そう思えるのかもしれない。



「ハトリトさんには竜の血が流れているそうです」

 目の前に座っていたカランカがそういった。

 かなり、かんたん言った。

 ハトリトをみると、彼は小さくうなずき微笑んだ。

「微笑みが不愉快」おれは、彼へ音声言語で明確に伝えたうえで、カランカへ顔を向けた。「カランカ」

「はい」

「さっきのはなし」

「さっきのはなし、はい」

「扉をあけたら、あなたがいて」眼鏡越しにじっと目を見られている気配を察知し、なんとなく、視線を外した。「で、その」

「一緒になりましょう、の件ですよね」

 彼女はゆるぎない口調でいった。

「ああ………はい、その件です」うなずき、おれは続けた。「あなたが、どうしてここに―――いや、ええっと、つまり、それは………その件と………」

「はい」

「話して、もらえますか」

 問い返す。

 ふと、気配を感じ見ると、サンジュとズン教授は台所からこの会話を聞いていた。気遣い、および、遠慮というものを知らない生命体だった。

 そして、ハトリトもいる。おれは彼へ告げた。「ハトリトも、どこかでかけたらどうですか。どこか遠くへでかけるべきだ、ここではない、どこかへ」

「まあ、興奮するな、ヨル氏。鼻血が出てしまうぞ」

「貴様の鼻から血が出る未来をつくるって手もある」

 言い返していると、カランカがいった。

「ヨル」

 名を呼ばれ、視線を引き戻される。

「あなたは竜払い協会に所属する、竜払い―――でした」

 その通りだった。以前の話にはなるけど、その通り、所属していた。

「ですが、手違いで、協会はあなたを除名してしまいました」

「手違い」

「ある人物と名前が似ていたそうです。そのため、間違えて、あなたに除名の手紙を送ってしまった。その後、あなたはいなくなってしまった」

「こころあたりある話です」と、おれは答えた。

「すぐに気づいた、わたしはすぐにあなたの除名を取り消そうとしました。でも、あなたは、どこかもうへ行ってしまった後だった。それから時間が過ぎてしまい、救済機関、とでもいいましょうか、その時間も過ぎてしまったこともあるのですが、あなたの協会への復帰は、書面上はあなたが無断でいなくなったこともあり、その………つまり、少し複雑に」

「まあ、敵もいましたから、おれって」

「ヨル」

「はい」

「わたし、出世しました」

 なんだ、とうとつなその情報の発表は。

「協会で出世しました。いまのわたしなら、なんとかできます。あなたを協会へ戻せます。そのためには多少、根回しや、細工を要しますが。ですが、あなたは戻れます、竜払い協会へ、わたしたちの大陸へも帰れます」

 カランカの発言を台所から聞いていたらしいサンジュが「職場復帰のお誘いか」と、そう、まとめた。「そっかー、事件性はないのか」

 サンジュのよごれた期待感は無視しつつ、おれはカランカを見た。

 カランカは続けた。

「あなたを協会へ復帰させるために、ヨル、わたしと一緒になってください。そうすれば、近親者ということで、癒着の、特別な処置を行使し、そして―――」

 つねに冷静なカランカが、若干の熱弁になる。

「そのまえに」おれは口を挟んだ。「あの、さっきから、その一緒になるというのは」「とにかく―――」

 けれど、カランカはこちらの問いかけを弾き返すようにいった。

「わたしと一緒なってください、帰って来てください。そうすれば、あなたは竜払い協会へ戻せます。いいですか、わたしの言う通りにすれば、戻れるんです、ヨル! 以前のように、戻れるんです! 戻った方がいいです、ヨル!」彼女は何度も雷撃を落とすように言い放つ。ぜったいに戻るべきです! そうすれば、むかしのように、わたしとあなたで、なんでもできます! あなたは、戻るべきなんです!」

