ほしいものがたりまで(3/4)

 話しがおわると、ハトリトは行ってしまった。「とっておきの用事がある」と、いった。

 おれは玄関へ家の中へ戻った。扉をあけると、すぐそこにカランカが立っていた。

「ヨル」

「カランカ」

「道をつくるんですね。小耳にはさみました」

 小耳といわれて、つい、彼女の耳をみてしまった。黒髪に覆われていて、少しだけ、耳の上の部分だけがのぞけている。

「ええ、まあ」

「あなたはこの町から、隣の町へ道をつくるために、ここに残っているんでね。そうなんですすよね」

 確認作業なのだろうか。あるは詰め寄りなのだろうか。

「ズンさんから計画も聞きました。いえ、聞き出したというべきですね」

 そう言い直し、カランカは光で反射している眼鏡を、さらに光らせた。

 光っているのに、さらに光らせたぞ、いま。それどうやって、光らせたのかその原理を知りたい。

「あなたたちが危険な竜の草原を毎日、毎日、のうのうと歩いていれば、いつの日か町のみなさんがあの草原を安全だと認識しはじめ、道なき草原に道をつくる計画が起こるはず―――それがあなたたちの狙いですね」

 のうのう、といわれれば、たしかに、のうのうと歩いている。

「手ぬるい」

 と、カランカは言い切った。

「計画の確実性もひじょうに乏しいです。そのような計画書、もしも、竜払い協会で新人が出して来たな即、即―――いいえ、それはそれとして、確認です。草原に道さえが完成すれば、あなたがここにいる理由はなくなります」

 確認っていったのに、後半は断言になっているぞ、カランカ。

「はい、すべて、わかりました」

 おれには君が、なにがわかったのかが、わからないけど。

「道をつくります」そういって、前へ出る。そのままおれの横を通る。「これから町の有識者の方と話してきます。どなたかは事前に調べてあります。実現性の高い計画書も用意してあります。あとは政治の世界です。政治でこの町を動かし、最短時間での道づくりを遂行します」

 もはら、少し怒っているのではないかという口調でそういって、彼女は家を出てゆく。

 おれは玄関先から「カランカ」と、名前を読んだ。

 すると、彼女は外套を着こみながら「夕方までには戻ります。夕ご飯はわたしがつくります、とうもろこしを茹でます。料理、おぼえました。ぜひ、食べてください」と言い残し、行ってしまった。



 その数日後、町は道づくりは開始された。

 町の一部の人々が、町の出入口あたりに集結した。

 その数、およそ、大人の男女十五人ほどだった。

 いったい、カランカがどう町の有識者を動かしたのか、その詳細は彼女の口から語られることはなかった。

 陣頭指揮しているのはカランカだった。そして、彼女は集まった人々へ適切な指示を行ってゆく。

 道をつくる―――とはいっても、大がかりなことはしないらしい。まずは、この町から隣の町まで、なるべくまっすぎ草原の草を切ってゆく。すなわち、草刈り作業だった。草を刈って、土の道をつくる。

 隣町までの正確な方向はカランカが磁石をつかって図った。彼女の距離によれば、馬をつかって、地面を掘り起こしてつつ草を除去していけば、土を露出しただけの道は、一週間で隣り町まで届くという。

「作業中、竜が出てもここにいるヨルが払います」

 カランカはみんなにそう伝えた。

「ヨルは、優れた竜払いです。どれだけ出現しても、どんな竜でも払います。みなさんは、心のこそから安心していていいです」

 おれは作業中、竜が来ないか草原を見張った。見張りつつ、作業も手伝う。手伝うといっても、草刈りだった。

 緑の草原の中に、土を露出させて道をつくる。しっかりした道ではないけど、まずは、この草原に、道のようなものを生成させる。この即席脆弱な道を、ゆくゆくは、道らしきものを育てるように手をくわえてゆき、やがて、道にしてゆく、それがカランカの計画らしい。

 カランカはこの計画に名前をつけていた。

「ゆくゆくみちみち計画です」

 発表を聞き、おれの横にいたサンジュは「泣ける名前だ」と、いった。ぐず、と鼻をならしたのは、感情からか体調不良だったのかは不明だ。

 ズン教授はしゃがんでの草刈り作業をしはじめて早々に腰を壊した。

「まさに鏤骨の道づくり」

 と、非常用言葉を使用し、こちらの気をひこうとしていたけど、おれは無反応にしておいた。

 一日目、二日目と、作業は順調に進んだ。日差しも柔らかい日が続き、風もかすかに吹いている。

 みんなで草を刈り、草原に土を露わにしただけの道が、竜の草原に、どんどん伸びて行く。けっこう、あっという間だった。ズン教授のみんなのやる気を待つ、という受け身な画では、きっと、数年はかかっていた道が、どんどん伸びてゆく。

 そのことをサンジュが「あわれな計画であった」と、ズン教授へ告げた。

 彼は「長生きすれば、いいだけさ」と、謎の回答をした。

 こうして、道がつくられていった。道というか、道の基というべき、人々の作業によって、草原に道がひかれてゆく。

 とはいえ、ここは竜が数多生息する竜の草原だった。ときおり、進行方向に、竜がいたり、現れたりした。

 カランカの宣言どおり、竜はおれが追い払った。

 背負って剣を抜き、竜へ向かう。

 竜は竜の骨でつくられた武器で攻撃すれば、他の竜は呼ばないし群れにもならないし、この世界を無差別に攻撃してこない。

 ただ、攻撃した者ののみ、反撃はしてくる。けれど、たいていの竜は、少しでも傷を負わせると、空の彼方へ飛んで行ってしまう。

 道づくりの間、二度ほど、どうしても払うべき竜に遭遇した。それで払った。

 サンジュは「竜を勝手に追い払ったら『五者』に、せい、ってされるってのに」と、いって近づいて来た。「やっちまうとは、みどころがある」

「いや、どうせ、もはや『五者』からは目をつけられてるし」

「刺客が来るでしょ」

「けれど、ここのところどうせ来てたし、刺客」

「だからといって、やっちまうとはね、道をつくるためとはいえ」

 サンジュは頭をかきながら続けた。

「というか、どう考えたって『五者』ってさ、わたしとヨルを間違えて刺客送ってきてるよね、いつしか」

 それは、おれもうすうす気づいていた。いや、ちがう。完全に気づいていた。

「でもしかたないか」と、サンジュはいった。「一緒にいると、事故は起こる」

 肩をすくめて言う。

「ほんと、しかたないよね、家族みたいに、ずっと一緒にいたんだもの」

 横で聞きながら、おれは彼女とともに、まだ道のない地平線の先へ視線を向けながらつづけた。

「家族ならしかたない」



 竜の他にも刺客が来た。二日間で、三人。

 けれど、五者の所属の人ではないようで、いわば、外注業者の下請けの、さらに下請けらしきならず者らしい、結果として、道をつくっているところに、おうおう、と威嚇言語を放ちながらやってきた。

 その人たちも、おれは追い払った。人間を追い払うのは、専門外ではあったけど、作業の邪魔にならないように対処した。

 そして、二日目の夕方頃。

 カランカがおれのもとへやってきた。

「ヨル」

「あ、はい」

「あなたと『五者』の間に、濃密な問題があることは、こちらでも把握していました」

 夕方も、カランカの眼鏡は光で反射し続けている。

「ですが、手はうっています」

「手」

「書面にて、抗議文を。しかし、後半部分には先方にとって、じつに有益な取引についての案内を記載したものを『五者』の責任者の方へ届けるように手配しました」

「有益な取引ですか」

「はったりですが」

 それはだいじょうぶなのか。

 けれど、彼女の落ち着きある口調で聞かされると、ふしぎと、こちらも落ち着いていられる。

 思えばそうか、カランカと一緒にいると、彼女の落ち着きによって、こちらの落ち着きもつくってもらえているような記憶がある

「そういえば『五者』の責任者、っていいましたよね」

「はい、言いました」

「『五者』の責任者って、どこの誰だとか、わかってるんですか」

「『五者』は実質、この大陸の公的な機関です。しかるべき場所に、しかるべき正式な資料が公開されているものです。ここに来る前に調査し、把握しています」

 それはそうか。この大陸全土の物流と情報を管理するような仕組み、あるいは組織だし、さすがに、あるか公式な情報が。

 そういうのを調べようとする発想が、おれたちには不在だった。

 諜報に対する意識の激しい欠如だった。

 そう思いつつ、おれは「そうか」というのみだった。

「くだんの書面はハトリトさんに届けていただくよう、お願いしています」

 そういえば、ここのところ、ハトリトは最後に会った日、なにか用事があると告げて、いってしまった。

「五者の五人のひとりであり『アンカー』という者が、最終的な決定権をもっているそうです」

「アンカー」おれはそれを口にして「名前なのか」と、訊ねた。

 カランカはきこえなかったのか、こたえなず話した。「特別な調査でそうだと判明しました。ゆえに『五者』の他の四人へ話を通さずとも、アンカー、彼だけと取引を成立させればよい、という判断です」

