はねぶとん
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
あひるくらいの大きさの竜を払った。払うというより、実質、追いかけて、屋外の外へ逃がす、作業といえる。
とはいえ、相手は竜である。怒れば炎を吐くし、爪もあぶない。どんな竜でも、ゆだんはなしだった。心得のないものが竜に手をだせば、よくて自宅が焼かれるだけ、悪くて世界を焼かれる可能性がある。
だから、竜払いがいる。
で、その日は、竜を払い終えると、陽はすっかり空から消えて、空は真っ黒になっていた。そこで、今夜は、このまま依頼を受けた町の、とある宿屋に泊まることにした。きけば、町に、古くからある小さな宿らしい。とどこおりなく宿屋にたどり着く。歴史を感じる石造り外観をした建物だった。
夜のため見渡すことはできないが、客室の窓から花壇が見えるようになっていた。月明かりだけでも、そこに、たくさんの花が咲いているのがわかる。
扉をあけて宿に入った。出迎えたのは赤い髪留めをした三十歳前後の女性だった。水の入った手桶を運びつつ、笑顔で「あらぁ、ようこそ!」と、夜の闇を弾き飛ばさんばかりの元気さで出迎えてくれた。夜なのに、朝の挨拶みたいな勢いと、笑顔である。
彼女はすぐに、この日、宿泊客はおれであること、弟が厨房がかりであると語った。
おれは部屋を頼み、それから夕食をとるため食堂へ向かった。背負っていた剣を外しつつ、席へつき、料理を待つ。やがて、彼女が軽い足取りで、料理を持ってきた。
「どうぞ! おかわりもできますよ!」
そういって、料理を目の前に置く。おかわりもなにも、その一皿に盛られた麺が、すでに、おかわりぶんが入っているような量だった。山になっている
すべて食えば、胃が破滅するだろう。
そうか。
いや、ありがたいぜ。
と、気持ちを感謝へ変換し、麺を食べはじめる。こいつめ、こいつめ、と、やつけるような気持ちで、口に運ぶ。けれど、減らない。むしろ、どんどん、増えているような。
それはそうと。
彼女が横にずっと、立っていた。笑顔である。
笑顔でそこにいた。引き上げない。
もしかして、味の感想を告げねば、引き上げない仕組みなのか。この宿にはそういう、客側の負担が必須なのだろうか。もしそうな、言うが、感想を。
と、思っていると。
「あのね、お客さん!」
彼女が元気に話しかけて来た。
「はねぶとん、出しておきますね! お部屋に入れておきますので、今夜つかってくださいね!」
で、笑顔である。
はねぶとん。そういえば、今夜は、少し冷えるか。
「ありがとうございます」
おれは礼を述べた。
いっぽうで、皿の上の麺はまだまだ残っている。味付けは塩のみである。かくじつに、はねぶとんを、この身で覆うまでの道は長い。
「いい、はねぶとんなのよ」
ふと、彼女は遠い目をして告げてきた。
「かるいの、とてもとてもかるいの。まるで身体にかけてないみたいに、かるいのそのよ、はねぶとん」
「かるいんですか」
「ええ」
と、彼女は嬉しそうにうなずく。
「わたしがね、近所のあひるが自然に落とした羽根だけを、五年かけて、ひたすらひたすらひたすらひたすら拾い続けて、詰めてつくったの。今日、完成した、はねぶとんなの」
五年かけて拾った、あひるが自然に落とした羽を詰めた、はねぶとん。
今日、完成。
ああ、そうか。
「ぜひ、つかってね。もうすごーく、かるいから。この五年間、雨の日も、風の日もあった。でもね、わたし、拾ったの、拾い続けたの、あひるが自然に落とした羽だけを、ひらすら、まっしぐらにね。そりゃあ、竜巻が発生した日もあったわ、わたし、その竜巻に、まきこまれたの、空中でちょっと回転もしたわ、でも、その後も拾い続けた。そう、いろんな出会いもあった、攻撃的な別れもあった。ある事件で、お金だって、一度はほとんどすべてを失った、あ、ううん、いいの、お金の話はよしましょう、夜がより真っ黒になってしまうわ。ふふ、そんな五年の間、拾ったあひるの羽でつくった、はねぶとん、かるいのよ、つかってくださいね、すごく、かるいから!」
そういって、彼女はいってしまった。
その後、おれは長期戦の末、皿の上の山盛りの麺をやつけた。ほとんど負傷といっていい満腹感により、腹を抑えつつ、部屋へ向かった。
部屋には、すでに、はねぶとんが置いてある。
おれは剣を置き、寝台に寝そべった。
手を伸ばし、横たえたこの身に、彼女が五年かけて、あるひが自然に落とした羽だけを拾い、さまざまな人生体験を経て、つくりあげ、今日完成したという、はねぶとんをかけてみる。
かるい、という、はねぶとん。
おもい。
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