 前のめりになって、声を大きして伝えてくる。

 おれは少し、圧倒されて、かすかにのけぞった。

 とたん、カランカは、はっ、となり、姿勢を戻す。眼鏡の位置を直し、わずかに乱れた髪の毛先を手で整えた。

 そして、深呼吸してから言った。

「と、いうわけです」

 すると、サンジュが後方から「動物みたいになったね」と、いった。「あの人のなかの獣をみたよ、わたしは」

 ズン教授は「いつも閉じている蓋が開いた人間は、尊いものである」と、いっていた。

 役立たずの発言しかしていない。

 すると、カランカは、すっと椅子から立ち上がった。あいかわらず、眼鏡は光が反射しており、こちらから彼女の目は見えない。

「少し外の風にあたり、むかしの冷静なわたしを取り戻してきます―――」

 やや特殊なことを言い放ち、居間を出て、廊下を進む。

 玄関を扉をあけ外へ出ていってしまった。



 カランカのいなくなった居間でサンジュは腰に両手を当て立ちながらいった。

「盗み聞きで、たのしむには、ちょっとした精神的技巧を必要とする話だった」

 求めていない、盗み聞きの感想をいう。

 おれは無視し、椅子に座ったまま息をつく。

 窓の外へ視線を向けた。今朝は、よく晴れている。空は青し、雲はたおやかに流れている。

 そして、視線を前へ戻すと、ハトリトがそこに座っていた。さっきまで、カランカが座っていた椅子だった。

 彼は「席があいたので、次はわたしが話す番ということで」といった。

 おれは「そういう仕組みは、うちにはない」と、いった。

 ハトリトは「ほほ」と、笑った。

 ひさしぶりに真正面から、青い背広姿の彼を見た。空の青さに比べて、ひどく、青を冒涜しているような、青さに見える。

「おれに話があるんですよね」

「うん、では、あえて、飛躍して説明しよう―――わたしが、あえて、カランカ氏を護衛してここまで連れて来た。あえて、こういう言い方をするなら、わたしには企みがある。ここまで彼女を護衛してきたのは、あえていえば、善意ではない」

 サンジュが「あえて、あえて、うるせえな」と、いった。「あえて、をあえて、しゃべるような生き方だけは、わたしはごめんだ」

 愚弄である。

 ハトリトはかまわず続ける。

「しかし、わたしにも情がないわけではない。彼女は君に会いたがっていたし、それに、彼女はここまでの旅費を出資してくれた、純粋な彼女の懐からのお金だ。旅費は竜払い協会から出てはいない」

「したいのは、その話ですか」

「きみのご存じのとおり、わたしの身体には竜の血が流れている」

 また堂々といった。サンジュもズン教授もいるのに。

 そして、そのふたりは、ほうほう、という感じできいていた。信じているかどうかはあやしい。

 けれど、聞かれて、その後、どんな影響が及ぶかが不明だった。そこで「場所、かえましょう」と、提案した。

「わかった、ヨル氏、きみの希望をかなえよう」

 そんな回答を受ける前に、おれは立ちあがっていた。剣も背負う。

 そして、部屋の窓を開け、窓枠から外へ出た。

 ハトリトは「窓から出るんだね」といった。「きみは、窓からが好きななだね」と。



 外に出て、ハトリトと横並ぶ。

 彼は、庭先の地面に生えていたりんごの木の新芽をじっと見ていた。

 おれは。

「―――で」

 と、大きく、かつ、雑に続きをうながす。

 家の中から見えた通り、空は青かった。

「ヨル氏」

「なんですか」

「きみ『五者』ってのともめてるでしょ。この大陸の、大型運送会社みたいなのと」と、前触れなくそれを言い、こちらが反応を示す前に言う。「『五者』の五人の中に、竜の血が流れてる者がいる」

 ぽん、とそれを告げてきた。

 ハトリトはしゃがみこみ、りんごの新芽を眺めながら言う。

「ひとりだけいる。わたしと同じ、竜の血が流れている者だ」

 かなり重い秘密っぽいのに、かるくいう。

 どうしようか。と思った。そして、とりあえず、ハトリトを、見るだけにしておいた。

「なんでも『五者』の五人は、竜を喰って強くなったと噂、または伝説になってるようだが、あれはちがう。五人の中の四人はただの人間だ、ひとりだけ、竜の血が流れいる者がいる。繰り返すが、わたしの同種だ。わたしにはわかる、なぜなら同種だから、同じ血が流れているのがわかる。見ればわかる。むろん、素人からすれば、見た目ではわからない。我々は人そのものだし。中には、眼の奥底に特徴的な存在感を有する者もいるけどね」

 それなりに強い世界の秘密を告げているはずだった。

 けれど、緊張感のない発表口調と、以前から彼のあやうい虚構さを知っているせいか、慎重に反応しようとして、けっきょく、無反応に近いじぶんがいる。

「竜の血が流れる者は、人のかたちをした竜みたいなもので、身体は鉄の鎧を着ているみたいに頑丈し、万力のように力も強い。しかし、見た目ではわからない。それに、数も、人にくらべて、ぐっ、とすくいない。それに、我々は、人より強いが、大きな竜には劣る。数も少ない。わたしはね、ヨル氏、この世界中のあちこちにいる、そんな同種の生存を訪ね歩いているんだ」ハトリトは一度、そこで言葉をとめ、補足するようにいった。「趣味で」

 おれは少したってから「趣味なのか」と、いった。

「趣味さ。みんなー、元気にやってるかー、と確認したいだけだ。気になってね。ただ、それだけ。いろいろある趣味のひとつさ。同種探しは」

「どうして、そんなことをおれに話す」

「いろいろ、きみが戸惑うと思って」

「人を戸惑わせるのも趣味だろ」

「そう、それもいろいろある趣味のひとつ」

 おれは深呼吸をした後、背中に背負った剣へ手をかけ「斬るしかない」と、いった。

「なぜだ」ハトリトは立ち上がり、問い返してくる。「なぜ、わたしを斬るのだね」

「あなたのような、迷惑大将につきまとわれる者の気持を考えろ」

「考えたくない分野だ」と、わけのわからないことを断言してくる。

「むろん、そういう得体の知れない断言で逃がすつもりはない」おれはまっすぐに伝えた。「この剣は、竜以外には使わないようにしているけど、おれの前に定期的に現れる生きる迷惑のために設定を変更修正するとしよう」

「うん、まちたまえ、ヨル氏、その発狂」ハトリトは遠くを見ながらいった。「ちなみに、これを聞いてから、斬った方がいい―――」

「けっこうです」おれは即時、断って、剣を鞘から抜こうとした。

「あっ! あっ! いやいやいや、だからね、あのね!」ハトリトはついに少し慌てはじめた。こちらの真剣な気持ちが伝わって、なによりといえる。「た、たとえばね! 竜を食べて、竜みたいに強くなった! って、噂とか、伝説ってね、おうおうにして! おうおうにして―――ー竜の血が流れる者が、正体がばれそうなとき遣う嘘だったりするのさ!」

 嘘。

 嘘なの

 となると、竜を食べて、強い力を手に入れたという、五者の話は。

「そうさ、五者は人々を騙している。そして、そのうちのひとりが竜の血が流れる者だ。他の四人は、ただの人間だ。竜が流れる者が独りいて、それを隠すために、竜を喰ったことにした。そのつくり話に、他の四人がついでに追加された。つまりだ、五者というのは人々を虚偽の伝説で騙している者が束ねる組織―――」そう言い放ち、ハトリトは間をあけて「―――と、わたしは思った」最後の方は、あいまいにした。

 安定して、卑怯を駆使してくる。

 それからはハトリトは遠くを見た。その視線の先には、静かな町の景色と、その向こう側には、ただ、緑の草原が広がっていた。

「ヨル氏、わたしは同種の者の生存を確認するのが趣味だといった、同じ血をみつけると、うれしくなる。そうか、きみも、この世界で生き残っているのだね、よし、いいぞ。そうさ、わたしもだ、生きているよ、などと思うんだ。でも、そんな同種の者が、なにかよからぬことをしていると、悲しくなる、ざんねんに感じるだ」

 そういって、ハトリトは頭をかいた。

「わたしたち、竜の血が流れる者が生きることのできる世界の広さは、きみたちが生きれる世界の広さとちがうんだ。もっとも、両者ともに、竜よりは小さな世界だがね。しかし、わたしたちの生きれる世界の広さは、きみたちの広さとは、やはりちがう。しかも、わたしたちがきみたちに見つかれば、生きれるさらに世界はせばまる。わたちたちは、きみたより強くて頑丈だが、数がすくない。それに心の強度の限界は人と等しい。人のような心があって、その心はこわれたりもする」

 ハトリトはそこまでいって、息をつく。

「…………真面目なことをいって、もうしわけない」

 妙なことで、彼は謝罪をはさんだ。

「しかし、だからだろうね、同種の中には、竜の血が流れる者だと人間に正体がばれると、いっそ、これまでの世界を取り消そうとする者も―――いいや、これは、人と、人以外に限らずいるか」

 そういって、ハトリトは、さらにため息を吐いた。

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