それはそう
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
竜の骨で出来た笛、竜笛というものがある。
この笛を吹けば、竜にとって不快な音が出るため、竜を払う際、竜の気を引くことが出来る。ただし、不快な音により竜が猛るため、使いどころをまちがえると、けっか、くたばってしまう。
その、手持ちの竜笛の音があやしいため、立ち寄った町の職人に手入れしてもらいにいった。とある竜払いからの紹介された店で店主は三十代ほど男性だった。職人としての腕は、たしかな職人だという。
店へ着き、彼に笛を見せると、調整には少し時間がかかるといわれた。そこで、背負っていた剣を背中から外しつつ、店内の椅子に座る。工房の中には、さまざま道具があり、よくわからないものが吊るしてある。台には作業中の笛も、置いてあった。
竜笛はたいてい小さい。人差し指ほどの大きさの場合が多い。竜払いなら、ほとんど携帯している。笛を吹けば大きな竜の気をひくことも出来るし、どこかに紛れ込んでしまった小さな竜をおびき出すことにも使える。
笛なので、口へくわえて息を吹いて使う。これまで、幾度となく、この竜笛を吹き、危機を切り抜けた。
思い出し、深呼吸する。
空腹だった。
今日は、朝から小さな竜を払いに行ったが、手こずった。時間がかかって、もう夕方に近い。昼食もとっていないにで、空腹だった。ただ、食事は夜でも可能だが、竜笛の調整は、店があいている間にやってもらうしかない。生命を預ける笛だし、そちらを優先せねば。
そのため、空腹のまま、ここで仕上がりを待っていた。
で、その空腹感の影響からか、ふと、あることを考えた。
そう、食べることについて。
人は竜を食べると、くたばってしまう。人にとって、竜の身体は猛毒だった。むかしから、人は竜の力を得ようと試みて、竜を身体の一部を口にして、その多くが、けっか、くたばった。少しだけ生き延びた例外もある。けれど、それは稀の稀だった。人は竜を体内に取り込めるように、出来ていない。
ちなみに、竜は水しか飲まない。水だけで生きている。海水はだめだった、竜が飲めるのは、真水のみである。
ん、まてよ。
人は、竜を体内に取り込むと、けっか、くたばる。
でも、おれは竜の気をひくため、いつも竜の骨で出来た笛を口にくわえている。
ということは。
竜笛を口にくわえていることは、もしかして、とてつもなく危うい行為の最高峰なのではなかいか。
いやいやいや、まて。落ち着け、おれ、あせるな、おれ。
むかしから、竜払いは普通に竜笛を加えて吹いてきた。たしかに、口で吹かず、紐にくくりつけて、振って音を鳴らす方法あった。けれど、それでは繊細な音が出せず、竜が予期しない動きをする可能性があって、逆に危険を伴うからやるものは少ない。
けれど、竜の身体は人間には毒である。体内に取り込めば、けっか、くたばる。そんなことは、竜払い以外の人も、知っている。
にもかかわらず、おれは今日まで竜の骨で出来た笛を口にくわえて、吹いてきた。
となると、もしも、まちがえて、竜の骨で出来た笛をのみ込んだしりたら、けっか、くたばる。
いや、まあ同じ大きさの鉄とかで出来た笛を飲み込んでしまった場合でも、けっか、くたばる気もする。気管支の破滅により。
なら、まあ、おなじか、よし。
いや、まてまて。かりに、竜笛を口にくわえている時、なんからの衝撃で笛が少し欠けて、その欠片を飲み込んでしまったとしたら、やはり、けっか、くたばる。
いや、けれど、けっきょく、同じ大きさの鉄で出来た笛を飲み込めば、気管支の破滅で、けっか、くたばるだろう。それと、同じくらいの危険度でしかないのでは。
それに、竜笛を飲み込んで、くたばった竜払いの話は聞いたことがなかった。竜払いをして、くたばってしまった竜払いの話は大量に聞くが。
あ、まさか、そのくたばった竜払いの中に、人知れず、本当は笛を飲み込んだ、あるいが、割れた笛の欠片を飲み込んでしまった奴もいるのではないか。
空腹の中、そんなことを考え込んでいると、職人が整備を終えた笛を持ってやってきた。
「はい、終わったよ。って、おい、どうした、そんな深刻な顔してからに」
「え、あ、いえ」と、おれは顔をあげた。「少し、考え事を」
「それはどんな」職人の彼は、心配というより、世間話の流れ的に聞いてきた。
「いえ、竜の身体は、人が口にすると猛毒になりますよね、くたばってしまう。だから、もし、まちがえて、笛を飲み込んだら、と想像してしまい」
「ああ、それな」
と、職人は煙草を取り出しながら続けた。
「俺、よく試しに吹くとき、飲んじゃうよ、竜笛、しくじって。あと、もろくなってて、欠片とかもしょっちゅう飲むよ。ぼろ、ってくずれて、のみ込んじまう。もう、何本飲み込んだかわからねえな、うん」
彼は煙草に火をつけながらいった。
それで、おれは「あの、くたばらないんのですか」と、訊ねた。
すると彼はいった。
「いつも、すぐ吐くし。ぷっ、とな」
ああ、そうか、吐けばいいのか、すぐに。
納得しているおれへ彼は続けた。「煙草を間違えて飲み込んだときと、同じ対処方な」いって、煙草を吸う。
すぐ吐く。そう、すぐ吐けばいいのか。
うん、そうか。
ああ、空腹のあまり食べることしか考えていなかった、出す発想を欠如していた。
そうかそうか。
それは、そうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます