もくせいのじょう
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
早朝、山の上に現れた竜を払った、依頼元は山の麓の町である。
この山は、山歩きが慣れていない者が無理なくのぼり、山頂を目指すにはほどよい高さと登山路の勾配で、観光地として有名らしい。竜がいると、観光客が観光できず、困るということだった。
竜を払い終わると、麓の町へ戻るため崖沿いの道をくだった。馬車一台くらいは、まだ余裕で通過できそうな道幅である。
くだり道を歩きなつつ、見渡る限りの大地を見下ろす。ここからだと、森も町も小さく見えた。陽は暖かく、空は青い。
無風で、山の高い場所から景色を眺めて歩いているだけで、心の風通しがよくなる気がした。
崖沿いの道をくだる途中、ぽつんと一軒、小さな店があった。のぼるときにも見かけ店である。どうやら、観光客向けの食堂、とまではゆかないものの、ちょっとした食事が食べることができ、お茶も飲そうな店だった。行きは竜を払いに向かうため素通りした店である。
で、ふと気づく。
店の外装の至るところに、木製の錠がつけられている。
しかも、扉にはつけれいない、思いっきり開け放ている。錠ついているのは店の細い柱や窓枠だった。それも、一個や二個ではない。百や、二百はある。
この崖沿い道をのぼるときは、まだ暗かったたし、気づかなかった。どうやら、店の外装は木製の錠だらけである。
つい観察していると、店の闇の奥から誰から出て来た。
七十歳は越えていそうな女性である。小柄で、ふわふわの白髪に、藍色の刺繍が入った前掛けをしていた。目は閉じているのか、細いだけなのかわからないが、笑っているような曲線を描いている。
「いらっしゃいませし」
と、彼女はおれへ声をかけた。
客ではないが、おれは「おはようございます」と、あいさつた。それから指さしながら訊ねた。「錠が、たくさんつけてありますね」
「ああ、これっすかぁ」彼女は無数の錠へ顔を向けながら言う。「これっすわねえ、ここに来しゃった、恋人たちですねえ、ここに、錠をかけて、これからも、ふたり、なかよおぉ、ありますよーに、ゆうーて、お願いをこめて、錠をかけていきなさる、そういう寸法です」
「寸法」
「へえ、寸法です」
寸法。
つまり、ここを訪れた恋人たちが、記念に、というべきか、これからの両名のさらなるご発展を願い、ここに錠をかけていっている。そういったところだろうか。
なるほど、よく見ると店先の棚にはその木製の錠が売っている。
さらによく見ると、木製の錠の表面には、両名の名前や、願い事が一筆されていた。
この店も観光名所なのか。
「すごい量ですね」
「へえ、ありがてえこってぇ、おきゃくさんは、ようきますわ、つぎからつぎぃに、わきでるほどに」
「にして、もうつけらそうな箇所がないですね」
「ああ、その場合はねえ」
彼女は一歩前へ出て木製の錠をひとつ手にした。
そして、鍵穴をじっと見た。
で。
「せい!」
と、いって、強引に腕力で鍵を破壊した。
木製の錠が霧散する。
合鍵とかで、外すとかではないのか。
しかも、木製の錠とはいえ、素手で破壊するとは、なかなかの腕力である。
「増えたら、たまーに、こうして、外してますわ」
いって、破壊した鍵の残骸を投げる。そこには廃棄場があった。すでに破壊された木製の錠が、かすかに山となっている。
みんなの愛を、彼女が腕力で排除しているのか。
きっと、この後、あの残骸は、きっと、薪にでも使われるのだろう。
「もう、四十年もねえ、この方法で外しておりますわ」
四十年も、腕力で解除か。
直後、ちょっと地面が揺れた。ちょっとした地震である。
すると、近くの崖がちょっとれた。さらに、ちょっとした大きさ岩が、道へ落ち、そのまま斜面をくだって、ごろごろと、こちらへ向かって転がって来る。
いけない、ここままでは、店へ直撃する。
けれど、岩が店へぶつかる前に、彼女は動き、転がって来る岩を「せい!」と声をかけ、両手で受け止め、受け流し、強引に転がる方向をかえ、崖の下へ転がす。
そして、店の破壊は免れた。
すごい、腕力である。
もしかして、四十年間、素手で錠を破壊し続けているうちに、彼女はすごい腕力を得たのでは。
だとすると、みんなの愛が店を救ったというか。
いや、むろん、彼女がもともと剛力だった可能性もある。
つまり、愛の力か信じるか否かは、その人の次第という、寸法。
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