ひゃくのがいとうひとつのかいとう
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
旅先で立ち寄った町で竜払いの依頼を受けた。
町の最北端に現れた馬くらいの大きさの竜が現れた。
依頼を受け、現場へ向かい、竜を払い終わった頃には陽が沈んでいた。おれは依頼完了の報告のため、町の中心へ向かった。依頼者の家は、そのあたりにあった。
町の通りはもう暗く、たまたまだろうか、建物から籠れる窓明かりも少ない。ここは、はじめて訪れた町だし、頼りになる明りもないため、道に迷いそうだった。
すると、そのとき、背後から気配がした。振り返ると、山のような大きな男が近づいて来る。
槍の先端に、たいまつがついたようなものを持っていた。炎がともっている。暗い町の通りで、その明かりだけが、煌々と光っている。そして、大男の顔も、その明かりでみえた。腕は太く、肩幅がある、柔和そうな顔立ちをした男性で歳は三十代くらいに思えた。
大男は、のしのし、とした歩きで近づいて来た。
おれは「こんばんは」と、あいさつをした。
彼は「ああ、どうも」と、あいさつを返して来た。
で、彼はおれのそばで立ち止まり、言った。
「あなたは今日、町で竜を払ってくださった、竜払いさんですね? 旅の。話は人づてに聞いております」
おれのことを知ってるのか。まあ、これくらいの大きさの町だし、情報が伝わっていてもおかしくないな。と、思いつつ、おれは「はい、竜は、払い終えました」と、言った。
「ありがとう、ございます」彼は礼を述べて、頭をさげる。身体が大きいので、まさに山が動いたような迫力があった。その流れで彼が「ああ、暗いでしょ」と、問いかけてきた。
暗い。
たしかに、このあたりは暗かった。
「夜になるので、これから、わたしが街灯の明かりをつけて回るのです、これでね」
それを聞き、彼の持つ、槍みたいなたいまつを見上げる。
なるほど、その槍みたいなたいまつの炎で、街灯をつけてゆくのか。
「竜払いさん」
「ああ、おれはヨルと申します」
「そうですか、ヨルさんですか。じつは、このあたりには街灯がないので、街灯がある場所まで、わたしが、この明かりで、ご一緒いたします。竜から町を救っていただいた、せめてのも、お礼に」
竜から町を救ったという表現はなかなか大げさだった。ただ、それはそれとして、御好意はありがたない。なにしろ、頼る明かりはともかく、ひっそりと町で迷子の危機を迎えていたこともある。
おれは「では、お願いします」と、頼んだ。
「ええ」
彼はうなずき、歩き出す。
そして、歩きながら語った。
「わたしの家系は代々、夜になると、この町の街灯をつけて回る仕事をしているのです。父は祖父から、わあしは父から引き継ぎました」
「そうなんですね」
「はい、この町には、合計で百個の街灯があります。それらが一晩中消えないように、見て回り、消えていたらつけ直しているのです」
「一晩中、それは、たいへんですね」
「そう、たいへんなのです」彼はうなずき、遠くを見た。「一晩中ですからね」
ちなみに、いまのところ、ここまで歩いて来て、つけるべき街灯にはまだ遭遇していない。
はたして、どんな感じで明かりを燈すのだろうか。
「いくら明かりをつけても、消えてしまいますからね、なにせ、蝋燭の明かりですから。街灯に瓦斯をつかっている町もあるようですが、あれは財政が潤沢な町じゃないと無理ですし、どっちにしても、朝が来る前に消して回る必要があります」
そう話す彼の口調は、じつにおだやかなものだった。
「毎晩、町の街灯へ百個に明りつける。それがわたしの仕事です、これは絶対の決りなのです」
重ねてそれを言った。
「百個つけるのが、我々一族の運命なのです」
なんだろうか、運命と、つよい言葉を使ったな。
いったい、彼ら一族がこの仕事を引き受けるに至った背景に、いかなる物語が存在するのか、それはわからない。けれど、毎晩、百個の街灯をつけて回り、朝には消すという作業がどれほど過酷であることは想像できた。
「百個です、百個なんです………」
彼は呪文のように言う。
やがて、町の中心部についた。
「で、絶対に百個つける決まりなので、この前、町中の街灯をすべて腕力で引っこ抜いてゆき、百個全部、この一か所へ差し込みました」
ん、なんだって。
聞いて、彼の示す先を見る。町の中央広場だった。
そこには百個の外灯が密集していた。
さながら、百歳の誕生日に、焼き菓子へ差し込んだ蝋燭のように、集合している。
「ほら見てください! ひゃ、百個ですっ! ひゃっこの百個の約束は崩さず、やってやりましたよぉおお!」
それから、彼は叫んだ。
そうか、つまり、新しい世代が、古い世代の問題を克服、回答の生産、あるい破壊。
そうか。
そうか。
とにかく君が元気なら、なによりだ。
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