がいせんがい

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。


 

 焦げたにおいがした。

 そのにおいをかぎつつ、早朝、とある町へ向かって道を歩いていると、後ろから三台の馬車がつらなって後ろからやってきた。

 三台の馬車には男女あわせて十二、三名がのっていた。みな、すすで全身が汚れた者たちばかりである。おれは、馬車へ道を譲るため端へよった。

「そこの、おまえさんや」

 すると、通り過ぎ様に、先頭の馬車の手綱を持った男がおれへ声をかけてきた。

「このまま町まで行くんだったら、一緒にのってけよ、その気なら飛び乗りなよ。はは、自主性にまかせるけど」

 ぶっきらぼうな口調だった。けれど、気をつかってくれたのはわかった。この先の町は丁度、通過地点となる。そこで、おれは「ありがとうございます」と、いって、走る馬車へ飛び乗った。荷台から、そこにいた女性のひとりが手を伸ばしてくれた。

 背負っていた剣を背中から外しつつ、あいている場所へ腰をおろす。荷台には、他の二人の男がいた。そのふたりも顔にすすがついている。すすのついた手で、顔についたすすをぬぐうので、けっきょく、すすが広がっただけだった。

「昨日の夜中、町はずれの城で火事があってな」

 と、手綱を握っていた男が話し出す。

「城、っても、ずいぶん前から、もう誰も住んでいない城だった。けど、中が雑草生えててな、なんかで火がつい燃えちまったのよ」

 火事か、物騒な話だった。けれど、男の話し方のきっぷのよさで、緊張感が、妙な塩梅になっている。

「このままじゃ、森も燃えて、町の方まで炎が来るんじゃないかって、心配なってさ。で、ほれ、こうして町の有志たちで、昨日の夜、城までいって、火事を消して来たんだ」

 彼は得意げいった。そして、荷台にいた他の者たちも、どこか得意げだった。

 なるほど、それですすだらけなのか。

「まったく、つい、命かけちまったなぁ」

 彼が冗談っぽくいうと、荷台の他に人々が笑った。実際の火事の現場は、かなり、厳しい状況で緊張も強いられたのだろう、いまは、解放されて、ささやかな言葉の緩和が、よく利くとみえる。

 ほどなくして、馬車は町の入り口までやって来た。すると、そこに町の人たちが数人ほど待ち構えていた。手綱をにぎっていた男性は「おーい、火は消したぁ! だれも死んでねえぞー!」と、声をあげて手をふった。

 それを聞き、町の人々は喜び、声をあげた。馬車はその歓喜の中を通過する。

 そんな喜びの声が呼び水となり、次々に町の人々が家から出て来て、町を行く馬車のまわりに、集まって来た。あるいは、窓から手をふり、火事を消した者たちへ、賞賛の声をかけた。熱烈に、勇敢な者たちをたたえる。

 そして、おれは、いまそんな馬車にのっていた。

 おれはさっき、たまたま、そこで乗せてもらっただけの者である。火事を消す手伝いはしていない。

 なし崩し的に、馬車にのってしまったがため、左右から来る放たれる賞賛をともに浴びている。

 けれど、おれは、なにもしていない。にも、かかわらず、この凱旋者が乗るべき馬車にのっている。みんなが賞賛をぶつけてくる。

 だめだ、これでは、まるで賞賛泥棒である。

 ここは、おれのいるべき場所ではない。そこで外していた剣を手にとって、素早く馬車から降りた。あとは、馬車と有志を称える人々から無音で離れ、剣を背負い、そのまま町を通過した。

 そして、それからしばらく経った。

 おれは、ふたたび、この町へ立ち寄った。そして、食堂で食事をしていた。

「おい、知ってか、この町の伝説」

 すると、食堂で隣に座っていた見知らぬ男が、連れの男へ話かけていた。

「ほら、この前さ、あの廃墟の城で火事があっただろ」

 火事。あれか。

 この町の伝説。

 なるほど、この町の、あの勇気ある人々の行動が、この町の伝説になっているのか。

 そうか。

「この町のにんげんで城の火事を消し終えて、馬車にのって町に戻ったんだけどさ。そのとき、町に戻って来た馬車の荷台に、どうも廃墟の城に憑りついてたらしい、剣士の悪霊みたいなのが乗ってたらしい。そいつだけ剣持ってたから目立ってたんだとさ。で、その悪霊を大勢がそれを見たはずなのに、気がついたときには、荷台から忽然と消えてたんだと。怖ぇよな、そういう、恐怖の伝説があるんだよ、この町は」

 ええっと。

 おや。

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