 そういって、カランカは、微塵もずれていない眼鏡の位置を直す。

「では、帰って夕食です。今夜も夕食はわたしがつくります、そうだ、洗濯物も―――いえ、なんでもありません」

 そう言い放ち、カランカはすたすた歩いていってしまった。



 それからの変化といえば、サンジュがカランカのことを「あねご」と、呼び始めたことだった。そして。サンジュはカランカのそばを離れなくなった。

 カランカは気にした様子もなく、かつ、サンジュのかるく面倒をみつつ、道をつくるための陣頭指揮を続けた。

 隣町までの道は、カランカが組み立てた計画期間通り進んでいった。

 カランカは昼間は、巻き込んだ町の人たちで道をつくる。夕方は、ズン教授の家へ戻り、おれたちに料理をつくった。とうもろこしを塩で茹でる。おれたちも料理しするよ、というと、それはやんわりとことわった。

「いいんです、わたしのつくった料理だけで、生きてください」と、いわれた。

 解釈に多様性を含んだ発言だった。

 そんな日々を過ごしつつ、道は順当に伸び続け、そして、あと、二、三日で隣りまで接続できそうな場所まで来た。むろん、道といっても、草原の草を刈ったり、多少、露出した土を固めただけだった。これから、本格的な道をつくるために、つくった作業用の道といえる。それでも道にはちがいない。

 おれがここをのうのと歩いていた頃には、道はなかったし。

 そして、その日の作業の終わり、カランカは「みなさん、あと少しです」と、声をかけた。彼女の声は、一日の終わりでも、遠くまでよくとおり、へこたれない生命力を感じさせた。「あと少しで、道が生まれます」

 けれど、次の日は朝からつよい雨がふっていた。そのため、作業は中止となった。みんなでズン教授の家にいた。

 ハトリトはあれからここへ来ていない。そのことは、多少、気にはなったいた。

 カランカ、サンジュと居間にいた。たえず、雨が屋根を叩く音が聞こえた。その音を聞き、サンジュは「この家、雨にやつけらそうですね、あねご」と、サンジュへいった。

 カランカから返事はなかった。見ると、彼女は長椅子の上で眠っていた。眼鏡の光はなく、閉じている瞼が見えていた。

 完全な寝顔だった。

 そのまま見続けているのは、なんだか卑怯な気がした。

 ふと、気配を感じた。

 サンジュは瓶から一番大きそうな薄荷棒を探している最中だった。彼女はこの気配を察知していないらしい。

 窓の外には、強い雨がふりつづいている。

「素振りをしてくる」おれはサンジュへそう告げて、外套をはおる。「剣の」

「雨ふってるよ」

「雨の日にも竜を払うことはあるから」

 そう伝え、剣を手にして立ち上がる。

 外に出る。昼間の時間帯なのに、外は雨の影響で薄い夜みたいに暗い。

 玄関の扉に、手紙が短剣でさしてあった。

 扉から短剣を外し、手紙を手してひらく。遠慮なく雨粒が落ちる文面を読んだ。やがて、手紙は雨にぬれきって、文字はにじんでいった。

 おれは遠くを見て、それから、短剣の刃を布で巻き、外套の中へしまって歩き出す。

 そのまま町を出る。雨の中、みんなでつくった道をまっすぐに進んだ。

 長い間、歩き続けていると、やがて、雨は止んだ。けれど、陽は雲に隠れていて、地面を草から露出させただけの道はひどくぬかるんでいた。歩くたびに、深い足跡が残る。

 町からだいぶ離れた場所まで来て、立ち止まり、背負った剣へ手を伸ばした。

 鞘から引き抜く。

 竜の骨でできたこの剣は、剣身が白い。

 それに、おれの剣は特別に刃を入れていないにで、なにも斬れない。

 この剣で竜を叩いて、傷をあたえ、払って来た。

 それから心のままに、かまえて、素振りをする。一度、二度、三度―――手応えがあるまで、振り続ける。

 つくりかけの道の上で、剣を振る。見渡す限り、呼吸する生命体は不在だった。しだいに熱を持った身体と、雨で冷えた世界との差異で、身体の表面から、ほそく白い蒸気がゆらめきだす。

 終わりを決めず、自身の呼吸しかない世界へ剣を振り続ける。この剣の終わりを決めるのは、自身でしかなかった。

 剣を振り続けている。そして、これまでとは音のちがう一振りに届いた。

 その音で我に返る。動きをとめた。姿勢を自然体へ戻し、鞘を背中から外して、剣をおさめる、剣を背負い直す。

 乱れた呼吸を整えつつ、道の先へ視線を向ける。

 空は曇っていた。太陽の位置は地上からではわからない。

 そして、つくりかけの道の続きを進んだ。

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