おきにいくごっこ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
ここのところ、刺客が来る。おれをやっつけにくる。
そんな刺客が来る理由の説明は、複雑なのでさておき。
いや、複雑なのか。まあいい。
さておき。
今日も隣りの町まで、竜の草原を歩き、隣の町の食堂まで珈琲を飲みに行く。外套をはおり、剣を背中へ背負って、朝の同じ時間帯、同じ草原の光景の中を同じように歩む。
そんな同じような徒歩を繰り返す毎日である。
で、ふと、まさかおれは、ずっと同じ一日を毎日繰り返しているのではないか。などと、やすい錯覚に陥るときがある。
そんな心の迷子は、さておき。
いかに同じような光景を歩いていても、ときどき、雨は降る。同じ光景に見えても、違う光景である
けれど、この雨は、もしかして、本当は降っていないのに、少しでも変化を求める欲求が、頭がじぶんだけに見えるよう、補正している光景ではないか、と疑いかけそうになる。
いや、不安定を発揮する精神も、さておき。
毎日ではないけど、ときおり、この隣町までの徒歩に動向する者たちもいる、ズン教授、彼と、そしてサンジュ、彼女である。
ふたりは毎日ではないけど、おれとともにこの竜の草原を歩いて渡る。
そう、毎日ではなかった、あくまで、ふたりのその日の気分と体調しだいであり、来ない日も多々ある。
気まぐれ人材である。そんな奴らは、さておき。
竜の草原には基本的に草以外、なにもない。竜はいるけど、竜に一度も遭遇しない日の方が多い。地形の起伏も乏しく、平らである。ずっと、波のない緑色の海を歩いているような感じだった。
あまりにも、なにもない。そんなことを思ってた、あるとき、滞在している町を歩いていたときである。
かつて、この町はもっと大きかったらしい、けれど、いまでは八年前の三分の一ほどの大きさになっている。とうもろこしは、むかしのようにたくさん実り、収穫できるようになりつつあるものの、町の規模はもとに戻る可能性はみえていない。
そして、町に人は減ったが、人が使っていた町の部分は、まだそれなりに残されていた。で、その延長線上か否か、とある、建物の前を通りかかったとき、路上におかれた家財道具に山をみつけた。そこに張り紙がしてあり『ご自由にお持ち帰りください』と、書いてあった。
そこに、濃い紺色の椅子が一脚ある。
それを目にし、想像し、やがて決意した。何もないあの緑の草原に、この椅子を一脚おいてみよ、と。
置いてある椅子を一脚、紐でしばって背負い、草原を歩く。やがて、このあたりが町と町の間だろうという場所に来て椅子を置いた。
草原の中に、濃い一脚の椅子を置く。
次に腰を下ろしてみる。
しばらく座っていた。
「なるほど」
で、なんとなく、うなずき、椅子から立ち上がった。椅子は大草原へ置きっぱなして、いつものように隣の町へ向かって珈琲を飲んで戻る。
そして、次の日も、隣の町へ向かう途中に『ご自由にお持ち帰りください』の張り紙がしてある建物前を通る。また椅子があった。おれはそれを担ぎ、草原へ運ぶ。
昨日ならべた椅子のそばにおく。
翌日、また『ご自由にお持ち帰りください』の前を通りかかる。今度は卓子があった。
背負って、草原まで運ぶ。そこへ、椅子と、卓子と、椅子を並べる。
草原に、無人の食卓が完成した。
しばらく眺め「なるほど」と、いって、隣町まで向かう。
すると、次の日だった、サンジュが「あー。今日はわたしもついてく」と、いった。「むしろ、あなたがわたしについて来る感じにしてやる」
その宣言を受け、おれは少し時間をあけれから「そうか」と、だけ答えた。
ふたりして草原を歩く。サンジュはずっと、はな歌をうなっていた。一曲が終わ度、感想をおれへ迫った。おれは作業的に、感想を述べた。「やさいを煮込んでいるときに、聞きたいような曲だ」とか。 「子守歌の範疇を超えている」とか。
そうこう話しているちち、草原の真ん中に、卓子と椅子が二脚、対面するように置いた場所までやってきた。
彼女は草原の中へ浮かんだ食卓を前にして、立ち止り、やがて、無言のまま椅子へ 腰かけた。
そして、おれに「そこへ」と、座るようにうながす。
指示通り座る。
彼女と卓子を挟んで対面する。
そして、サンジュは悲しい感じの微笑みを浮かべていった。
「おまえが、やったのかい」
大草原にて、取り調べごっこである。
サンジュめ、誰でも思いつくだろうごっご、おきにいったらしい。
「やってない」
そして、おれも、おきにいく。
そう、これは、変わらない日常の光景も、心の置き場所しだいでは、たちまち舞台へ変わる、という、お話しである。
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