めくりめぐ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
強烈な風が吹き「あわんっ」という、小さな悲鳴が聞こえた。
吹いたのは冷たい風だった。場所は町中の通りである。あまり人は歩いていなかった。
視線を向けると男性が地面に散らばった数枚の紙を拾っていた。風で飛ばされたらしい。
四十歳くらいで、滝のような髭を生やした男性で丸い帽子をかぶっていた。
彼は帽子を片手で押さえつつ、地面に散らばった紙を拾っている。紙には絵が描かれていた。
ふたたび、強烈な風が吹いたら、さらに紙が飛ばされてしまうかもしない。そして、近くには、おれしかいない。そこで、おれもしゃがんで、地面に散らばった絵を拾った。彼はおれに対し「あ、ありがとう………です」と、言った。
やがて、すべての絵を拾い終えた。それぞれの手に十枚ずつはある。おれは彼へ「これを」と、回収した絵を渡そうとした。
その際、なにげなく見たその絵には、色付きで獅子が描かれていた。
獅子か。実物の獅子が生息する大陸にはいったことがある。けれど、野生の獅子は目にしたことがなかった。本物の獅子は見世物小屋で一度だけ目しただけである。そして、描かれた獅子は、おれの記憶の中の獅子の姿そのものだった。
「ああ、わたしが描いたんです」
彼は恐縮気味にそういった。
おれは「この寒い大陸にも獅子がいるのですね」と、いった。
「いいえ、この大陸にはいませんよ」
彼は顔を左右にふり、それから獅子の絵を自分でも見た。
「獅子は見たことがないんです。人から聞いた話と想像で描きました」
なに、人づての言語情報と、想像で描いたのか。他の絵の模写ではなく。
なかなか、すごい想像力である。
「猫を参考にして描きました」
猫を参考に。なるほど。まあ、獅子も巨大な猫といえなくもない。
別の絵も目に入った。大鷲の絵である。猛禽類特有の、得物を委縮させるような鋭い目をしていた。
「ああ、鷲もこのあたりにはいません。ですから、鳩を見て想像で描きました」
鳩で鷲を想像したのか。
なるほど。
おれはさらに他の絵を見た、狼の絵だった。
「いぜん、狼の群れに襲われたことがありまして」
ん、なるほど。
次は熊の絵である。
「母が熊を蹴散らした時のことを思い出しながら描きました」
次は驢馬の絵である。
「いぜん、驢馬の群れで襲われたことがありまして」
次は屈強そうな、やさぐれた顔つきの剣士が描かれた絵である。
「数年前の弟です」
次はにこにこした顔で踊る白髪の老人の絵。
「数年後、再会したときの弟の姿です」
次は林檎が一個台にのっている絵である。
「りんご泥棒をおびき寄せる罠の準備完了を想像したときの絵です」
そうか。
おれはすべての絵を彼へ戻す、一枚残らず。それから、一礼して彼とは別離した。
彼は想像で獅子を描いたという話から始まった。
いっぽうで、彼の絵を見てた人々は、きっと、彼の人生をこう想像するだろう。
ああ、とっちらかってるなー、って。
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