とうせきおう
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
竜を払う、払わないにかかわらず、日に一度は剣の素振りをする。
剣をひと振りすれば、その日の無意識の体調もつかめたりする。よくない仕上がりのとき振る剣は、意志の無い軌道の剣になりがちである。
そして、日に一度、必ずではないけれど、投石の練習もしている。
いぜん、たまたま、おれは投石が得意であることを知った。いい肩をしているらしい。投げた石は早く飛ぶし、狙ったとこへも投げられる。この、あたりくじがあたったみたいな能力が発覚して以来、環境が許すときには投げて、いまの肩の状態をたしかめるようにしていた
広く、人がいない場所をみつけては、手ごろな石を探し、数回は投げる。そして、今日は、とある町の外れの森のそばで投げていた。
放置され、朽ちた馬車の上に、石を置き、それへ向かって石を投げる。
投げた石は、狙い通り、石にあたった。
「やはり、お前が、ヨルだな」
そこへ、その男は現れた。
振り向くといた。いや、なにか、接近しているのはわかっていた。ふにゅふにゃな殺気だったので、泳がせていた。
歳は三十代後半ほどか、全身を真っ赤な外套に身を包み、両手もその下に隠している。口の左端が、異様につりあがっていた。不敵な笑みというより、歯痛に耐えている感じにちかい。
外套の下に、なにかを隠している。彼が動くと、じゃらりと硬質なものが触れ合う音がした。物腰から察するに、戦闘を元手に生業をしていそうな男だった。
傭兵めいた者か、用心棒か。しかし、そうだとしても、ふにゃふにゃな殺気である。
「俺様は」と、彼はまずいって、それから、たっぷりと間をあけからいった。「投石王だ」
投石王。
知らない。
「知りません」
そこで、すぐ、素直にそう返した。本来なら、無視してもいいところを、応対である。しかも、敬語である。
ああ、こういうとき、持ち前の人としての品性が、自動的に働いてしまう。
などと、内部賞賛していると、自称、投石王はいった。
「俺様と、勝負だ」
彼が、両腕を隠した外套を揺らしつつ、そう告げて来た
こちらは、少し間をあけてから「あの、まず生命体として、負けている気がまったくしませんが、それでも、もう、おれの負けでいいです」と、伝えた。
「投石で勝負だぜ」
そして、彼は聞いていない。
さいきん、こういう人は多い。
けれど、かなしむな、おれ。と、なぞの励ましを自身へ入れ、彼を見た。
投石王はいう。
「ヨル、貴様の投石の話はきいている、その投石は、いわば、か、かか、輝くほどの、一縷の望みをたくしたような、い、い、いわば、流星のごとく、流星みたいな、そそそ、それでいて、温かみのある、家庭料理の感じの投石だと聞いた」
「台詞が固まってないのに、慌てて無理に、知性的だと思わせるような言葉を使おうとするので、むしろ、逆に、大惨事な人格の印象しか受けませんが。それで、いいんでしょうか」
「投石王は、この世界にふたりいらない!」
とうとつ、かつ、発狂したようにそう言って来た。
おれは「そんな王は、この世界にひとりもいらないのではないでしょうか」と、提言してみた。
けれど、聞いていない。安定して、聞いていない。
「勝負の方法はかんたんだ! いいか、お互い向かい合! そして、ふたり同時に、石を投げ合う! 石にあたって、死んだら負けだ!」
「そんな最低な死に方するぐらいなら、生まれてこないことを、大部分のひとが選ぶでしょうね」
「いまのは、誇張さ!」と、彼はいった。「本当は、負けたらこうだ!」
叫び、身を包んでいた外套を広げる。
その挙動は、不審者そのものである。町中でやってはいけない動きである、莫大な誤解を生産しかねない。
いっぽう、開いた外套の裏地に、たくさんの石が張り付いていた。そして、彼は語る。「この石たちは、俺様に負けた者たちから奪った石だ! もし、貴様が負けたら、貴様の投げた石をいただく!」
「いただくもなにも、そういう迷惑な活動しているあなたの生き様こそ、いただけませんが」
「では、投げる!」
いって、彼は石をいきなり投げて来た。こちらは準備もしていない。
ただの卑怯者である。
しかも、けっこう早い、狙いも鋭い。おれは、咄嗟に横へ飛んで投石を避けた。そして、しかたなく、足元に落ちていた石を投げた。それは、彼の眉間に直撃した。
って、しまった、殺害を。
と、焦ったが、彼は無事らしい。眉間に手を当て、片膝をついている。芝居じみていた。そういう芝居が出来るなら、まあ、無事にちがいない。そもそも、外套の下に、そんなにいっぱい石を抱え込んでいれば、重くて、素早く動いて避けることなどできまい。
「俺様の、負けだぜ」
彼はそういって、かなしい顔をした。
そして、おれもかなしい顔をした。
「今日から貴様が投石王だ」
その駄目な感じのやり取りに、いっさい関与したくない、心の底から思った。
「この投石王が羽織るべき外套も、今日から貴様のものだ」
と、石がいっぱいついた外套をじゃたりと差し出してくる。
おれは手を伸ばし、それを受け取った。そして、黙って、足早に彼のもとから離れた。
それから近くの深そうな川を見つけ、無数の石のついた外套を投げ捨てた。石がいっぱいついているので、外套は一瞬で沈んだ。
永遠に浮き上がってくるな、と願う。
そして、無邪気に煌めく、川の水面を眺めながら、おれは言う。
「本当に無駄な争いは、本当の無駄を生む」
ただ、言ってみただけである。
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